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11話 二度目の調査

※キリアン視点


最初にした調査とは違い、誰の言う事を信じるべきかという問題が発生してしまった。


再度魔導伯家を調査した方は順調だった。

魔導伯夫人以外は精霊術などどうでもいいらしく、隠ぺいはずさんだった。

何故最初の調査では分からなかったのかは恐らく結婚してしまえばどうでもいいと思われていたからと結論付けた。


けれど、彼女が嫁いでからのことについては難航した。


医師と侍女長にはきっちりと口止めしたはずが彼女が人形師であること、そして余命があることがジワリと家臣たちに漏れてたのも痛手だった。

彼女の栄養状態がどうとかという事よりも「寿命を削ったとしても、DOLLを作らせる方が伯爵家にとって利になるのでは!」と言い出す人間が何人も出た。

それだけDOLLが希少だという事だ。


けれど、それを聞いてDOLLを作らせようとはどうしても思えなかった。


誰が嫁いだ後の彼女を冷静にきちんと見ていただろう。

そのことを振り返ると一人思い当たりがあった。


妻の家庭教師ガヴァネスをしている子爵家から来ている女性のことを思い出した。

彼女は父親の代で没落していて伯爵家から子爵家に降格されている家で教養としては充分だった。

そういう家なので働きに出なければならないという状況も調べられていた。


けれど、彼女の報告は淡々としているものの順調だったし、妻に教えたことについて晩餐の際に聞くとその内容について、妻はよどみなく答え、勉強は楽しいと言っていた。


まず彼女から話を聞いてこの家で妻がどのように過ごしていたのか聞くようにした。

その内容によっては鉱山事故から領を救ってくれた人にとても酷いことをしていたことになる。


頭痛を感じながら家庭教師を呼んだ。

そして、これから話す無いようについて絶対に罰することは無いと強調した上で彼女から話を聞くことになった。


家臣や、従僕の類は全て部屋から追い出した。

自分が罰にしないと言っても、他の人間から広がって不利益になるかもしれない。


それは避けたかった。


地味な恰好で面会に応じた家庭教師は少し考えてから、これは私の主観ですが、と前置きをして話始めた。


まず、家庭教師が気になっていたのは伯爵夫人としての予算がきちんと彼女の手にわたっていないのではないかという事だった。

最初は、お金の使い方が分からないのではないかと思っていた。

なぜなら彼女は簡単な足し算と引き算しか、計算はできなかったからだ。


そこで家庭教師だった彼女は計算と、世の中の物の価値を教えた。

そういえばと家庭教師は「彼女、服のパターンなどを作る時に使う円の計算とかは得意でしたよ」と言った。


「不思議に思って、『お知り合いにブティックのマダムでも?』とお聞きしたんですが、そうではないと。けれど服を作るのは好きと言っておりました。

そのため、夫人としてのお買い物の際、共布に刺繍を施して娘や夫とお揃いを作るなどのために布だけの購入っもできるとお教えしました」


服作りは人形のものだろう。

彼女の実家の再調査の結果とも一致している。

それよりも――


「夫人の予算がわたっていない?」


三年の契約婚とはいえ、その間は夫人だ。

社交に連れていけるマナーを兼ね備えていないため、その部分に関しては妻として連れ歩くことはないし、その分の予算は渡せないが彼女も貴族である。

そのための予算は必要だ。


「レディに対してこういうことをいうのは恐縮ですが、あなたは彼女の夫なので。

彼女の部屋を見れば分かりますよ。

倹約という様な話ではない。

ドレッサーもアクセサリーケースもそれ以外も彼女の部屋は貴族のものではないように見えます」


後で確認しなければならないと思った。


「他で気になった点は?」

「恐らく身の回りの世話をされていない事。

洗濯をたまにわざとでしょうか? 失敗されている点。

それから恐らく普段は私の様な使用人と同じものを食べている点」

「待ってくれ、あなたは家庭教師であって客人だ。使用人ではない」


ふっ、と家庭教師は笑った。


「私は元伯爵家の令嬢でした。ここは辺境で物資の流れが悪いと言ってもどういうものが出ているのか位想像がつきます。

