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3話 多分冷遇

私は婚家で冷遇されているのだと思う。

多分。


多分。というのは、それでも充分実家である魔導伯家よりも待遇が良かったからだ。

婚家の使用人たちは冷遇しているつもりなのだろうけれど、ある程度の仕事はしてしまうため、充分生活ができてしまっていた。


私の家は魔法使いを多く輩出することで知られ、そしてそのため魔導伯という特別な爵位を与えられた家門だった。

そこで最も尊ばれるのは魔法の能力が優れていること。

それ以外の能力は全くと言い程重視されていなかった。


魔法使いは魔法使い同士の夫婦から生まれることが極めて多い。

そうでなくても片親が魔法使いだった場合がほとんどだ。


そのため魔導伯は、平民であっても魔法使いの素養のあるものは養子縁組をしてでも家門に取り込んでいた。


けれど、それは国としてのバランスを欠くことになってしまっていた。

魔法使いの力はすごい。


なにかあった時、必ずと言っていいほど魔法使いが必要になる。

魔導伯家に借りばかり作ってしまう状況だった。


多くの貴族たちにより、政略として魔導伯家の人間は一定数は他家と婚姻しなくてはならないという事になった。


それでもまだ魔法使いは圧倒的に私の実家であるブランの家門に多い。

だから、という訳ではないけれど、私の家は魔法の無い者は酷く虐げられていた。


貴族の子供として扱われず、下賤のものとして使用人の様に扱われていた。

食事も最低限。

酷い言葉を浴びせられ、それを見ていた使用人たちからも下に見られた。


使用人用のお仕着せの古くなったものを繕って着て暮らしていた。

貴族らしい生活をしたことは魔法の力が微弱だと確定してしまって以降記憶に無い。


キリアン様は教育を受けていないことを指摘していたから多分ここまでは調べたのだろう。

魔導伯家は魔法使いを輩出する、無くてはならない家門だ。

誰もケチはつけられない。

子供が可哀そうなんていう理由で、もし何かがあった時魔導伯家が手を差し伸べない。そちらの方が貴族達には恐ろしいことなのだ。


だからこそ、私たちの様な無能にどれだけ酷いことをしてもそれを隠すつもりは無いように見えた。

だってそれがあの家では当たり前の事だったから。


私が比較できるのは自分の今までの生活と魔力のあった私の両親や兄弟がどういう生活をしていたかだけ。

だから、“多分”冷遇はされているのだと思う。

貴族の姫様というのが同じ家門の令嬢達の扱いという前提だけれど。


貴族としてのドレスや宝石を買えるほどの予算をキリアン様は私につけなかった。

使用人たちにも、目に見えて冷遇されていると気が付く金額なのだろう。


伯爵家の使用人たちの一部はあからさまに私に敵意を向けていたし、嘲る様な視線をよこす人もいた。


こちらをみてひそひそと話す上級の使用人たちの姿もあった。

「若様が哀れだ……」という声も聞こえた。

キリアン様の両親が存命のころからの使用人なのだろう。


けれど、実際に蹴り飛ばしてくる人がいた実家よりも大分マシだった。

敵意も嘲りももう日常の一部でわざわざそれについて深く考えることは無かった。


部屋も相変わらず客間のままだった。

夫人は夫人用の部屋で過ごすことくらい、貴族としての教育を受けていない私でも知っていた。

それが悔しいとかプライドを傷つけられたと思うことは無かった。


納屋の一部を与えられていた以前よりずっと快適だった。


服も、ドレスや宝石を買う事はできないとはいえ、夫人用の予算から買うことができた。

商人を呼ぶように頼めば、何日も経ったあとだけれど、買い物をすることができた。

きちんと私のサイズで作られた洋服はとても着心地がよく、思わず布を少し多めに買ってしまった。


食事は恐らく質素なものだけれど三食きちんと出た。

肉なども使われていたしパンもその日焼かれたものだった。


時々そういうしきたりなのだろう。

キリアン様と食卓を共にすることもあった。


そういう日はいつもよりも豪華なものが食卓に並んでいた。

けれど何かのお祝いではなさそうなのでキリアン様は毎日こういう食事をしているのだろう。

多分私も同じものを毎日食べていることになっている。

出てこないのは、誰かがそれを止めているのだろう。

キリアン様との食事は、少しばかり塩辛い。そんなことはあったけれど、豪華な食事も、日々の食事も、実家にいた時よりずっとずっといい物が出されていた。

