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バイロケーションをどうにかして!

 口裂け女討伐の報酬は女ものの装飾品と化粧品だったため、女性陣が欲しいものを貰う以外は質屋で金に変え、トラヨシたちは一旦パーティーを解散して別々に宿屋で一夜を明かしていた。かくして翌日、一行は再び合流してギルド二階にある応接室に招かれたのだった。

 テーブルを挟んで向かい合う二席ずつ四席に座らされ、異世界人と魔女、戦士と尼僧がおのおの並んで掛ける構図となる。空いた一方の奥には窓を背にしたデスク付きの席があって、エルフの受付嬢はそこに掛けた。


「悪いわね、呼びつけちゃって」

 謝りつつも、彼女はそれなりの胸元に手を添えて誇らしげに称する。

「改めて名乗っておくわ、わたしは冒険者ギルドのキャメロット支部受付嬢兼ギルド副総長。エレノア・エレアノールよ」


「「「副総長?!」」」

 トラヨシ以外の全員が驚愕した。

「……すごいの?」


「すごいなんてもんじゃねーぜ!」口裂け女の報酬ピアスで耳を飾るニーナが、葉巻を吹かしながらも感嘆して言い及ぶ。「冒険者ギルドは神話にも登場する最古にして最大の永世中立民間組織だ、魔精国にさえ支部がある。そこのナンバー2なんざ、総長と同じく誰も正体を知らなかった」


「ここじゃ冒険者ギルドがそこまで重要なのか」

 感心する超常現象研究家へと、やっぱり昨日得た髪飾りを付けているマリアベルは心配して忠告する。

「正体を偽ってたなんて酷いでしゅね。トラヨシさん、ああいう女性は信用しない方がいいでしゅよ」

「おまえは何をイラついてんだよ」

 一言ツッコんで、ブランカインは卓上へ身を乗り出すと興味深げに副総長エレノアへと話す。

「人類最前線のギルドに属する受付嬢だしな。ギルド長や副ギルド長を兼任してるのは既知のことだったが、副総長までとは」


「え?」

 胸を張って威張っていたエルフはきょとんとする。

「そこはまだ明かしてないんだけど」


「あれで変装してるつもりかよ」尼僧は鼻で笑った。「メガネだのマスクだのカツラだので複数人を演じてる程度じゃとっくにバレてるぜ。特にツッコむ必要もないからほっといたが」


「ふ、ふん」

 悔しそうに、されど脚を組んで金の長髪をかき上げ、エレノアは挑戦的に応対した。

「でも副総長なのにはびびったようね。何なら蛇に怯えてたのも芝居よ、受付を鑑定士に任せて会談の機会を設けるためのね」


「都市伝召喚、〝ファフロツキーズ〟」

 バリン!


 空から降ってきた蛇のおもちゃが、後ろの窓を突き破って侵入した。


「ぎょええええええぇ〜!」

 飛び退いたエレノアは四人の横を走り抜け、反対側にある出入り口の両開き扉を背にして貼り付く。

「人形かよ! 試すためにガラスまで割るなんて、副総長に対してあまりにも無礼だわ!!」


「いや」試した犯人たるトラヨシは、あっけらかんとしている。「マリアベルの助言を受けて嘘偽りはないものか調べておこうかなと」

「おまえも大概だな」

 唖然とする仲間たちのうち、唯一ブランカインが台詞を吐けた。

 受けて、トラヨシは蛇を消して伊都之尾羽張イツノオハバリを手元に戻す。


「わかったわよ、蛇嫌いは本当よ!」魔法でちゃっちゃとガラスを修復。やけくそ気味に机へ戻りながら、エルフは白状した。「でも分身魔法が得意で、自分を何人にも増やせていろんな仕事ができてたのは事実!! 充分すごいでしょ!」


