家に帰り、私はお風呂をいただいて自室にこもる。
そこには当たり前のようにねこまたと座敷童がいた。
『お帰り!』
幼い女の子の姿をした座敷童は、私の姿をみてばたばたと走ってきて、ぎゅっと抱き着いてくる。
「ただいまー。はい、これあげる」
私が座敷童に渡したのは、色とりどりの金平糖が入った瓶だった。
まるで星空のような形をしたそのお菓子をみて、座敷童は目を輝かせる。
『うわぁ、ありがとう!』
声を上げて座敷童はお菓子が入った透明な瓶を受け取り、ばたばたと走って畳の上の座布団に腰かけた。
そして瓶を開けて中身を手のひらに出し、口に入れる。
『うーん、あまーい』
座敷童が幸せそうに言い、私もうれしくなる。可愛いな。
座敷童やねこまたは私の心をいやしてくれる。
子供の頃からずっと一緒。
たぶんずっとこの子たちは一緒にいてくれるだろう。
あやかしだから嘘をつかないし裏切らない。人の道理が通じないから時々話が合わないけれど。
座敷童はわりと流行に敏感だから、いろんなことを知っていて、同い年の友達みたいで話すのが楽しかった。
私も座敷童の隣に座り、本を開く。読むのははやりの恋愛小説だ。
読んでいると、座敷童が私の寝間着を引っ張って言った。
『ねえ桜花はお見合いするの?』
金平糖を半分食べた座敷童は、私をじっと見つめる。
「しないわよ。だって私は結婚よりも自立した働く女性になりたいんだから」
そう答えると、座敷童の目が輝く。
『働く女性、かっこいい! 役所とか銀行とか、デパートとかで働く女性、増えているんだよね! 私知ってるよ!』
声を弾ませて言う座敷童に、私は頷く。
「そうそう。女学校でもね、就職の斡旋ってあるのよ」
『いいなぁ、桜花! 働く女性になるの?』
「うん、なりたいなぁ、って思ってる」
できれば、尊さんと同じ祓い師に、だけど。
でも私、祓い師になる方法、知らないのよね。
昔は陰陽寮っていう、陰陽師を統括する部署みたいなのがあったらしいけど、今はないそうだし。
でもそういうお仕事をしているのは尊さんだけではないとも聞いているから、何かしら方法はあるはずだ。
尊さんに聞いても教えてくれないのよね……
それが不満で仕方なかった。
『いいなぁ。桜花、かっこいい!』
座敷童に言われるとすっごく嬉しいなぁ。
『でも桜花。尊に止められてるじゃないの』
私のベッドの上で丸くなっていたはずのねこまたがこちらにやってきて、呆れた声で言う。
「う……そ、そうだけど」
『尊、なんで桜花が働くのを止めるの?』
不思議そうに座敷童が首を傾げて、私は曖昧に笑う。
「なんでかなぁ」
『桜花、子供たちに頼まれてあやかし退治してるじゃない! そのことをしったら尊はきっと桜花の事認めてくれるよ!』
座敷童の無邪気な言葉が私の心に深く響く。
そんなこと尊さんに知られたらきっと認めるどころか怒られると思う。
だから私はひっそりと修行、と称して子供たち相手に祓い師の真似事をしていた。
尊さんのお手伝いはできなくても、子供たちの困りごとを解決することくらいは私にもできるから。
今まで水辺の遊び場の事で河童と交渉したり、子供たちを化かして遊ぶ狸を説得したりしてきた。
「あはは……そうなるといいんだけどね」
そう答えて私は本を見つめる。
この本に出てくる主人公たちみたいに、好きな人と想いが通じる日なんて来るのかな。
そんなことを考えながら私は本の文字をなぞる。
『いいなぁ、働く女性、かっこいい』
『そんなにいいかねぇ、働くって』
呆れたようなねこまたの声に、座敷童が声を上げた。
『かっこいいからいいの! だってかっこいいんだから』
座敷童もねこまたも、結局あやかしだから、人の色んな状況とか感情とかが通じないのよね。
だからってそれをふたりに説明する気はないんだけど。
働かないとお金を得られないっていうのもあるんだけど、今、人手が足りないとかで女性が働くことが推奨されてきている。
少し前まではそんな風潮なかったらしいけど。
生活の多様性に伴い働き手がたくさん必要になってきているらしい。
「どこもかしこも人手不足ではあるのよ」
とだけ言うと、ねこまたは欠伸をして笑う。
『あぁ、生活の便利さを求めると色んな需要が生まれるみたいだからねえ。だから働く場所が増えているってわけか』
それはその通りなんだけどね。
『でもお前は違うだろう。尊に近づきたいから祓い師になりたいんだろ?』
「そうだけど……そうじゃないもの。私は……早く家を出て自立したいの」
望まない結婚をすすめられる家にいたくないから、何とかして早く家を出たい。その為にもお金を自分で稼ぎたいのよ。
でもそんなのあやかしには理解できないみたいで、ねこまたは呆れた様子で私を見つめるだけだった。