私に出ていたのは使用人の食事です。

食器もスプーンのみという日が何日もございました。

それに――」


驚く自分をみて哀れむ様に家庭教師は口角をあげた。

貴族の女性がよくやる仕草だ。


「食事中のマナーをお教えしないとならないのに、夫人にも私と同じものをお出しされていた様です。

それではマナーの説明も練習もできないですわ」


バターケースに入れたバターの取り方を説明しようにもそんなもの彼女の食卓には無いんですもの。

嘲りというよりは哀れみの目線を向けられて思わず視線をそらした。


「けれど、私との晩餐の時は、同じものを食べていた」


絞り出すように言った言葉も次に聞いた言葉でしぼんでしまう。


「何か細工をされていたと思いますよ。

話があわないんですよ。

それでも知識として食事のマナーの話だけでもと思っても。

例えば塩入れの位置は席次を見るためにも重要です。

けれど彼女は『あんな塩辛い料理にまだ塩をたすんですか?』と最初聞いてきました」


最初の一回だけでしたが……。


ぐう、と言葉に詰まると「敏い子ですよ。それが一般的なことではないと知るともうそのことは二度と口にしませんでしたから」と言った。


その話を聞くとまるでこの家の者たちに彼女は虐げられていたという事ではないか。

しかも自分はそれに気が付かなかったぼんくら。


「まずは彼女の部屋を確認する。

それから然るべき調査を行う。

彼女の体調が戻るまで時間があるが、ここにとどまって欲しい。

勿論待遇はすぐに見直す」


家庭教師は緩やかに礼を取った。


「それまでにもう何度か話を聞かせてもらうかもしれない」


あれだけ大げさにこれは対等な契約だと言っておいてこのザマだ。

どうしていいのか分からずふらふらと仮初の妻の部屋に向かった。


彼女の部屋の前には誰もいなかった。

これだけでもおかしいのに部屋に入っても彼女がベッドに横たわっている以外誰もいない。


ありえないことだった。

特に彼女は今倒れている。

彼女が人払いをした結果という事も無い。


彼女がこの家でそういう扱いを受けているという証拠を突きつけられている様だった。


それからふらふらと彼女のクローゼットへと向かう。

客間のため狭いが貴族の滞在を前提としておりそれなりの広さのスペースがある。


そこはがらんとしており、数着の普段着がかけられているだけだった。

どれも晩餐でいつも着ていたものだ。

いつも同じ服なのは当てつけなのだろうかと思ったことを思い出して後悔する。


いくら何でもと思ったけれど他は下着などを入れるための引き出しがあるだけで開けるのを躊躇した。


その時目に入ったのがドレッサーの様なスペースに置かれたアクセサリーケースだった。

それは貴族が使うアクセサリーケースというよりも単なる小物入れだった。


ここに綺麗な宝石が少しでも入っていれば、救われる。

そんな気持ちで蓋を開けるとそこに入っていたのは一通の封書だけだった。


そこに書かれた名前が自分宛てで驚く。

自分の名前が書かれていたからだろうか思わず手に取る。


罪悪感が無かったと言えば嘘になる。

けれどその手紙の内容を読んでしまって、読まなければよかったと思うことになった。


そこに書かれていたのは


『契約婚の旦那様へ


嘘をついていて申し訳ありません。

けれど、三年後あなたが自由になったこと自体は約束通りだったと存じます。

あの時した三年後のお願いですが、私の棺にベッドの下にあるトランクの中の人形を一緒に入れて欲しいです。


願いを叶えてくださることをお祈りしております。


ニコル』


家名はここのものも実家のものも書かれていなかった。

押された花押は嫁いでから作られたものだと報告を受けていた。

この家のものとなんの関連性のない花押が、彼女がどこにも属していないのだと突きつけられるようだった。


今まで自分は何をみて、何を信じ。

どうしたかったのか。

何もはっきりと言えなくなった。


こんな感情は両親を亡くして以降初めてだった。

ふと、両親を亡くしたときそっとハンカチを差し出した婚約者を思い出した。


そして自分がその時のお礼すら言っていないことにも気が付いてしまった。


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