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6話 人形師

* * *


最初から私に何も無かったわけではない。

私に魔法の才能は無かったけれど、精霊を見ることができた。

精霊を認識できるもの、その中でも精霊の力を借りられるものは精霊術を使うことができる。


その中でも私は精霊の力を借りて傀儡を作り動かす人形師の才能があった。

その力のことを知ったのは偶然だったけれど、私にとって大切なものになった。

精霊の力を借りて作られる傀儡は“DOLL”と呼ばれ、その美しさと一定期間とはいえ、持ち主の命令を聞いて動くため、貴族の間でとても人気だった。


私は人形師としてのほとんどの作業を独学で覚えた。

独学というのは少しだけ語弊があるかもしれない。


精霊たちがそのやり方を教えてくれたのだ。

精霊たちが教えてくれた通り人形を作り、そこに精霊の力を吹き込む。

そのことを私は気まぐれな精霊から教わった。


おもちゃを持っていない私が庭に落ちている枝で人形の様なものを作った時に『それ、動かせるよ』と教えてくれた。


その通りの方法を試すと、土くれや木から作られた人形が動くのだ。

最初は傀儡の形代の人形を作るのも精霊の力を込めるのもあまり綺麗なものではなかった。

けれど、初めて自分で何かができると分かった喜びに私は空き時間を見つけてはそれに没頭した。


精霊の力を吹き込まなければただの人形だったそれが彼らの力を借りることで“DOLL”として動き出す。

まるで魔法の奇跡の様だと私は思った。


そうだ、奇跡の様だった。


もしかしたらと思った。

魔法は使えないけれど、こういう奇跡が使えれば、もしかして、ほんのすこしでも家族に認められるかもしれないと家族に言う事にした。


父親も母親も弟も馬鹿にしたような目で私と私の作ったDOLLを見た。


駄目だった、と思った。

魔法以外の奇跡はこの家にはいらないのだと思い知った。

けれど、父と兄が去った後、母だけは私を馬鹿にした表情のまま言った。


「仕事を与えてあげましょう。

この人形をもっとつくるのよ」


母は私に言った。

見下しているけれど値踏みするような、嫌な目だった。


「ただし、誰にも言ってはいけません。

知られてもいけません。

下賤な精霊術を魔導伯家の者が使っていると知られるわけにはいかないのです」


でも、と母は続けた。

この家で私の力は下賤と言われているのかとようやく気が付いた。


「貴族の夫人たちの間で観賞用として“DOLL”は人気なのよ。

そして数も少ない。

これを融通すれば社交で貸しが作れるわ」


私は社交に出ることは無い。

いない子として扱われているからだ。

仲間として見せるのもはばかられる子なのだ。


だから、知られてまずいことも気軽に話せる。

この家で私の言う事を信じる者はだれもいないし、外の知り合いは居ない。

一人だけ幼いころに婚約をしたという婚約者いるけれど、手紙のやり取りしかない。

それも途切れがちでほとんどやり取りは無い。


「あの田舎貴族に精霊のことも人形のことも書いて送ったら承知しないからね」


母は最後にそう言った。

私が断るという選択肢は無い。


やるまで酷く折檻されるか食事抜きになるだけだから。

それは過去の色々から分かっていた。

私はうなずいた。


それから小さな声で「“DOLL”を作るための材料が必要です」と言った。

母は私をにらみつけてから「仕方がないわね」と言った。


それから監視されるように、石粉粘土と木工用の木、おがくず、ガラスの材料、それからDOLLに着せるための服の材料等を買った。


私は次々にDOLLを作った。

作っていることに没頭しているときには何もかも忘れられた。

そして、私にもできることがあると思い込むことができた。


精霊たちが教えてくれて、服を作ることも上手くなったと思う。


けれど、精霊の力を吹き込む作業が一番好きだった。

後に知ったことだけれど、精霊の力を借りて、ただの傀儡をDOLLにするためには色々な方法がある。


私が精霊たちから教えられた方法は人形の瞳に口づけをして息を吹き込む方法だ。

口づけなら口にするんじゃないの? と聞いたことはあるけれどそちらの方がいいらしい。


私もそっと口づけを落として、息を吹き込むようにしたときDOLLの反対の瞳から蝶のようなカゲロウの様な向こう側が透けて見える、現実には存在しない美しい生き物がふわりと飛び立つのだ。

そうすると人形は精霊の力を得て、“DOLL”になる。


人形を作ることも好きだけれど、私は何よりもこの瞬間が好きだった。


そうして動くようになったDOLLに服を作ると必ず母が取り上げてしまう。

材料費は渡されていた。

そしてもっと沢山作る様にせかされるのだ。


どうせ、私が誰にも告げ口等できないことが分かっているのか使用人たちが私を心底馬鹿にした目で私を見て言った。


「あんたに似ても似つかない綺麗なお人形は、あんたとは別人の作として貴族の間でブームになってるんだよ」


年かさの行った使用人はそう鼻で笑った。


「奥様は、ただ踊るだけではなくて、色々使えるDOLLをお望みなのに、お前は本当に役に立たないガキだね」


そう言ってせせら笑った。

DOLLは様々なことが人形師の技量でできるようになる。

そして、その力の大きさでDOLLとして動き続ける時間も違う。


私は言い返さなかった。

母親が私を愛してくれないことはもうちゃんと理解していた。

だからもらえるかもしれない愛というまやかしのために私の一番大切なDOLLを良くないことに利用させたりはしない。


人形を手放す間際、私にDOLLに命令をするように促す。

DOLLは人形師の命令を聞く。

精霊術の力が消えてただの人形に戻ってしまうまで、その命令に従う。


だから、踊ってとお願いしたDOLLはずっと踊り続けてしまう。

けれどそれは止まらないゼンマイ仕掛けの人形と変わらない。


母が求めたのは所有者のいう事を聞かせるDOLL。

命令の内容を上手くすればそれは可能だった。


けれど、酷いことに私が作ったDOLLが使われるのが嫌で、母に指定の動きを言われる前にDOLLにはいくつかのお願いを先にしていた。


DOLLは人形師の力量によってできることも違うし、そもそもDOLLの大きさも毎回違う。

私にわかっていることは、人間よりも大きなDOLLを作ることはできないという事だけだった。


だから、母に分からないようにいくつかの枷をDOLLにかけた。

それでもDOLLはとても珍しい。

できないことがあっても不思議には思われなかった。

私の力量がそういうものなのだと思われただけだった。


貴族のお屋敷で音楽に合わせて踊る位しかできなかったとしてもとても価値のあるものなのだと、洋服用の資材を買う時、商人が自慢げに教えてくれた。

私とDOLLが一生縁の無いものだと哀れむように。


けれど、それでよかった。

私のDOLLは本当であれば、ほんの少しなら話せる。

けれどこれは誰かの秘密を暴くために使われてしまう。

力を強くすることもできるけれど、これもDOLLを暴力の道具として使われてしまう。


それは一番嫌なことだった。


私の愛するお人形はただ美しく、人を幸せにするものであって欲しかった。

私がその幸せに何も関係ないのだとしても。

だから、商人が教えてくれた貴族の家にあるDOLLの様子は私をとても安心させるものだった。



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