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サンダーバードをどうにかして!

 ケネス・アーノルドのUFOも無事では済まなかった。

 竜たちが直進以外の進路妨害に放っていた火球まではさすがに避け切れずに被弾、大破したが、操縦席周りはマリアベルのテクニックで免れる。

 飛行は続けられそうにないが、急激に速度も落としたのでもはやUFOが消えても音速で放り出されることはない。追っ手もなくなったのだから、あとは余裕を持って乗り換えればいい。


「都市伝召喚!」


 さっそくトラヨシはケネス・アーノルド事件の機体を消し、


「ふ、【フー・ファイター】!」


 第二次大戦時辺りに目撃された、様々な形状の発光体からなるUFOの召喚を試みたが


『不許可、関連するものではありません』

 伊都之尾羽張イツノオハバリの声だけが聞こえた。外に出てる時と違って、声質は同等だが機械じみた抑揚のないしゃべりで、異世界案内人としての性質だけが残存しているらしい。


「あ、あれ呼べない。そうか円盤じゃない!」


 オハバリによれば、呼べるのは〝アストラルで遭遇した都市伝説に関するもののうち意思のないもの〟。フー・ファイターはケネス・アーノルド事件後に報告が広がった〝空飛ぶ円盤〟以前のもので、関連すると認定されなかったらしい。


「と、都市伝召喚、【幽霊ロケット】!」

 代わって、主に冷戦中目撃されたロケット状の未確認飛行物体を叫ぶが当然

『却下』である。


「おいおい。大丈夫か!?」

 空中に投げ出され、落ち始めるブランカインが慌てる。

「た、頼むぜトラヨシ。あたいらが魔精国にとってのファフロツキーズ空からの落下物になるなんて御免だ!」

「わ、わたちは信じたいでしゅがさすがに急いで欲しいでしゅ!」

 女性陣も同様に動揺だ。


「幽霊飛行船!」『却下』「幽霊飛行機!」『却下』「えと、焦って頭が回らない!」

 さすがに不慣れが重なりすぎた。ここぞという時に、こないだまでの普通の高校生へ戻ってしまいそうになる。

 地面が迫る。そこを満たす、都市伝説と交戦中の魔精たちが空で繰り広げられた戦いにも感づき、仲間の蒸発も察知。仇とばかりに飛行可能な種たちは飛び立ちだした。


「――【ロズウェル事件】のUFO!!」


 アメリカ、ニューメキシコ州ロズウェル近郊に何かが墜落。空飛ぶ円盤を回収したと発表した米軍だが、観測気球の間違いだったと訂正された事件だ。


 ――成功した。


 五芒星基調の魔法陣がそれを吐く。

 UFOとされた伝説部分に基づいて現れたのは、全体的には円盤状だが起伏の少ない流線形の飛行機にも似ていた。

 やはり内部構造に関する情報の不足からか、前回同様に何もない空間が操縦席としてトラヨシを包む。ただ、搭乗員がいたという噂からか隋円形でスペースは広め。内部からは半透明で周囲が見渡せる上、脳裏で念じるだけで機能も理解でき操作も可能という点は共通。なにより、


 ほぼ恒星間航行が可能でなければ宇宙の他の文明圏からやって来れないだろうというイメージの反映か、速度がとんでもなかった。

 相対的にトラヨシにとっては周りの時間が止まったと思えるほどの速さで飛行。乗せたい対象は触れただけで回収できるというご都合主義満載の機能で、ブランカもマリベルもニーナも空中キャッチして飛び上がる。


 上空数キロで制止すると周囲の時間も正常通り動きだしたが、迫っていた下からの魔物たちともずいぶんな差ができて、余裕で会話すら可能となった。

「待たせてごめん。慣れないことの連発でパニクっちゃって」


「お、おう。成功したならいいんだ」

 遅れて自分がトラヨシの後ろに座っていると気付き、ブランカインは驚きながらも安堵する。

「よ、よかったでしゅ。飛行艇の性能も、テレパシーで事前に予定したものと遜色ないんでしゅよね?」

「ああ、ワープすら可能なのがわかる。一気に目的地まで行けるぞ」

 隣のマリアベルからの問いにも自信をもって答えると、斜め後方のニーナは余裕を察して葉巻を準備しつつ下を嘲笑った。

「そいつはいいぜ。見ろよ、魔精たちも随分遠くなって――」


 そこで――


 ピッシャーン。ゴロゴロゴロ!


