……極東の島国、高天原。
その首都である
エレノアと、彼女の
緊急での使用のため、元々立っていた場所の地形を無視してちょっと地面から浮いた地点へいっせいに移動したせいで、大部分がバランスを崩して転ぶ。時差のため、夜だったせいもあったかもしれない。
「こ、これだけしか助けられなかったのね」
自身も転倒しながらもざっと闇夜に目を凝らして周囲を見回し、エレノアは悔やむ。
「巨人だけでも厄介な中、おそらく都市伝説の襲撃だ」キャメロット騎士団長ラインハルトがフォローする。「ここまで救えただけでも頑張ってくれた」
夜間ながら提灯や灯籠が和風の街をいくらか照らしており、キャメロットの民を囲むように、和服を着た日本人のような容貌の住民も僅かにいた。物珍しげに集まろうとした彼らの中から数名の鎧武者が率先して前に出て、民衆の接近を阻む。
「外部からの長距離転移者でござる、下がられよ!」などと自国民に呼び掛け、侵入者を警戒して腰の刀に手を掛けた。
「待って」そそくさと身なりを整え、エレノアが武者たちに訴える。「わたしは冒険者ギルド副総長のエレノア・エレアノールです! アヴァロン国のキャメロットが魔精と都市伝説に襲撃されたため、避難民を伴って転移してきました!!」
名乗りと同時に、彼女は目前に空間収納魔法を展開する。それは他の冒険者たちの用いる単なる穴とは違い、光で描写された複数の妖精が手を繋いで輪を描く形を象っている。その内部が穴だった。
この〝
「……確かに冒険者ギルド本部運営者の証」代表らしきひときわ豪華な鎧を纏う武者は、刀から手を離す。「しかし事前連絡もなしにこのように大規模な難民を伴って来られては困ります」
「わらわは把握しておった、心配はいらんと保障しよう」
鎧武者たちの後ろの民のさらに後方よりの、透き通るような女性の声。
『
高天原の住民たちは仰天して口にし、左右に退いて中央へ向けお辞儀する。その間を姫巫女と呼ばれた、まさに巫女と和風の姫を組み合わせたような装束の娘が歩いてくる。
せいぜい十代半ば、烏の濡羽色の長髪と瞳。大和撫子ぜんとした美少女であった。高天原における最高指導者階級の一人である。
「エレノア。そちらの来訪は
「ちょっと?」相手は顔見知りだったが、エレノアは発言に驚く。「本来なら、世界中のどこかからツチノコの居場所を突き止められる選び抜かれた人材が長旅で辿り着くのを待つ予定でしょ。ちょっとどころじゃない早い到着になったはずだけど」
「総長を侮りすぎぞ」
青龍姫巫女は袖から扇子を抜き出して開くと、口元を隠して上品に笑う
「各ギルド長が密かに抱く、冒険者ギルドのみが有する技術への憧れなぞ見抜かれとるわい。故に率先して適した人材を見出し、ここに来る助けをし手柄を立てようとすることなぞお見通しよ。事態は悠長に構えていられるほどでもないのでな、計算ずくだ。候補者を連れて来すぎておるようだが」
見透かされていたことが恥ずかしくて立ち尽くすエレノアをよそに、彼女の背後からはキャメロットの冒険者たちが姫巫女へと詰め寄る。
「えっ、てことはここにツチノコいるのか!」
「うおー、2億Mはどこだー!」
「死んだ仲間たちのためにも絶対捕まえないとな! あくまで死んだ仲間たちのために!」
「これがツチノコじゃ」
ところが反対側の袖の中から掌に蛇を載せて出し、姫巫女は平然と紹介した。
「残念ながら、わらわがとうに捕獲しておるわ」
日本に生息し横槌に似るとされる、体長30センチほどで胴体が太い蛇。まさしく伝承のツチノコであった。
駆け寄った勢いのままずっこけた冒険者たちは、ひれ伏すように巫女の足下へと滑り込む。
「通常、依頼書はその地域の冒険者ギルドで解決しやすいものが出される、異常依頼書も同じこと。この国に出たものを人寄せとテストのために一部複製して各ギルドへ配布したのだ。ツチノコがいる現地人の方が解決には有利だろうに」
『そ、そうだけど……』
倒れたまま絶望する冒険者たち、うち一人が名残惜しげに伸ばした手を逃れるように、ツチノコは姫巫女の腕を尺取り虫みたいに駆けあがる。肩上に到達するや舌を出し、「チー」と鳴いて馬鹿にしたあと幽星となって蒸発した。
「ふむ、まだ冒険者ギルドには連れて行っていなかったが。副総長に示したことで解決と認定されたようだのう。……さて」
惨状を無視して巫女は額へ手の平を当て、つま先立ちで低い背を補って背伸び。倒れ伏す冒険者たちから後方の兵士たちまで、アヴァロンの民をきょろきょろと見渡して言及する。
「他国にいながら少ない情報でツチノコを認識し、エレノアが選定したという人材はどれかな。そやつならば解決できたということで、2億Mは譲ってやってよいのだが」
「全部見通されてたなんて腹立つけど、しょうがないわね」歯噛みして悔しがるも、諦めてエレノアは避難民たちの内部へと呼び掛けた。「トラヨシ、ついでにご一行さん」
しん
「……トラヨシ?」
返事がないので、彼女も自分が運んできた人々に目線を走らせる。トラヨシどころか、ブランカインもマリアベルもニーナも見当たらない。
そこでワープ寸前、一行との間に爆発が起き引き離されたのを思い出して叫んだ。
「あいつらいねぇじゃん!?」
きょとんとする避難民の中を、エレノアだけが動転して探し回った。
「やれやれ、副総長ともあろうものがしくじるとはな。……ん?」
呆れて眺めていた姫巫女だが、ふと頭上から旋回しながら降りてくる鳥に気付く。月光を浴びる白い小さな鳥、否、折り紙の鶴だった。
「
紙型に仮初めの命を吹き込み使役する、高天原の術だ。自分のそばまで来たところで、彼女はそれを受け取って開く。紙は異常依頼書であった。
「……ちょうどよい機会じゃな。わらわは先ほど、次にギルドへ出現する異常依頼が都市伝説への対抗に重要とも予知してな。陰陽師を待機させ、寄越すように指示していた。これがヒントのようだ」
未だ騒いでるエレノアはほっといて、残る人員に紙面を披露した。
『ロズウェル事件現場の調査 報酬:トラヨシ・ヨウセンに関する情報』