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8話 余命宣告

* * *




目を覚ますと、そこは使用人向けの寝室だった。


住み込みの使用人は屋敷の端に専用の寮がある。


掃除をしたことがあるので間違いは無い。




そうしてなにがあったのかを思い出した。


私はDOLLを作っている最中に倒れたことを。


何故、こんな場所に寝かされているかはまるで分からなかった。


今まで使用人の部屋を使わせてもらえたことも無かった。


使用人たちからも魔法の力が無いと蔑み仕える必要の無い人間だと思われている筈なので使用人の誰かが独断で私を助けてくれたとも考えにくかった。


どれだけこのうちで嫌われているかを自分が理解していて少し悲しい。




その上、服が着替えさせられていることに気が付いた。


同じ使用人用のお仕着せだけれど、前よりは少し綺麗な普通に使えるものだった。




先ほどより沢山の精霊が集まってきていて私に向かって色々話しかけている。


倒れた時には見なかった色の精霊もいて少し驚く。


意思疎通ができるとはいえ、精霊はとても自由な存在だ。


長い間全く同じ場所に留まることさえ少ないし、長期間のお願い等聞いてはくれない。


一瞬だけ冷たい風をだしてと風の精霊にお願いして、気が向けば本当に一瞬だけ風を吹かせてくれる。


そんな存在だ。


それなのに先ほどいた精霊達も、それに呼ばれたらしい精霊達も沢山の精霊が集まっている。




それに驚きながらも、それよりも今はとても喉が渇いていた。


水が飲みたいと思いなんとかベッドから起き上がると部屋を出ようとする。


そこにいた使用人に「きゃあ」と悲鳴をあげられる。


まるで私を見張っていたみたいな位置にその使用人はいた。




その使用人に「あんたは部屋にいるように奥様がお言いつけよ」と言われた。


水をお願いできる雰囲気ではなく仕方がなく部屋に戻る。


何がおきたのかまるで分からなかった。


少々の過労でこの家の人間がわざわざ見張りをつけて使用人の部屋に私を寝かせる筈が無い。




しばらくすると先ほどの使用人が呼んだのだろう。


初老の男性が部屋に入って来た。




この人は知っている。


魔導伯家お抱えの医師だ。




私に魔法の才能が開花しないのを何かの病気かもしれないと、幼いころ何度も診てもらっていた人だ。


今もお抱え医師として家門の魔法使いの病気やけがを診ている。


魔法にとても詳しいらしいけれど、この人自身が魔法使いなのかは知らない。


その人は備え付けの机に合わせておかれた椅子にどっかりと座った。


何故この人がここにいるのか。家の者が直接呼ぶように命令しなければこんなところには来ない人だ。


私に魔法の才能がほぼ無いと分かった時唯一無念そうな顔をした人だった。




それからその医師は私にベッドに腰掛ける様に言った。


私がベッドのふちに座ると、目に光をあてたり舌を見せたり。


鼓動の音を聞いたり。




いくつかの診察をまるで確認作業の様にした。


もうなんの病気か分かっているみたいだった。




「いいですか?


