城塞都市キャメロットは、川を挟んで国境に跨る境界の森を見渡す高台に建造されている。
境界の森の木々は平均数百メートルの背丈を誇る巨木だらけで、切り倒しても成長が早いので追いつかない。百メートル程度の高台とはいえ天辺の城からでも俯瞰するほどにもいかず、びっしりと生える木々の隙間を見通すのも難しい。
これら魔精国からの侵入を隠しやすい要素のため、アヴァロン国では最も警戒すべき要所であった。
最悪の想定は、木々がぎりぎり隠すサイズの巨大な敵が攻めてくることだったが、
「人間どもよ我こそは
最悪が実現していた。
巨魔兵長ヴクブカキシュ。身長500メートル。
筋骨隆々とした人型の巨人で、全裸だが性器などは見当たらず頭髪もない。赤く輝く岩石で構成されたごつごつとした全身は、全部が結晶化している。鬼神のような形相をした魔精である。
ここまでは四つん這いにでもなって来たのだろう。今や直立した巨体は、唯一森から上半身が露出している。
そう、唯一。
襲来は彼一人ではない。
ヴクブカキシュが将軍として指揮する巨人系の魔精ばかりからなる巨魔兵軍が木々の隙間から出てきて森の前に整列していた。
最も小さくて体長3〜5メートルのオーガ。それを数十メートルサイズにしたような
彼らは自分たちとは対象的に、手に握っていた小さな死体を足元に放る。すでに、そこには同様の骸がいくつも小山になっていた。
「見張りを殺したくせに、ふざけやがって!」
城塞の屋上から、惨状を見下ろして兵士が悔しがる。
巨人たちに殺められたのは、いわゆる一般的な人間である人族の、半分ほどの背丈しかないドワーフ族の戦士たちだった。小回りがきく彼らにとって巨大樹木の森林は隠れる場所も豊富なので、国境警備大隊として展開していたのだ。
それがおそらく全滅したとは、奇襲から命からがら生き延びてキャメロットへどうにか帰還。報告して落命したドワーフの証言である。
「ラインハルト将軍。巨魔兵団が相手では〝退魔のベル〟なんてオーガを怯ませることしかできないわ。どうして今さら鳴らさなきゃならないほど、接近を許したの?」
警鐘はもう止まっていた。おかげで、屋上先頭に立ち状況を見極めていた、顔まで隠す全身鎧で身長二メートルほどの人物――キャメロット軍将軍のラインハルトへと、背後から投げかけられた声はよく聞きとれた。
彼が振り向くと、目近に来ていたのはエレノアだった。ギルド長の変装として、顔の上半分を隠し目元だけを露出させるドミノマスクを付けている。
「お言葉だなギルド長」
不機嫌そうにラインハルトは返す。
「救難信号魔法が妨害され見落としたらしきこと等、こちらにも落ち度はあった。だが、あの都市伝説とやらに属するビッグフットとかいう類人猿が大挙して現れ、境界の森の居住権を主張してドワーフ部隊と揉めていた件はどうだ。事態解決への協力要請を無視し続けていたのはそちらだろう、その隙を突かれもした。もはや連中も踏み潰されて幽星へと浄化されたそうだが」
エレノアははっとして、傍らに来ていた受付代理の老人へと確認する。
「聞いてないわよ、まさか鑑定士?」
「ビ、ビッグフット?」記憶を探るように、彼は呟く。「……そういえばそんな蛇の報告が届いていたような……」
「……混乱に紛れて見逃したわね。蛇にビビってたわたしにも責任はあるか」
ため息を一つ、実際受付の役目を任せていたのは自分だったので反省するエルフ。そこへ、ラインハルト将軍は追い打ちをかける。
「あと非常時に無駄な変装はやめろ。受付嬢のワン、副ギルド長のツー、ギルド長のエレノア・スリーを称する君らが同一人物なことなぞみな見抜いている。名前すら数字なのに誤魔化せてるつもりか?」
「ええっ!?」
ショックを受けるエレノア。けれど、周りにいる兵たちは無反応だ。マジでとっくにバレていたらしい。
「……わ、わかったわよ!」
ヤケになったように、エルフはドミノマスクを捨てて将軍よりも前に出る。石の手すりに身を乗り出し、風の魔法で大気を振動させて声を大きく変換すると川向こうへと呼び掛けた。
「わたしはギルド長エレノア。お言葉だけど、ヴクブカキシュ公。あなたの要求は無謀じゃないかしら。アヴァロン国との国境全体の警備が貴軍の任務のはず、キャメロット一つに出張ってきたら他が疎かになるんじゃなくて?」
「詮索は無用に願おう。そちらこそ、わしらが相手では要塞なぞ護りきれず、いたずらに犠牲を増やす自覚はあるはず。早々に去れ」
「……彼の警告通りね、短期的には」いったん身を引いたエルフは将軍たちへと囁く。「あくまでここはアヴァロン国、長期的にみれば彼が居座ろうと周囲から軍を派遣しての奪還も難しくないのに。どういう企みかしら」