 着席した彼女へ集まる若干疑念を孕んだ目付きのために、唱えもする。

「〝分身複製バイロケーション〟!」


 エレノアに半透明の当人が複数重なり、おのおの独立分離して部屋の半分を埋める形で色を濃くし、十人ほどが立った。

「ほら、真実よ!」


「う、腕前は相当でしゅね。ここまでの分身は初めてお目にかかりましゅ、トラヨシさんにはわたちの方が相応しいでしゅが」

「おまえは何を競ってんだよ」

 マリアベルとブランカインのやり取りをよそに、トラヨシは認める。

「確かに。分身をこんなに作れるんじゃ、真偽を判別する方法がすぐには閃かないな」

「まだ疑い向けようとしてるおまえに驚きだよ」

 そこへも一言刺してから、会話が進まなそうなので戦士は問うた。

「で、副総長ともあろう人がどうしておれたちを直々に招待したんだ。下のお祭り騒ぎと関係あったりするのか?」


 ツチノコのもたらした騒動は絶賛継続中なのだ。


「正確にはトラヨシに用があるだけ」エレノアは素っ気なく明かす。「聞く条件として、彼があなた達にも教えるように頼んできたから呼んだまでよ」


 意外な暴露に、今度は地球人へと注目が集まった。

「……ご、ごめん勝手に」

 と、彼は恥ずかしそうに自白しだす。

「こんな趣味だから地球じゃ変人扱いだし、友達作るのが下手なんだ。君らは頼りになったしこの世界の人の助けも欲しいから、これからも付き合いを続けてくれたら嬉しいんだけど。嫌なら、口裂け女討伐に同行する条件は終わったし、あとは解散でもいいよ」


 彼とパーティーを組んでいた三人は顔を見合わせたが、まもなくニーナが明答する。

「水臭いぜ。困ってる奴には手を差し伸べんのが教会だ。別の世界から迷い込んだ子羊なんて、最大限の困窮者を見捨てちゃ尼僧の名折れだぜ」

「わ、わたちもトラヨシさんともっと一緒にいてみたいでしゅ!」隣から彼と腕を組み、上目遣いでマリアベルも訴える。「もちろんニーナさんと同じ理由とかででしゅよ!!」

「おまえは僧じゃなく昔は教会と対立してた魔女だろ」もはやブランカインはツッコみ役と化しつつあった。「ナナにしろ破戒尼僧で、そんな殊勝なたまじゃないだろうに」

 それから笑顔で、自身もトラヨシへと解答するのだった。

「今後も付き合うのは、おれも賛成だけどな。ガキの頃から未知を求めてた根っからの冒険者なんだ。異世界人との旅なんて楽しそうだろ」


 照れくさそうに、全員を確認して地球人は礼を述べる。

「あ、ありがとう。みんな」


「……でだ」

 恥ずかしそうに切り替えて、ブランカインはエルフを追求した。

「改めて、ギルドの副総長様ともあろう方がどんな要件なんだよ」


「下の騒ぎと関係するのかって指摘は、当たらずとも遠からずね」エレノアは教える。「実はあのツチノコ生け捕りの依頼は、オリジナルな異常事物の異常依頼じゃない。ギルド本部が部分的に抜き出して世界中の支部へと出したのよ」

「……あの魔法陣で掲示板に出現したわけじゃないっていうのか?」

「ツチノコの出現地域には魔法陣から出たけど、そこからヒントを省いたコピーを世界中に配ったってこと」

「にしては、説明がなさ過ぎて逆に異常だぜ」エルフの返事を受けて、ニーナが疑問を挟む。「未知の蛇だっていう名前と達成料だけだ」


 実際、ツチノコ捕獲依頼書にある情報はそれだけだった。混乱の半分はそのためだろう、あとの半分は

「たぶん何かの試験ではないでしょうか。懸賞金も異例の高額、2億M《ミダス》といえば人一人が一生遊んで暮らせるお金とされましゅもの」

 マリアベルの発言通りだった。


「オハバリ、ミダスって日本円に換算したらどんくらい?」

『1M=1円くらいでよさそうだな』

「……すると2億円で、ツチノコか」

 さりげなく確認するトラヨシと刀剣へ、エレノアは満足げに指摘する。

「彼はもう何かつかんだんじゃないかしら。要するにギルドは、今回の事態を解決できる人材を求めてるわけ。少ないヒントで異常依頼を達成できるなら、都市伝説フォークロアと称することもあるあいつらに対抗できる人物な可能性が高いから」

「大金で大勢釣って該当する人材を見出す可能性を高めてるっていうのか」

 ブランカインは察するも、ニーナは異論を述べる。

「妙じゃねぇか。その都市伝説って呼び名はトラヨシからも聞いたが、この早さ。まるでギルドは事態を予期してたみてぇな動きだぜ」

「ギルド総長はそうらしいわね」エレノアは認める。「彼にはわたしにとっても未知の部分がある。ツチノコをノーヒントで捕獲できるくらいの協力者を得なきゃならないほどの対抗策を講じているらしいのよ。わたしはそれが貴方、トラヨシ・コウセンだと睨んでる」