塩も嫌がらせだったのかもしれないけれど、その程度で顔をしかめられる程今までいい生活はしていなかった。

きっと、冷遇をしていると信じている使用人の人たちにとっては肩透かしな反応だっただろう。


だから、別にキリアン様に何かいうことは無かった。


充分いい暮らしをさせてもらっていると思ったから。


キリアン様は最後に会ったご両親の葬儀の時より、翳りが見えた。

きっと苦労をしているのだと分かる。


けれど食事中お互いに言葉は少ないものの「家庭教師から優秀だと聞いている」と私にぽつぽつ話しかけてくれた。


「家庭教師をつけてくださってありがとうございます。勉強は楽しいです」

「今日は何を」

「この領の地形と地質について」

「ああ……」


何かを思い出すような顔を彼はした。

彼ももっと幼いころ同じことを学んだのかもしれないと思った。

けれど、彼は自分のことはほとんど話さなかった。

少し、彼のことを聞いてみたいと思ったけれど、私と彼は三年間の契約でのみ結びついている。そんな私に立ち入れることは何も無いと思った。


後は、私専用の使用人をつけてもらえなくても寂しく無かったというのも大きい。


『ねえ、見て、アネモネが咲いているよ』


精霊というものが私には見える。

その存在は公に認められているけれど、見ることができる人はとても少ないらしい。

私以外にも光の粒として見ることができる人は時々いる。

けれどこうやって話して意思の疎通ができる人間は稀らしい。

話せるのは妄想と言われたことがあるけれど確かに私には見えるし話も聞こえる。

今日は庭に咲いている花を教えてくれた。


だからほとんど誰からも話しかけられなくても大丈夫だった。

これは実家でも同じことだった。


誰にも話しかけられなくても、私にはこの子達がいるから大丈夫、いつもそう思って生きてきたから。


それに家庭教師をつけてもらえた。

貴族として教育されるのは初めてだけれど、年配の夫人は私に一から貴族としての心得やマナー、この国の歴史、色々なことを教えてくれようとしていた。

仕事として請け負ったことはきちんとやるタイプの人らしく、私が立場の割に何もできない事にも、侍女が寄り添ってないことも一切指摘せず淡々と貴族の女性にとって必要なことを教えてくれた。

多分それが将来の役に立たない事だけは少し残念だった。

けれど、勉強自体はとても楽しかった。

学ぶことがこんなにも楽しいと知れたのはよかった。


ただ、一つの感情が私の中に芽生えてしまった。

何か役に立ちたい。

勉強したことを生かしたかったからというのは多分違う。

実家にいたときは働いてばかりだった。


唯一の特技はもう使えないけれど、それでも自分が何もしていない、という事実が、慣れなさ過ぎて嫌だった。


こういう時はきっと穏やかに過ごすための趣味を見つけるのかもしれないけれど。

全て、私の一番大切なものと比較してしまいそうだったので新しい趣味を見つけようとは思わなかった。

穏やかに最期の時を迎えればいいのに、その方法もよくわからなかった。


私はまず、何か仕事をもらえないかキリアン様に聞いてみた。

キリアン様はとても微妙な顔をして私を見ていた。


何かを疑う様な、それから奇妙なものを見るようなそんな目で私を見た。


そして「夫人の仕事をしたいという意味ならそれは無理だ」と言った。


「あなたには貴族の教養が無いから社交はむりだろう。

そして、領地経営の手伝いは、計算すらおぼつかない人間に任せられることは無い」


そう言われてしまった。

私は夫人として仕事を任せて欲しかったわけではない。


今までの生活について話さないのが貴族の礼儀の様なのでそこを飛ばして、何もしないでただここに置いてもらうのは心苦しいのだと話した。


キリアン様はもっと微妙な表情をした後、「メイド長に話を通しておく」と言った。

私の話を本気にしていない言い方だった。


キリアン様は奇妙なものを見る目で私をもう一度見て「先のことの準備をした方がいいのでは?」と言った。


私は「手紙はもうかきました」と言った。

それ以外私に必要なこの先の準備は無い。


「あずかろうか?」


私は首を横に振った。


「クローゼットのアクセサリーケースの中にしまってあります。

三年後にご確認ください」


キリアン様は、何かを気にした風も無く「わかった」とだけ答えた。


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