「短期間だけでもキャメロットを奪い、利用することに意義があるということでしゅかね」
後方から、トラヨシらがやって来てうちマリアベルが推測を披露した。
「おまけに、十魔将精って名乗ったな」次いで疑問を挟んだのはブランカインだ。「十一人目はどうしたんだ?」
「今回はおれの方が、魔将精ってのから知らないんだけど」
申し訳なさそうにトラヨシが尋ねると、ニーナが葉巻をふかしながら教える。
「魔精皇国の最高戦力にして最大幹部だ、最初は十三魔精将で名の通り十三人の将軍だったんだぜ。百年の戦いのうちに二人は倒されて十一人になったはずだがな」
「彼らは?」
ラインハルト将軍がエレノアへと訊いたが、答えるまでの時間はなかった。
「――将精、後方より都市伝説がすぐそこまで!」
魔精軍陣営。森の奥から出てきた傷だらけの
「やむを得ん。全軍、突撃しろ!」すぐさま巨魔兵長は号令を発した。「キャメロット要塞を奪取し後ろの化け物どもを始末するぞ!!」
人類への布告なぞ二の次で、巨人たちは進軍を開始する。
まず行く手を阻む水深数メートルの川や堀なぞ苦労するのはオーガだけで、多くは水たまりのように越えてくる。
「やむを得ん、遠隔大隊迎え撃て!」
瞬時にラインハルトも応戦せざるを得なくなり命令、兵たちは城壁の上から弓や落石や大砲で攻撃する。
が、
「ツッコんでくるぞ!」
兵たちの悟った通り巨人たちは城壁を砂山のごとく崩し、街と城を有する高台へと体当たり。崩れるのも構わず、むしろ頂上の城塞そっちのけで足場の街並みと一体化した高台を破壊し始める。
「要塞を奪う目的ではないのか!? 土台が崩されては全員無事では済まんぞ!」
「……まさか! 地下の爆弾が狙い?」
ラインハルトの危惧にエレノアは推測、人類側のみんなが声をそろえた。
『何それ!?』
「もう隠してもしょうがないわ。ここは最前線の基地、万が一の時に備えて高台の内部に自爆装置が設置してあるのよ」戦慄する兵たちをよそに、一人告白し始めるエルフである。「大量の火薬に爆裂魔法を組み合わせたものをね。キャメロットは消し飛ぶけど、直撃すれば将精一人を倒せるほどともされる」
「ああそうだとも!」
巨人たちと一緒に高台を崩しつつ、なおも顔が城塞の上にあるヴクブカキシュは認める。
「最前線の街だ。戦死や行方不明扱いにされた兵士や冒険者もいたろう、うち何人かは捕虜として拷問し数年前から内情を探っておったわけよ!」
思い至ったブランカインが、戦斧を鞘から抜いて悔しがる。
「ちっ、あのオーガの越境部隊。都市伝説を受けての偵察ってだけじゃなかったか!」
「こんなにやられて爆弾は爆発しねぇのか?」
「大丈夫よ」魔法で仲間たちの身体能力を強化しながら心配するニーナへと、エレノアも遠距離技を巨人へ撃って援護しつつ自信満々で宣言する。「ギルド長と副ギルド長、双方の合意による封印解除がなければ爆発態勢にも入らない。どちらか一人でも欠けてはダメなの」
『どっちもあんたじゃねーか!』
屋上の全員がツッコみ、やはり彼女の正体がほとんどバレていたことが発覚した。
「理解したならばさっさと去れ! でなければ貴様らごと吹き飛ばすぞ!!」
高台を掘り進みつつヴクブカキシュは宣告する。
「はあ? 奪うんじゃなくてここで無理やり起爆するつもり?! 将精クラスが直接衝撃でも加えればあり得るけど、どうして!」
エレノアの疑問に答えが出る間などなかった。
すでに魔法だけでなく、ブランカインとトラヨシ含む身軽な戦士たちは崩れる崖を駆け下りて白兵戦も加える。
しかし他の巨人には多少なりとも効いているのに、降り注ぐ弓や投石や砲撃や戦士たちをものともせず巨魔兵長が岩盤を砕く拳は止まらない。
「くそっ」
振るわれる巨大な刃物や棍棒を回避。どうにか城壁上へ戻ったトラヨシとブランカインのうち、後者が懸念した。
「全身オリハルコンってのは伊達じゃないか!」
「オリハルコン?」
前者が訊く。
「最強の金属でしゅ」将精を除く敵を魔法で薙ぎ払いながら、マリアベルが解説した。「破壊不可能でドワーフにしか加工できません。ヴクブカキシュは全身がこの結晶で構成されるため、ドワーフ部隊ならダメージを与えられるのではという期待を込めての見張り大隊でもあったのでしゅが……」
都市伝説の古代文明アトランティスで使われていたといわれる金属だ。同時に敵の正体を確信して、トラヨシは叫んだ。
「みんな、あいつは歯が弱点かもしれない! 狙ってみて!!」