得体の知れない異世界人の指示にみな戸惑う、マリアベルだけが「わかりました!」と率先して試した。
「ぐっ!」
彼女の火炎弾が直撃。爆発したヴクブカキシュの顔全体から、輝く岩石が飛び散る。
「効いた!」
エレノアが感心する。
「ヴクブ・カキシュ」結果を受けて、トラヨシは悟る。「地球のマヤ神話に同名の巨人がいるんだ。都市伝説のように幽星がその影響で変化した存在なら、材質の違う歯が弱点とされてる! 彼の場合、顔全体に効果がありそうだ!」
ラインハルトは両腕を真横に伸ばし、双方の先端に空間収納を展開。二振りの大剣をそれぞれの手に取り出し、二刀流で構える。
電光石火の動きで崖を駆け下り、巨魔の身体に跳び移ると登頂して額に十文字を刻む。技の反動を勢いに利用し、飛翔して屋上に戻ると容認した。
「どうやら当たりらしい。全軍ヴクブカキシュの顔面を狙え!」
すぐさま、矢と石と火の雨は敵将の顔に絞って注がれる。
「おのれ人間ごときが」
相手はいくらか後退ったが、長持ちはしなかった。
「これでどうだ!」両手で顔を覆ったのである。「戦力差は明白、視認できずとも多少時間が掛かるだけだ。さっさと失せろ!!」
振り出しに戻った。
ヴクブカキシュへの攻撃は効かなくなる。顔を隠した手は相変わらず硬いからだ。彼も腕や目を使えなくなったが、蹴りだけで充分な威力だ。
他の巨人たちも依然として健在で、数と巨体を倒し切ることなぞ不可能である。
「
もはや隠す無意味さを自覚したエレノアは分身を複数生成、命令する。
「充分に時間稼ぎしたら付近の戦闘員たちもろともわたしの
従って、屋上より下の人員の退避誘導に去っていく分身たち。キャメロットには兵役経験のある戦闘可能な民しかいないが、彼らを加えるより逃げる方が得策な戦況だった。
ラインハルト将軍は洩らした。
「どうしてか、ヴクブカキシュにも焦りが見える。急がねばよからぬ予感がするぞ」
受けて、トラヨシも助力になろうとする。
「都市伝召喚、〝気象兵器HAARP〟!」
アメリカの
電磁波によって他のあらゆる障害を透過し地中にだけ影響して人工地震を起こせるという言い分を実現、手で隠した顔にだけ衝撃を与えようとしたが、
「あ、あれ、できない。オハバリこれは?」
何も起きなかったので十握剣に尋ねると、相手は答えた。
『都市伝召喚の縛りらしい。主が扱えるのは〝意思がないもの〟の他に、〝アストラルで遭遇した近現代都市伝説に関連するもの〟でもなければならぬようだ』
「んだよそれ!」
後付けで条件増やすなと苦情を述べたかったが、オハバリが異世界の法則で答えられるのは訊かれたことだけ。加えて、自分は到着早々ファフロツキーズに遭遇しただけで、以降もそれしか使っていなかった。
ファフロツキーズはありえない物を降らせるという性質上、多様な物を呼び出せるが一種類ずつだけ。それも空から降らせるので、相手に避ける隙も与えうる。オリハルコンの手をどかすものは閃かなかった。
「集まれ巨兵ども、虫けらの人間たちから踏み潰してやろう!」
ヴクブカキシュが命じる。
人類側の猛攻でややキャメロットから離された地点で、巨人たちが身体を組み合い上官が乗る格好を作っていく。
「何かしやがるぜ!」
ニーナの推測に全員が身構えるも、どうすることもできない。周囲の巨兵たちを倒しても、代わりがすぐに敵将の足場を埋める上、高位魔精のヘカトンケイルやキュクロプスは容易に討伐もできない。
トラヨシも必死に辺りを見回し、昨日モンゴリアン・デスワームを退治した男性と、ベートーヴェンの曲を学んだ弾唱詩人女性を見出した。
二人とも戦闘経験は最低限必須、中でも最前線の冒険者だ。この場にいてもおかしくなかった。
「君たち――」
彼はアイディアを伝え、実行に移す。
「おそらく」マリアベルが見抜いた。「跳躍してこちらを踏み潰すつもりでしゅ!」
「させるか!」
ブランカインの咆哮と共に全員が一斉攻撃を仕掛けるも、状況は変わらない。
「遅い!」顔を隠したまま膝を曲げ、ヴクブカキシュは跳ねる。「場所は充分記憶した。目を瞑っていても命中させられるぞ!!」
「〝ベートーヴェンの交響曲第5番『運命』〟!!」
弾唱詩人の女冒険者が叫ぶ。
じゃじゃじゃーん!
その楽曲は、大音量でヴクブカキシュの両耳元で炸裂。
「ぐぁぁああ!?」
たまらず、顔を覆っていた手を耳に移して塞いでしまう。そう、女性弾唱詩人が肖像画の依頼解決で得たのは、どこでもそれを掻き鳴らせるスキル。
つまるところ、どこにでも『運命』を轟かせることができる、
トラヨシはそれを確認、作戦を伝達したのである。
さらに――
「都市伝召喚! 〝モンゴリアン・デスワームの毒液〟!!」
ヴクブカキシュのすぐ目前に、異常依頼が現れるときと同じ五芒星を基調とした魔法陣が展開。黄色い毒の池を吐き出したため、ジャンプの勢いのまま顔をツッコむ。
倒されたモンゴリアン・デスワームの死骸とも昨日トラヨシは遭遇している。関連するうち、意思のないものは呼び出せるようになっていた。
しかも、
「ぼごぼごぼご……、なんだ、これは!」
上に飛ぶ彼と落ちる液の邂逅は一瞬で終わり、将精だけあって反射神経も早く彼はとっさに耳から顔へと手を戻してもいた。
が、相手は液体。指の隙間から弱点の顔に染み込むのは防げない。
キャメロット城塞の上空まで飛んだ巨体は空中でもがき、バランスを崩して目標を離脱。隣の草原に墜落した。
「解毒魔法と毒消し草の配布を急いで!」
頭上の巨人に浴びせるため大量に呼び、余って自分たちにも降ってきた黄色い毒液に濡れながら、トラヨシは指示する。
もちろん、葉野菜のような毒消し草をもしゃもしゃと噛りながらだ。
液体が掛かった他の兵士や冒険者も、解毒魔法を受けながら、足りない分は配布された解毒草を食べている。昨日モンゴリアン・デスワーム退治の報酬で1年分のそれを得た冒険者が作戦を伝えられ、配っていたのである。
混乱のさ中にありながらも、成功を祝す歓声が短時間だけ屋上を満たすほどだった。