「まるで、貴女とギルド総長の間にも隔たりがあるみたいでしゅね」

「ないといえば嘘になるわね。だから、貴方を先に見出しておきたいの」

 魔女の疑念に正直な吐露をした受付へと、ブランカインは期待して尋ねてみた。

「じゃあツチノコ生け捕り依頼は取り消しで総長のとこに連れてくのか? どうせなら達成扱いで2億Mも欲しいところだがな」

「わたしもツチノコについては無知よ。ご存知なのは総長だけ、依頼達成ができて彼が初めて認める形にしたいようね。あなた達の応援くらいならできるけど」

「激励で終わりとかはなしだぜ」危惧したのは尼僧だ。「転移ワープ魔法か? 目的地が西側諸国じゃなきゃあたいらには無理だしよ」

「どうなのトラヨシ」エレノアは、試すように問う。「ツチノコがどこにいるか、あなたには見当がついてるんじゃない?」


「たぶんね」

 同意した異世界人は、男の友人に確認する。

「ブランカイン。おれの格好についてどっかの出身みたいって口にしてたよね」

「ああ。極東の島国、高天原タカマガハラだ」

「地球じゃおれの故郷はそんな風に印象付けられてたりする、高天原も日本神話に出てくる土地だよ。ツチノコも日本のUMAなんだ。アストラルに同じ傾向があるなら、居場所のヒントってことじゃないかな」

「口裂け女とかいうのもおまえの国の都市伝説じゃなかったか。ここはアストラルの西側だぞ」

「そうだけど、魔法陣で出てきた他のと違ってこれは人為的なテストなわけだろ。それに懸賞金だ。1M《ミダス》って日本円で1円くらいだそうだし、兵庫県千種町がツチノコの生け捕りに出した懸賞金2億円を思い出させるんだよ」


「……よくわからんが、関連ありそうだな。となると、ギルド総長も都市伝説とやらに通じてそうだが何者だよ」

「気掛かりはありましゅが、目的地が東国だと移動が先に問題でしゅね」

 案じる魔女に、トラヨシはさっき尼僧も触れていた点を想起する。

「なんか言ってたね、ワープができないとか?」

「簡単ではねぇぜ。魔精皇国は〝唯一大陸ゆいいつたいりく〟の中央に位置してて、50年前には南北を縦断する侵略を成功させた」ニーナは自分の空間収納から地図を取り出し、卓上に広げて説明した。「以来、人類にとっての世界は東西に分かれた状態さ。転移魔法自体高度で、使える者も限られる。あたいも時間を掛けりゃ使用可能だが普通は一度訪れた場所にしか行けねぇし、西の出身だから東国には訪問した過去がねぇ」


 異世界アルテイルは海が宇宙空間に浮いている世界だった。その端から先は〝天球〟と呼ばれる宇宙に落ちるので、地球のように一周して反対側に周るなんてことはできない。

 海の真ん中に一つだけある唯一大陸と複数の島が陸地で、魔精皇国は大陸のちょうど真ん中に存在し縦に支配を完了、東西を分けていた。キャメロットは西側にあるアヴァロン国の街なのだ。


「海も皇国の南北は連中の領海で危険な魔精がさまよってる。掻い潜っての僅かな船での東西交流はあるにはあるが、楽なのはギルドの利用だろうぜ。なあ副総長さんよ」


「わたしたちには、どれだけ離れてても情報や人材を共有できる技術があるからね」

 尼僧の追求に、あっさりとエレノアは認めた。


 そういえば魔精国内にも冒険者ギルドはあり永世中立組織だという。トラヨシは今更ながら気になった。

「……と、とんでもなさそうだね、この世界の冒険者ギルドは。よく他から襲われたりしないもんだ」


「昔はありましたよ」

 マリアベルが解説した。

「人類も魔精もその独自技術を狙って戦争を仕掛けたことがありましたが、ことごとく敗北してきたのでしゅ。かといって彼らから攻撃を仕掛けたことはなく、どこの味方にもつかないので、やがて誰もが放置を選択したのでしゅよ。試験に合格すればどこからでも職員を受け入れもしましゅが、ナンバー2のエレノアさんですら総長について知らないと仰るように、内部でも秘密の管理は徹底しているのでしょうね」


 さらにブランカインは、神妙そうに付け加えた。

「それこそアストラルの都市伝説によれば、冒険者ギルド総長は神話時代から不変で地上に唯一留まった神々の一柱って噂だ」

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