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第3話 夕食を共に

 「だいたい、尊さんそんな事言うけど、結婚はしないの? 今年で二十一歳だし、子爵だし、見合いとか縁談とかあるんじゃないんですか?」


 そう畳み掛けると、尊さんは肩をすくめる。


「あるにはあるけど」


 あ、あるのね。

 自分から振った話とはいえ、心が痛くなってしまう。仕方ないよね。尊さんは貴族だし、そういう話いくらでも来るだろう。子爵で、たしか軍での地位もあるはずだ。

 私は姪、なのよね。だからこの想いを伝えるわけにはいかなくて、ずっと心に秘めている。

 言えたらどれだけ楽だろう。でもきっと、伝えてしまったら私は尊さんのそばにいられなくなってしまう。

 だから私は何にも言えなくて、尊さんの優しさに甘えている。

 そんな自分はちょっと嫌だった。

 だからせめて尊さんに認められたいんだけどな。でも尊さんはやんわりと私を遠ざけてしまう。

 尊さんはじっとカップを見つめて言った。


「僕はまだ、家族を守るだけの自信がないから、まだ結婚は考えられないんだ」


「じゃあ私も考えられないです。だって、家族を守るとか全然想像できないもの。それに今は自立した女が流行なんです。働く女性、かっこいいじゃないですか」


 完全に売り言葉に買い言葉でしかないと思うけど、尊さんは笑って頷き、


「それもそうかもね」


 と言った。

 とりあえず私の主張、ちょっとだけでも理解してもらえたのかな。

 そうだといいんだけど、尊さんの表情からは何も読み取れない。


「ねえ静花。今日の夕食は外に行くんだけど君も一緒に来るかい?」


 その誘いに私は目を輝かせて頷いた。


「もちろんです!」


 なんだか話をそらそうとして、急に夕食の話題を持ち出したようにしか思えないけど、私にとっては嬉しい申し出だった。

 だってそれだけ尊さんと一緒にいられるんだもの。



 女中の江都子さんから家に連絡してもらい、私は尊さんと一緒に夜の町に出る。

 途中まで車で送ってもらい、歩いてお店に向かった。

 もちろんねこまたも一緒だ。

 ねこまたはあやかしだから誰の目にも映らない。だからお店の人に咎められることもなかった。

 着いた先はすき焼きのお店だった。

 個室に案内され、向かい合って座布団に座る。

 掘りごたつになっていて、足を下ろせるのは嬉しい。

 お店の人が鍋などを用意してくれて、煮えるのを待つ。

 その間、真っ白なねこまたは私の膝の上で丸くなっていた。


「お前はいいよね。寝てばかりで」


 そうねこまたに声をかけると、顔を上げて、金色の瞳でじっとこちらを見つめる。


『お前の面倒を見るのに忙しいんだよ、私たちは』


 そう皮肉を込めた声で言い、大きな欠伸をする。

 そう言われると何も言い返せないのよね。


「その子、ずっと君と一緒にいるよね」


 微笑んでいい、尊さんは湯呑に口をつけた。


「うん。お母さんが生きてる頃からの友達だから」


 私は髪や目の色が薄くて見た目が変わっているせいで昔から友達が少ない。

 しかもあやかしが見えるから気味悪がられた。

 両親だけだ、私を認めてくれたのは。お母様はあやかしが見えたから大丈夫だけど、見えないお父さんも見えないなりに私を理解してくれた。

 でも今は尊さんとお父様だけ。お父様は家にいないから、自然と私の足は尊さんの所に向くようになった。

 お義母さんは誰もいない庭の社で話をしている私の事を気味悪がって、弟も妹も近づけようとしなかった。

 だから私は家にいられなくって、毎日のように尊さんの所に通っている。

 尊さんとあやかしだけが私を理解してくれるから。

 尊さんは私にとって心のよりどころみたいになっていた。


「初めて君に会った時もその子がいたね」