 無数の落雷。

 眼下で上に向かってきていた、巨躯混沌竜ジャイガンティック・ケイオスドラゴンの数匹をも含む飛行可能な魔精たち。どころか、荒野にいた彼らの軍にまでそれらが落ちた。


 とんでもない太さの閃光が幾重にも、まるで曲がりくねったレーザー光線のように。

 数百の魔精が黒焦げとなり、地面に刻まれたクレーターに倒れる。煌めく煙と共に、まもなく遺骸は蒸発しだした。


「あ、あれ。攻撃とかはしてないんだけど」

 突然の出来事に呆気にとられるトラヨシ。仲間たちは絶句している。


 そんな彼ら以外の声が、唐突に聞こえた。

「こんなところで何をしている?」

 声音は幽星奈落からで、まさに内部から発声者は現れた。

 翼開長百メートルはある、巨大な鳥である。黄色みがかった白いわしであった。


ワシは、百物語10番。【サンダーバード】だ」


 ロズウェル事件のUFO隣で、優雅に羽ばたいて滞空しながらそいつは語る。

「貴様は何番だ。竜どもを突っ込ませたことで察知したが、作戦にない行動だろう。戦果は結構だが、勝手は見過ごせんな」


 四人は沈黙してしまう。

 旧ソ連製とはいえミサイルの直撃をくらっても平気なドラゴン数匹含む、数百の魔精を瞬殺した新たな化け物なのだ。

「奈落内からは幽星の渦でよく窺えなかったが、出てきてみれば貴様。姿形も先ほどと変わってはいないか?」



「ま、待って」小声でトラヨシは仲間たちに確認してしまう。「ネイティブアメリカン神話のサンダーバードって、魔精にはいないの?」

「き、聞いたこともないでしゅね」

「やばいぞ、だとしたら」


 マリアベルの解答を受けて、戦慄したのは異世界人だ。

 彼が調べに来た目的のように、基本的に中世ヨーロッパまでのオカルトからなるのが異世界アストラルの魔精で、近現代都市伝説はフォークロアという新種として出没しているようだった。分類でいえば神話のサンダーバードは雷を操りクジラさえ捕食する巨大な鳥であり、魔精に該当しそうではある。

 けれども、


「今度はこっちが聞きたいな、サンダーバードっていうのは?」

 問うてきた戦士へ、トラヨシは慎重に教えた。

「北米先住民の神話に出てくる雷を操る巨鳥だけど、怪鳥系のUMAともみなされる。さっきの稲妻からして、神話の性質も継ぎながら都市伝説として実体化してるみたいだ」


「聞くだけでヤバそうだな、早いとこワープでずらかろうぜ」

「できない」

「へ?」

 葉巻をくわえる尼僧の提案に心から同意しつつも、トラヨシは冷や汗で現状を明かさざるを得ない。

「さっきから念じてるんだけど、できるはずなのにできない。まるで故障したような……まさか!」


 ロズウェル事件のUFOは、そもそも飛んでいる姿で知られてはいない。

 都市伝説上も、円盤が墜落したのではないかという話である。それを元に呼び出されたなら、墜落するような欠陥品なのかもしれない。


「怪しいな」巨大鷲は首を伸ばし、燃えるような眼光を近づけてきた。「擬態できる魔精くらいはいると聞く。貴様、もしや?」


「ち、違う!」とっさに、ケネス・アーノルド事件の機体同様に備えていた外部へのスピーカー機能で弁明した。「おれたちはわけあって都市伝説のUFOに乗ってるだけの人間だよ!!」


 またやりやがったという様相の仲間たちと共に、サンダーバードがごく僅かに黙り。


「――どっちも敵だわ!」

 ツッコむや翼を広げ、全身に稲光を纏う。


「とにかく逃げろ、さっきのみたいに音速とか出ないのかよ!」

 ブランカインに怒鳴られ、ワープは諦めとっさに移動を試みる。


 予備動作もなしに、秒速340メートルの音速で離れたが、


「撃墜決定だな」

 動かずに呟いた巨鳥は稲妻を纏うどころか一体化する。


 背後を確認して、トラヨシは絶望した。

 スー族の伝承でのサンダーバードはくちばし蹴爪けづめだけの存在ともいわれる。それが反映されたかのように、都市伝説10番を称した者は実体がなさそうだった。

 あるとすれば、


「スリー、ツー、ワン、サンダーバード・ゴー!!」


 雷そのもの。


 数キロ離れたUFOに対し、サンダーバードは掛け声と共に全身が電撃となって横に走った。


 電気の通り道を駆ける落雷の速度、秒速10万キロである。

 無論、瞬く間に追いつき、サンダーバードはロズウェル事件のUFOを閃光となって貫いていた。

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