気を確かにして聞いてください」




魔導伯家お抱えとはいえ、彼は魔導伯家の人間ではなかった。


魔法使いなのかも知らない。




魔法の才能が無いとわかってからは具合が悪くても医者を呼んでもらえることは無かったけれど、私を魔法が使えないだけで人間ではないという扱いをする人ではなかった。




だから、逆にその優しいけれど深刻さを示す言葉が怖かった。


深刻でなければこの家の人間がわざわざ私に医者を呼ぶはずが無いこともわかっている。




こんな時にも家族はいないのだなとぼんやりと私は思った。


同じ家の血がつながった者でも家族ではないのだと言われているみたいだった。




「あなたは『精霊に魅入られた』と呼ばれる状態になっています」


「魅入られた?」




私は聞いたことの無い言葉に聞き返してしまう。


精霊術が使える人は少ない、精霊が見える人も少ない。そのためか、精霊と名の付く言葉もとても少ない。




魅入られたという言葉は聞いたことが無かった。


似た言葉すら誰かから聞いたことが無かった。




「精霊術師が稀に発症する病気です。


精霊にと言っていますが因果関係は今のところ不明です」




医師の後ろで『俺たちの所為のわけないだろー!!』と精霊たちが言っている。


精霊達が直接わざとやっていることでは無いのかもしれないと私は思った。




「精霊術師以外がなることは?」


「症例としては聞いたことがありません」


「そうですか……。


それで私の病気の症状は--」




一番の核心を私は聞いた。


過労で倒れた程度でこの家の人たちは私のために医者は呼ばない。


他の何かがあってこの人は呼ばれたのだ。




また、気を失って倒れるのだろうか。


あの頭痛は病気の所為だったのだろうか。


一体どんな病なのだろうか。




医師は一旦黙ってそれから、じいっと私の目をみた。


それから真剣な顔をして医師は言った。




「……生命力が奪われるのが主な症状です。


体力が落ちるという目に見える状況はありますが、一番の問題は精霊に魅入られ続けると命を落とすという事です」




命を落とす。




その言葉に私は愕然とする。


大人になったらこの家から逃げ出せるかもしれないと思っていた。


それまで我慢して、そうしたら何もかも捨てて逃げ出したいと思ったことが何度もあった。


一人で人形を作って静かに暮らしたいと思ったことが、それこそ何度も。




「それは、あとどのくらいで……」




声は悲痛な音を響かせていたけれど、気にする余裕は無かった。


一体あとどの位生きられるのか、それほど長い感じは言葉からしなかった。




「三年といったところだと思われます。


けれど、それは今後一切精霊術を使わなかった場合で、精霊術を使い続けた場合もっと寿命を削ってしまうでしょう」




私は医師の言ったことを上手く反芻できなかった。


はあはあと息をしながら今言われたことを考えた。


DOLLを作って精霊術を使えばもうすぐに死んでしまう。


そう言われたように思えた。


もうDOLLは作ることができない。




三年と言われたことよりもそちらの方がショックが大きかった。




医師は、体力温存のための薬湯をおいて部屋を出ていった。


その薬も気休めだという。




そして、彼のした説明は、命令されて直接医者を呼んだ家令から、家族にも伝わったらしく、父親に呼びだされることになった。




野垂れ死ねとでも言われるだろうか。


いなくなって安心されるだろうか。




嫌な想像ばかりしてしまう。




けれど、あと三年静かに暮らせるなら、出ていけと言われてもいいのかもしれない。


実際に対面した父親は私のことを全く心配するそぶりも無く、「婚約者との結婚を早める」とだけ言われる。


特に体の心配もされなかったし、前置きも父親としての言葉も何も無かった。




「どうしてでしょうか?」


「お前はそんなことも分からないのか。


本当にどうしようも無いな」




父親が私を汚らしいものを見るような目で見た。


理由は、私が死んでしまうと、別の優秀な魔法使いを私の婚約者の家門の誰かと結婚させねばならないため。


そんなもったいないことをするつもりは無いと父ははっきりと言った。




婚約者も同意している。と言われ妙に納得してしまった。


元々交流はほとんど無かった。


顔を合わせたのも数える位だった。


国に命令されたからと結婚自体を割り切っているのかもしれない。




最後にあったのは、彼の両親の葬儀だった。


涙をこらえる彼にハンカチを差し出した時でさえお互いに会話は無かった。




元々魔法について、文の交換でも聞かれることは無かった。


納得しているという事は、私が死んだあと後妻を娶るのだろう。


好いた相手がいるのだろうか。




そんなことすら知らなかった。


私には「分かりました」という答えしか用意されていなかった。




実際のことは、キリアン様は何も聞かされておらず騙されたも同然と知るのは、彼の領地に来てからのことだった。




父親の話があった後、母親が来ていらだったように「あの最後のDOLLだけでもちゃんと動くようになさい!!」




と叫んだ。


やっぱり私の体の心配は何も無かった。


そしてあの時のDOLLは何故だか分からないけれどきちんと動けていないようで、心配と安堵の気持ちがいっぺんに心をよぎった。


母に強引に連れていかれた工房のスペースにはDOLLが静かに座っていた。


その姿は無機物であって無機物ではない。




私の最後になるであろう作品はきちんと起動していたのだ。




私はほっとしてながら、作り途中のDOLLの部品を集めた。


もうDOLLにしてあげることはできないけれど、これは私の一番大切なものだ。




そして、結婚が決まってこの家を出る以上もう働く理由もない。


私が死んでしまったら、結婚するという役目は果たせない。




死ぬほど食事を抜かれることはもう心配しなくていい。




私は吐息の様な声でDOLLに「静かにお眠り」と囁くとそれを聞き入れた様にDOLLは瞬きを一度だけするとそれから全く動かなくなった。




私は母親に「今の私では、これ以上どうすることもできません」と言った。


母親は怒り狂って私につかみかかると、「どうしてくれるのよ!!」と叫んでいたけれど何もかもどうでもよくなってしまっていた。

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