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10話 DOLLの力

※キリアン視点


倒れた妻を見て驚く。

けれど、今自分がしなければならないことには順序がある。


伯爵家のお抱え医師はすでに屋敷に待機している。

それ以外の医師も複数、必要になった時のため屋敷につめている。


その中でお抱え医師を手配する。

契約、とはいえ伯爵夫人を診ることのできる人間でなくてはならない。

配下の者にそのことを指示する。


それから手渡されたDOLLを見た。


「お前は鉱山に行って何ができる?」


思わずぽつりと言うとDOLLがあたり前の様に返す。


「人の通れない隙間を通って様子を探ってまいりましょう。

小さなものであれば手紙でも食糧でも持っていきましょう。

飴玉一つでも人にとっては生きる勇気となりましょう」


そしてDOLLはこちらを見あげて言った。


「それに、我々は精霊の力を得ております。

簡単なものであれば精霊の力をかりられます」


精霊術は魔法よりも希少な力だ。

希少だからこそ理論的な体系が確立されてないと聞くが、そんなことは今の状況ではどうでもいい事だった。


中の様子を調べられるだけでも、今の状況を打開するには充分だった。


手紙に返信用のペンなどをDOLLに括りつけて中を探索させる。

奇跡的に生存者はおり、返事をもらえた。


DOLLは治癒の術で生存者の体力を回復し、残念なことに亡くなってしまった者たちを時間の術で保管し、そして内部の正確な地図を自分や家臣たちの前で書いて見せた。


そしてそれから地図のある地点を指してDOLLは言った。


「ここの通路を土の力で補強しましたら生存者の救出は可能と存じます」


皆は顔を見合わせた。


「そのような土の魔法を使える人間を派遣されるまで何日かかるか分かったものではない」


家臣の誰かがそう言った。


「土を補強できれば魔法で無くとも充分でしょうに。

わたくしめが、土の精霊の力を借りますゆえ、その隙に、木材などを使って補強くださいませ」


DOLLが話しているという時点で異常な状態だった。

それに呑まれて、このDOLLが言っていることが正しいのかを検証するという雰囲気は無かった。

DOLLが生存者からの手紙を持ってきたのも大きい。


「それであれば生きている者たちに、こちらの端に寄ってもらわねばならぬな」

「はい。それを伝えてまいります。

それから、飴玉等ございましたらお渡しいたします」


それからは迅速だった。

すべてはDOLLの言う通りで生存者の救出もできたし、鉱山の復旧に関しても地図を見て技師たちが必要な作業を進められる。


遺体もDOLLが精霊の術で腐敗を止めていてくれたため、綺麗な状態で葬儀ができる。


みな必死に動いて何とか危機を脱することができた。


その最中、仮初の妻のことを思い出すことは無かった。

ようやく落ち着いて、「そのDOLLは一体どうしたのです?」と家臣にきかれてようやく妻のことを思い出した。


彼女には礼を言わねばならない。

そう思っていたところ家臣達からは、「役立たずの奥方の使い道がようやくあったかもしれませんなあ」といわれ体が固まる。

魔法より精霊術の方がよほど希少だ。


今からでも契約婚の内容を変えなければならない。

それが領主としての務めだと理性がいう。

けれど、一度した約束をした手前それを覆すのもという気持ちもあった。


これからのことを話し合う長い会議が終わって自分の部屋に一旦戻ろうとした。


とにかく本人の希望を聞かねばならない。

そう考えたところで契約妻を任せた侍女長と医師がなんとも言えない顔で立って待っていた。


そこで初めて、そういえば妻も倒れていたのだという事をきちんと認識した。

DOLLはいまここにはいない。

有り余る仕事をこなしている。


いたら、じとり、と睨まれていたに違いない。


医師と侍女長と自分の部屋に向かい説明を待つ。


「今、妻はどうしている?」


侍女長は少し躊躇してから答えた。


「まだ意識が戻っておりません」


それには、いささか驚いてしまった。

彼女がDOLLを差し出してからすでに何日もの時が経過している。


自分のその反応を確認する医師と目が合う。


「若様には知らされていない用ではありますが……」


医師は少し言いよどんだ。


「妻について分かることがあれば教えて欲しい」


こんな時に限って妻を強調するのはおかしいと思いながら言う。

医師は目をつむって何かを逡巡するようにしたのち言った。


「奥方は『精霊に魅入られ』ております」

「つまり?」


きいたこともない精霊に魅入られるという言葉に結論を促す。


「……余命幾ばくも無いということですな」


医師は言った。

横にいた侍女長が「ひっ……」と声をあげた。

自分も驚きの声をあげそうになった。


「奥方はこちらに嫁がれてから精霊術、傀儡使いのお仕事は」

「していない……。……恐らく崩落事故が起こるまでは」


答えながら頭の中が上手く整理できない。


「ふむ」


何かを考え込む様に医師は頷いた。

本当に彼女がそういうことをしていないのかは分からない。

けれど少なくともこちらは命令していないし、そういうものを見たという使用人からの報告も無かった。


「恐らく奥方はご自分の状況をご存じだったと思います。

それから、まことに失礼な物言いかもしれませんが、奥様は何やら栄養状態がよくない」


侍女長が、ぐっと言葉に詰まるように何かを飲み込むのが見えた。


「それは『精霊に魅入られた』ための症状という事でしょうか?」

「いいえ。勿論、滋養があるものをお召し上がりいただく方が余命は長くなる傾向にあると言われています。

ただ、奥様の状態は滋養が多くないという様な状況ではなく……」


医師は懐から出したハンカチで顔から出る汗をふいた。

この医師は両親の時代からこの家に仕えてくれている医師だ。


その医師が言いにくそうにしている意味がようやく分かった。


「言いたいことは分かった。

その件はこちらで調査する。

それで、その精霊の病気は治癒する方法はあるのか?」

「いえ。原因自体がほぼ分かっていないも同然ですので……」


医師は言葉を濁した。


「それで余命は」

「あと三年持てばよろしい方かと……」


その言葉、三年という単語に、今まで彼女が何を言おうとして、彼女の実家が何を言わせまいとしたのかを察した。

彼女はこれを言おうとしていたのだ。


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