「今日、お前が着ているその着物、柄が桜なのだな」
「え、えぇ。その通りよ。こういう花柄は近年流行りなのよ」
答えながら私はその場で一回転して見せた。
尊さんにして見せたように。
「へえ。帯留めのその模様もそうなのか」
「えぇそうなの。去年の誕生日に贈り物でいただいて」
頬が紅くなるのを感じながら、胸にそっと手を当てた。
「贈り物。誕生日?」
不思議そうなかがりの声が響く。
三百年前にはない習慣だったのかな?
私は頷き答えた。
「えぇ。誕生日におめでとうって贈り物をするの」
私の答えに、かがりは興味深そうに顎に手を当てて頷く。
「へえ、今はそんな習慣があるのか」
「わりとだれでもやっているはず」
私も尊さんの誕生日に贈り物をしているし。
尊さんはああ見えて甘いものが大好きだ。
和菓子よりも洋菓子の方が好きで、毎年お菓子をあげている。
「面白いな。ということは、お前の誕生日とやらは今頃なのか?」
「えぇ。明日が私の誕生日なの」
だから私は明日も尊さんに会いに来る。
贈り物は自分で受け取りたいし、誕生日は少しでも長く一緒にいたいから。
私の答えを聞いて、かがりは目を大きく開き、笑みを浮かべた。
「ほう。明日なのか。お前、何歳になるんだ?」
「十八よ」
「……十八?」
なぜかかがりは怪訝な顔になる。
「十八であるならとうに所帯を持っているものじゃないのか?」
言いながら彼は小さく首を傾げた。
えーと……所帯って何ですっけ……えーと……家族?
「それって結婚、ってこと?」
「結婚?」
「婚姻? 婚礼、かな」
「あぁ、それだ。白無垢だかを着るやつ」
昔なら十八歳は結婚していてもおかしくない、というかむしろ行き遅れ扱いになるの……かな?
今みたいに学校がないはずだし。
「そうねぇ……十八前後で結婚するひとは多いはずよ。学校を卒業してから、という子が周りには多いけど。法律では十五歳を越えれば結婚できるし」
「お前がいうその法律、というのは何なんだ?」
これは話が長くなりそうだ。
そう思って私は、茶屋に立ち寄ることを提案した。
桜舞う中、私たちは茶屋に立ち寄った。
神社の境内での花見は禁止されている。
だから境内には神社の許可を得た茶屋がいくつか店を出していて、お茶やお菓子を提供していた。
長椅子にかがりと並んで腰かけ、お茶とお団子を注文する。
かがりはもちろん無一文なので、支払いは私だ。
「へえ。それが今の金なのか。ずいぶんと形が違うのだな」
興味津々、という様子で、彼は私が出したお金を見つめた。
かがりの反応、いちいち面白いのよね。
まるで子供みたいで。
彼にとっては目に映るものすべてが新鮮、なんだろうな。
微笑ましくかがりの反応を見ながら、私は彼の質問に答えた。
お金の事や、さっきの法律の話も。私が行っている女学校の話も。
「女だけの学校? 寺子屋のようなものとは違うのか」
「だいぶ違うわよ。歴史や理科、家事に裁縫も習うし。いろいろ授業があるの」
「へぇ。知らないことばかりでこれは当分あきそうにないな」
「貴方は字、読めるの?」
そう言ったものの、そもそも三百年で文字、変わってるわよね……と思い至る。
私の問いかけにかがりは湯呑を手にして、笑って首を傾げた。
「俺は大妖怪だぞ。文字位読めるが……町を見たところ昔の物とはずいぶんと変わっているのでは?」
「そうね。私、百年前の書物なんてそのままでは読めないわよ」
字の書き方とか全然違うんだもの。
「あぁそうか。興味深いことばかりだ。お前とあの男はどんな関係なんだ? 叔父、と言っていたがずいぶんと歳がちかそうだが」
興味津々、という顔をして彼は言う。
まあそうよね。私と尊さん、三つしか違わないし。
「私のお母様が尊さんの義姉なの。血はつながってないけどね。お母様は養子だったから」
そう答えると、かがりはにやっと笑う。
「なるほど。だからか」
意味深そうに彼は呟き、団子の串を手に持った。
「お前があの男に惚れているにも関わらずどこか距離があるのはそのせいか」
図星をつかれて私は思わずお茶を吹き出しそうになった。
「う、え、あ……え?」
「誰が見てもわかるだろう、そんなの。俺はあやかしだ。無用な嘘など言わない」
そして彼は団子を口にして、うまいなこれ、と呟いている。
確かにそうでしょう。
彼はそんなつまらない嘘は言わないと思う。
だけど、この想いを他人に指摘されたのは初めてで、何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
「親族だと何の問題がある?」
心底不思議そうに彼は言う。
昔は親族で結婚は当たり前にあったそうだから、かがりにはわからないか……
「法律……えーと、人々が生活する上で守るべき事柄があるんだけど、その中で叔父との結婚は禁止されてるの」
「そういうことか。法とやらがないと人は無秩序になり暴走するものな」
同意しにくい言葉だけど、実際そうだ。
だから憲法や法律が存在し、人々に秩序を求めてる。
「それなのにお前はあいつを慕ってるのか」
「し、慕ってるっていうか……その……」
しどろもどろになりつつ、私はお茶を飲む。
うう、顔が熱い。
こういう話を人とするのは初めてで、何を言っていいのかわからなくなってしまう。
「認めたくはないのか。面白いな」
そんな笑いを含んだ声に何も応えられなくて、私はお茶を一気に飲み干した。