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キリアン様から話しを通されたであろうメイド長は、大きくため息をついた。
それから、「屋敷の花を管理した御経験は?」と聞いた。
家庭教師から貴族夫人はパーティだけではなく屋敷内の装花も管理するものだと聞いて知ってはいる。
私が実家にいたときはそんなことも知らなかったので進歩だけれど、実際にどうすればいいのかは知らない。勿論やったことも無い。
少しずつパーティ等で季節や行事を踏まえた飾りつけを指示する必要があるとか、庭はその家の象徴する場所の一つであるという話は少しずつ覚えていっている。
けれど任されて、即できるようなものではない。
「申し訳ありません。無いです」
そう答えると、メイド長はもう一度ため息をついた。
「それでは……」
メイド長さんは考えている様だった。
「私、お洗濯は得意です!!シーツを真っ白に洗えます!!
それにジャガイモの皮むきも得意です!!」
何かを手伝いたくて実家でやっていた仕事を提案した。
けれど、メイド長さんは「ひっ……!!」と悲鳴を上げた。
私の提案は悲鳴をあげる様なものだったらしい。
それから心を落ち着けるようなそぶりをして「それは貴族がやる仕事ではありません」ときっぱりと言った。
「下々のものから仕事をとることになりますし、貴族の規範に反することをして伯爵家が他の家門から嘲笑される可能性もあります」
しっかりとした声でメイド長は言った。
「それにそんなことをやらせて冷遇しているのかという格好の攻撃材料を他の貴族に与えることになってしまいます」
魔力の弱い嫁をもらったからキリアンは妻を虐げている。
そう言われてしまう行為だとメイド長は言った。
私が今できることはどれもむしろ伯爵家の迷惑になってしまうらしい。
メイド長の言っている内容はもっともだと思った。
魔導伯家は、魔法の力があるからよそから色々と言われないだけで、あげ足をとりたい人たちにとっては格好の餌食になってしまうだろう。
「他にご実家でやっていたことはなんでしょうか?
勿論答えられる範囲でいいです。
ただし、ハウスメイドの仕事以外でお願いいたします」
かまどの掃除も、納屋の補修も多分含まれない。
本当は一番時間をかけていたことはある。
けれど禁止されているのでそれはできない。
私は少し悩んでから
「魔術書の写本と、刺繍は少しだけできます」
と言った。
実家でやっていた仕事に刺繍が少しだけ必要なことがあった。
刺繍は止められていない。
魔術書の写本は全く魔力の無い人間にはできない。そして魔法の素養が無いとあまりにも専門用語だらけで写し間違えやすい。
「魔術書にはお詳しいのですね」
「はい、一応」
実家があそこなので。
そこまで言わなくとも情報は伝わっている様だった。
「書庫に魔術書の棚があります。
まずはそこの整理と古くなってしまった書籍の修復をお願いいたします」
メイド長も何かやらせる仕事が見つかってほっとしている様に見えた。
もしかしたらいい人なのかもしれない。
今まで私がやってきたことは貴族として悲鳴が出る位恥ずかしい事。
そして、その事実は隠さないと外聞が悪く絶対にやってはいけない事。
その二つは分かった。
それを今までやって来た私が、このうちで、そして伯爵の家来衆の中でどう思われているかも少しだけ垣間見える様だった。
私がもう少しでも魔法の力があったらよかったのにと思った。
そうしたらそちらの分野でもう少しだけでも手伝えることがあったかもしれない。
どちらにせよ一つ仕事をもらえた。
私は良かったと思った。
これで、意味もなくここに置いてもらえることへの罪悪感が少しだけ減る。
けれど、三年後に起こることについての罪悪感はまるで消えない。
それでも、今の申し訳なさはきちんと仕事ができればきっと減る。
それに仕事をして何も考えない方が気が滅入らないと思った。
案内された書庫は蔵書が沢山あった。
本のために薄暗く沢山の本棚には本が沢山詰まっている。
古い物も新しい物もあり、代々ひきつがれていることが分かる蔵書だった。
「奥の扉の先はご当主様など一族の方たち専用となっております。
鍵がかかっておりますので入れませんがお手を触れないよう」
「わかりました」
一族に私が含まれていないことも分かった。
別に文句を言うつもりは全くないけれど、仕方がないお荷物なお客さんだということが屋敷内で徹底されていると思った。
書類上は一応一族のはずの私に直接いうのはそういう事なのだろう。
この屋敷の人全員にとって私は本当はいらない人間なのだ。
まあ、それは実家でも変わらなかったので気にしないことにした。
それから、メイド長さんに整理して欲しい本棚と、修復が必要な魔法書を指示された。
見たところ魔法書はそれほど貴重なものではなかった。
魔法がまともに使えない私に貴重なものを任せるわけが無い。
これは最初から分かり切っていることだった。
だから特に何も聞かない。
問題なく修復できそうなものだったから。
その代わり一つだけたずねる。
「ここの書庫の本、少しだけ部屋で読んでもよろしいでしょうか?」
メイド長さんは少し考えてから「魔法関連のもの以外であれば」と答えた。
あの一族だけと言っていた扉の奥は分からないけれど、外に出ている魔法関係の本は実家にもあったものだ。
まだ、私がいつかは魔法の力に目覚めると両親が信じていたころ大体目を通している系統のものだった。
きっと本の修復ができる私が部屋に持ち込んで何かしないために言ったのだろう。
キリアン様のご両親には魔法の力があったというからもしかしたらある程度意味のある魔法の書物は全て扉の向こうなのかもしれない。
余り信頼されていないなと思った。
けれど、それは多分自分たちを守るためなのだろうとも思った。
魔法使いが欲しい家門は勿論一族の繁栄のため、という理由が裏にはある。
けれど王族が優先的に縁組をする家門は、何か魔法使いが必要な理由がある。
自分たちに危機が訪れている状況で、自分を守るのは当然のことだと思った。
私が本当のことを言えないのも、今すぐ追い出されて路頭に迷いたくないという自分を守るためのものだという側面もある。
私が本当のことを伝えられないのと同じように、この人たちにも多分事情がある。
キリアン様はご両親がいるときと状況が変わったと言っていた。
多分私が理解できていないだけで大変な状況なのだろう。
同じだと思った。
だから、当然の反応だと思っていた。
そういう生活を送って来た。
私は過去のことを思い出していた。