「うん。あやかしだから年もとらないし」


 だからずっと、あやかしたちは私のそばにいる。


「そうだね」


「尊さんはあやかしの友達はいないの?」


「友達はいないよ。使役しているのは何人かいるけど」


 そのへんのあやかしに対する意識は、私と尊さんでは違うのよね。

 私にとって、あやかしは友達。

 でも尊さんにとって、あやかしは僕であって倒すもの。

 私は尊さんに出会う前、危険なあやかしの存在を知らなかった。

 そしてお母さんの本当の両親があやかしに殺されたっていうことも知らなかった。


「そうなんだ。今夜はお仕事あるの?」


 煮えた肉をよそう尊さんにそう声をかけると、彼は頷く。


「うん。だから食べ終わったら俺は行くよ、静花。君は家に送らせるから」


「私だって役に立つのに」


 言いながら私は口を尖らせる。

 私も尊さんに教わっているから、あやかしと戦うことができる。

 でも絶対に、尊さんは仕事に私を連れて行ってくれなかった。

 尊さんは私の言葉に笑って首を横に振る。


「駄目だよ。危ないからね」


「私だって自分の身くらい自分で守れるのに」


 言いながら私は肉などが盛られた小鉢を尊さんから受け取る。


「わかっているよ。でも静花、あやかしの中にはね、君が思う以上に危ないものがいるんだよ。鬼、九尾の狐、おろちに天狗。そんな奴らが現れることもあるからね。そうしたら君は殺されてしまうよ」


 そう尊さんは脅してくる。

 そんなこと滅多にないだろうに。尊さんは何かが怖いのかな。


「でも、尊さん、強いでしょ」


「まあね。でもね、いくら強くても誰かを守るほどの力は持っていないんだ」


 そう答えた尊さんの顔はなんだか悲しげに見えた。

 なんでだろうな。なんで尊さん、私を連れて行ってくれないんだろう。

 私もいつか尊さんの役に立ちたいのに。


「今日のお仕事も危ないの?」


 そう問いかけると彼は肩をすくめる。


「どうかな。危ないってことはないと思うけど」


 尊さんの仕事は軍を通して依頼が来るらしい。だから尊さんは表向き、子爵であるほか軍人でもある。

 他、つてをたどって依頼してくる人もいるらしい。しょっちゅう家を留守にしているから、どれだけ世の中にあやかしに困らされている人がいるんだろうって不思議に思ってる。


「なら連れて行ってくれてもいいのに」


「子供は家に帰りなさい」


 ぴしゃり、と言われてしまい私は思わず頬を膨らませる。


「子供じゃないもの。私、十八なのよ」


「あはは、そうだね。もうすぐ誕生日か」


 桜花、の名前があらわすように、私は春の生まれ、四月五日が誕生日だ。

 庭の桜がそれは見事に咲いていたらしい。だから桜花と名付けられた。


「そうなんだから。だから子供じゃないもの」


「わかったよ静花。ねえ、誕生日は日曜日だね。贈り物を用意しているけど届け……」


「取りに行きます!」


 食い気味に言うと、尊さんは微笑み、


「わかったよ」


 と頷いた。

 このやりとり、毎年しているのよね。

 尊さんはうちに誕生日の贈り物を届けさせようとするんだけど、私としては彼から受け取りたいからいつも断って取りに行く、と主張する。

 だって尊さんから受け取りたいもの。

 私は……ずっと、尊さんに恋焦がれているんだから。

 夕食のすき焼きはとてもおいしかった。

 お腹は満たされた、でも心は微妙だ。

 迎えに来た車に押し込まれ、私は恨めしく思いながら車の外に立つ、黒いマントに黒い帽子を被った尊さんを見る。


「おやすみ」


「……おやすみ、なさい」


 手を振られて、仕方なく私も手を振り返すと車が動き出してしまう。

 私は遠ざかる尊さんの姿を、見えなくなるまで見つめた。

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