私は来る日も来る日も、使用人の様に下働きとして働き、その合間にDOLLを作り続けた。
もっといい物を作れるようにと隠れて母に何度か同じ人形師に合わせてもらったことがあるけれど、精霊との相性と感性に近い物が大切にされていて技術的な話はあまり聞けなかった。
製造方法もDOLLの大きさでさえ、統一された何かというのは見られなかった。
ただ、精霊を知覚することができないとDOLLは作れないということだけは確かなようだ。
職人の様に何かを作るというより、絵画を描く様な感覚でDOLLを作っている者が多かった。
そしてその誰もが私より年上で、誰も精霊とは話せなかった。
私は私の作る人形が好きだ。
私と違い美しく、優雅なたたずまいをしていて、基本の表情は少しだけ笑顔を浮かべているものが多い。
それは私がこのこたちに幸せになって欲しいからだ。
このこ達がどんな人の家に行くのか選べない代わりに、精一杯幸せにしてもらいそうなものを作り続けた。
人々に大切にされるように、見た目が美しい様に、そんなことを考えながらDOLLを作った。
人形作りは上達していたと思う。
それに合わせて作る服も美しい人形に合わせられるように、刺繍も勉強し、レースも編んだ。
それでも、我が家での私の扱いはあまり変わらなかった。
役立たずだのお荷物だのと蔑まれる。
この家では魔法の才以外はとるに足らないものとしか扱われない。
魔法の力がどれだけあるかという事だけがとても重要なのだ。
役立たずなら放っておいて欲しいのに、その役立たずに母は、今まで以上のDOLLを作るように強いた。
何事かわめきたてた後、「筆頭侯爵夫人に言われたのだから仕方がないじゃない!!」と言っていた。
誰かに頼まれて安請け合いしてしまったことが分かった。
無能と蔑みながらもていよく利用するのも馬鹿みたいだと心の中でだけわめいた。
私を利用していい思いをしているだろうに、母親から感謝の言葉を言われた思い出は無い。
ただ、便利な道具の様に使われているだけだと分かっているのに、私はDOLLを作り続けてしまった。
それは、私のDOLLはどうやら誰かにとってはどうしても欲しい物なのだという事を知っていたから。
それは少しだけ私の心を慰めた。
家族じゃなくても誰かから必要とされているというのは救いだった。
それが私の名を知らず、ただ私の作品を欲しているだけだとしても、それでも確かに嬉しかった。
だからがむしゃらに働いた。
私はまもなく社交界で成人として扱われる年を迎える様になっていた。
けれど最近体がとても重い。
頭がガンガンと痛い時もある。
関節がきしむ時もあり、目の前が滲むようにぼやけて見えるときもあった。
喉が乾いている筈なのに、上手く水が飲みこめないこともあった。
それはこの家の誰かに話しても無駄なことだと知っているので重たい体を引きずるように仕事をした。
医者というものに診てもらったのはまだ魔法が使えるかもしれないという時が最後だった。
それ以降はどんなに熱が出ても、うつると困ると言われ、ただ誰にも会わない様にすることしかできなかった。
私の体調などこの家ではどうでもいい些末なことだった。
それでも、沢山の受注があったのなら、精霊術が必要な部分は仕方が無いにしてもそれ以外の部分は誰かに手伝ってもらえないかと言った。
人を増やせばその分安定して沢山のDOLLが作れる。
産業にもなるだろう。
けれど、それも駄目だった。
大切なはずのDOLLなのにそんな風に人に任せようとした自分にも幻滅した。
ふらふらと仕事をする中、今日も人形をDOLLに変える一番大切で一番好きな作業をした。
瞳に口づけをしたその瞬間のことだった。
ぐらり。
目が回る様な感覚がして視界が滲むようにぼやけた。
光の粒の様な精霊たちが私のところに飛んできて、しきりに心配の声をかけているのは聞こえる。
こんな風に精霊たちが慌てた様に飛び回るのを見るのは初めてだった。
家族が私に酷いことを言ったとき、後ろで『バーカ』と言ったりすることはあったけれど、そんなに急ぐ様にすることは、今まで一度も無かった。
それこそ風邪を引いて熱を出した時ですら、精霊たちはそこまで慌てはしなかった。
『ニコル大丈夫!?』
『顔色が!!』
『元気になって!!』
沢山の精霊の言葉が聞こえた。
まるで洪水の様に精霊達が心配して私に声をかけていた。
けれど私はそれにこたえる力が無く、しゃがみこんでしまいそのまま意識が離れていってしまう。
精霊達がその後何を言っていたのかは分からない。
その時作った人形がちゃんとDOLLになれたのかさえも、確認できなかった。
ちゃんと制約はかけたから酷い用途には使われないと思うけれど、それだけが心配だった。
けれど、どこかでこれで久しぶりにゆっくりと眠れるという安堵感の様なものが、不思議とあった。
そんなに私は休みたかったのか。
DOLL作りは大好きだ。
世の中の知っているものの中で一番好きなことだ。
それなのに私が安堵していることが何より嫌だった。
そう思いながら、意識はそこで途切れた。
倒れた床がとても冷たかった。