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2話 契約結婚

「色々と現状について調査させてもらいました」


キリアン様は気まずそうに言った。

私は私の一番大切な秘密、残された寿命について、キリアン様が知ってしまったのだと思い体を固くする。

それは非難されても仕方がない事だと思った。


けれど話された内容は私の余命についてではなかった。


キリアン様は淡々と、私には微弱な魔法の力しかないが、それでもブラン家門の正当な血筋であるためこの結婚は家同士の正式なもので覆すことができない事を話した。

私には魔法の力が碌に無くても私の子がどうなるかは分からないため、魔導伯としては政略としてはたしている。

それが私の実家の意見で、それを王家も支持している。


そういう話だった。


王家は魔導伯家に頭が上がらない。

私の実家に都合のいい話しになってしまったのだろうと感じた。


魔力が大きい人間の子が必ずしもそうでないように、隔世遺伝の様に本人に大した力が無くとも子供は魔法の適性がある場合も多い。

だから私の家門は特別な事情が無い限り魔法使い同士で婚姻を結ぶ。


キリアン様が私を見た。

彼はそれが不満なのだと表情からありありと分かる。


「私の両親が健在であればそれでもよかった。

彼らには魔法の力がありましたから。

だから、あなたとの婚約を両親は受け入れていました。

けれど――」


キリアン様はそこで一旦言葉を区切った。

ご両親が亡くなられているときのことを思い出しているのだろう。

それからこちらをみて言った。


「その時と今とは状況が違う」


私は言葉を発しようとして、それからそれを遮られる。


「あなたの実家からの伝言です『余計なことは一切言わず、伯爵家に尽くすよう』だそうだ」


キリアン様は、それを私にキリアン様に従う様にという言葉だと思ったみたいだった。

けれど実際は違う。

私の余命について話してしまうと、子供を作ることが無理なことがばれてしまうので何も言わず問題を先送りにしろという命令の様な伝言だった。


それは卑怯だと私は思った。

余りにも卑怯だと思ったので、家門の意思に従うべき貴族だとしてもそれはあんまりだと思ったから、私は話をしようとした。


けれどそれも再度遮られてしまう。


「あなたが貴族としての教育をきちんと受けられていない事には同情します。

けれど、貴族家に生まれたからには義務があります」


そう言われてしまうと私には切り出せなかった。

貴族として言い返す方法を私はまだ知らない。

彼はもう私の話を聞く気が無い様だった。


「その上で、“相談”があります」


真剣な顔でキリアン様は言った。


私はキリアン様を見つめ返した。

それをキリアン様は同意として、うけとったようで話し始めた。


「私たちの結婚は覆すことができません。

けれどこの領地にはどうしてもなるべく早い段階で優れた魔法使いが必要です。

ですから、どうしても私は魔法使いと結婚せねばならない」


だから——


キリアン様の声で彼も緊張しているのだとわかった。

それに、命令じゃなくて相談という言い方をしていた。

そこにわずかな優しさを感じてしまった。


「三年の契約婚をお願いしたい。

白い結婚が三年あれば、王家の介入なく、教会で離婚できますから。

三年後私は別の魔法使いと結婚をします」


三年という言葉が私の中に響いた。

それは、この領地に来る前に宣告された私の余命と同じだったからだ。


「勿論、無償でとは言いません。

あなたの生活は保障しますし、貴族として三年後、生活ができるように教育の手配もします。

それに、魔法使いの家系なのは王家の言う通りですから、再婚相手には困らないでしょう」


この人は三年後私がいなくなることを知らない。

だからこんな取引を持ち掛ける。

その契約に全く意味は無いのに。

契約があろうが無かろうが三年後より先の話は私には無い。


最初は説明をしようと思ったけれど、私の実家が強硬に結婚を推し進めようとしていること。

だからきっと言ったところでこの結婚は覆らない事。


どちらにせよ三年後彼の願いはかなうだろうことは分かる。

それに彼はこの領地を好きなんだろうなというのは声色などから伝わって来た。

両親の遺したものを守ろうとしていることが何故だか伝わった。


「わかりました」


どうせ私は多分子を産むことができない。

その仕事が元々できないのであれば何も変わりはない。


「そちらの条件は?」


事務的な冷たい声だと思った。

願い事。

やりたいことはもうできない。だから結婚が早まった。

したいことは他に思い浮かばない。


つめたい態度を使用人に取られていることには気が付いているけれど、嫌がらせをされる実家よりずっといい。


思い浮かんだのは三年後、私が死んだ時のことだった。

それがとても悲しかったけれど、他には何も浮かばなかった。

実家の人たちは私の死を悲しまない。

何かしようとも思わないだろう。


この国には棺を埋める前にその中に花と、それから大切にしている物を入れる風習がある。


入れて欲しい物はあった。

けれど、誰かが私のためにやってくれるとは思わなかった。

私に今思い浮かぶ願いなんてものはそれだけだった。


「お願いがあります。

……っあ、勿論お金がかかる事でもなく、領民の皆さんを巻き込む様な事でもないです」

「それは?」

「手紙にかいておきますので、三年後まで秘密にさせてください。

そんな大変なものではなく、すぐに終わるしお金もかかりません。キリアン様がやらず誰かに任せてしまってもいいです」


どうせ私を見送る人はいない。

だからせめて大切なものを棺に入れて欲しかった。

けれどそれを入れさえしてくれればそれでよかった。

けれど、貴族として余命のことを自分から話せないのであればそう願うしかなかった。


「こちらで可能なことであれば行うということでいいでしょうか?」


キリアン様は言った。


「勿論です。

手紙は用意しておきます」


遺言状なんていうほど大仰なものではないけれどそれを作っておこうと思った。

一番大切なものを棺に入れて欲しいと書くだけのものだ。


「それでは、結婚の手続きを済ませてしまいましょう」


結婚は形式的なもののため結婚式は行わず書類のみを交わすらしい。

私らしい結婚だと言葉には出さないけれどそう思った。

結婚式にあこがれていた訳ではないけれど、それも無く誰にも認められない意味のない結婚。

本当に私みたいな状況だ。


婚姻届けは全て用意されていて後は名前を書くだけだった。

そこに名前を書き込んで私は夫人になった。


そんな実感はまるでないけれど、この屋敷の人々全員が私を夫人だなんて思わないだろう。

それに目の前にいる夫自体も私のことを妻だとは思わないのだろう。

それだけは分かった。


表向きには夫人な、ただのお荷物であろうことは明白だった。


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