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12話 二度目の余命宣告

* * *


ぱちんと目を覚ます。

とてもよく寝ていた気がする。

そしてとても楽しい夢を見ていた気がした。

けれど、その内容は思い出せない。


そっと起き上がると違和感があった。

まず着ている夜着が見知ったものと違っていた。


肌触りのいいこの布が上質な絹だと知っている。

DOLLに着せる衣装を作る時に触ったことがあるからだ。


私はこんなものを持っていないし、生まれて初めて着る。

何がおきたのかわからず、がばりと起き上がって状況を確認しようとした。


けれど、ベッドから飛び降り立ち上がろうとしたところでふらりと立ち眩みがした。


「奥様!?!?!?」


思わずしゃがみこんだところで、驚いた声が聞こえる。

そこにいたのは使用人のお仕着せを着た知らない人だった。


私専属の使用人はいなかったけれど、よく見るという人たちはいた。

けれど、私に駆け寄ったのは見たことも無い人だった。


そして、ああそうだ、自分はDOLLをキリアン様に託して倒れてしまったという事を思い出した。

だから彼女をつけてくださったのかと思い至った。


「すみません。私倒れてしまったようで、あれからどの位時間が経っていますか?」


私が聞くと、その女の人は私をゆっくりとベッドに戻らせながら「奥様は一週間程眠ったままでした」と涙ぐむ様に言った。


「一週間!!」


私は驚いて少し大きな声を出してしまった。

淑女はこういうことをしないと折角家庭教師の先生に教えていただいたのに。


けれどその使用人の女性は嫌な顔もせずにむしろ涙ぐんで「はい。一週間です。私はもう奥様が目を覚まさないんじゃないかって私心配で」と言った。

私はその様子に少し驚いてしまった。


前に倒れた時にはそこまでの時間倒れていた訳ではなかった。

それに一週間も倒れてたにしては体はさっぱりとしている。



「すぐに旦那様をお呼びいたしますね」


そんなわざわざキリアン様を呼ばなくてもと言おうとしてやめた。

DOLLがどうなっているのかがとても気になってしまった。


それは、私がなぜさっぱりしているのか、見たこともない夜着を着ているのかよりもずっと気になることだった。


ヘレンと名乗った使用人が外で待機していた使用人に声をかけていた。

そんなところで人が待機していると思わず驚く。


それからヘレンさんは私に向かって「水分は取れそうですか? お腹はすいていますか?」と聞いた。


喉は渇いていた。

そういえば最初に倒れた時は起きてすぐとても喉が渇いていた。

そういうものなのかもしれない。


その時は部屋に閉じ込められて水も飲めなかったのに、わざわざ聞いてもらえたことに驚いた。


「喉は渇いています。それにお腹も」



一週間寝ていたと言われたからだろうか言われてみるととてもお腹がすいている気がした。



ヘレンさんは「きちんとしたお食事は一週間ぶりになりますのでまずはミルクがゆかスープなどからご準備いたしますね」と言った。


それから「お着換えのご用意もいたします」と言って、やっぱり見たこともない別の夜着を持ってきた。

自分で着替えようとしたらヘレンさんが「お手伝いいたします」と言った。

それからヘレンさんは自分が私の専属侍女になったのだと説明した。


用意されていた水差しからお水をもらい飲む、それから着替えた。

さっぱりとしていると思ったけれど汗をかいていた様で、新しい服は更にさらっとしていて着心地が良かった。


着替えをして脱いだものをヘレンさんが片付けてくれたところで扉がノックされた。


食事だと思ったら違った。


「どうぞ」


という私の声で入ってきたのはキリアン様とその腕に乗っていたDOLLだった。

キリアン様はDOLLが乗りやすい様に腕を肘でまげてそこにドールは腰掛けるようにして座っていた。



「マイスター、お目覚めになったのですね!!」


キリアン様が何かを言う前にDOLLはそう言って跳ねた。

そのままベッドに座っている私の胸にダイブしてきたDOLLを受け止めて髪の毛を撫でる。



キリアン様にご挨拶をと思って立ち上がろうとしたところでそれを制される。


「此度は、我が領への献身まことに感謝いたします」


キリアン様はそう言った。


「何か、お役に立てましたでしょうか?」



私は一番不安だったことを聞いた。

DOLLは嬉しそうに胸をはり「勿論です。マイスター」と答え、キリアン様も「おかげで生存者を何人も救うことができた」と言った。

私は良かった、と胸をなでおろした。


「あなたは大きな貢献をした。

だからこそ話し合わねばならないことがある」



キリアン様の表情は苦渋に満ちていた。

私はDOLLの譲渡についての事だろうかと思った。


けれどキリアン様が言ったのは「あなたが倒れてしまったので、医師に診察をさせました」と言った。


それで彼がこれからせねばならない話し合いの内容がようやく私にも分かった。


「私の実家が隠したがっていたことをキリアン様もお知りになったのですね」



私が聞くと、キリアン様は頷いた。


「……余命があと三年弱と聞いたが本当か?」



キリアン様がたずねる。


「結婚の話が早まる前に魔導伯家の医師に聞いた余命は三年でした。

ですから、実際はもうもっと短いのかもしれませんが……」


このままDOLLを作り続ければ寿命はもっと縮まると医師には言われた。

いま胸に抱いているDOLLを作ったことでどの位寿命が縮まるのかはよくわからなかった。



多分三年より少し短い。


それ以上のことは私は知らなかった。


知っている事実を端的に伝えると、ヘレンさんは痛ましいものを見るような表情で、キリアン様はは何か苦いものでも飲みこもうとしている様な表情で私を見た。


だから、私は打ち明けられなかったことを怒られるのだと思っていた。

けれどキリアン様は、結婚についても、その時にした白い結婚の約束についても触れなかった。


ただ「遺された時間を使って領に貢献してくださったこと、伯爵として感謝します」と言っただけだった。


それから、私の周りの環境を今までと変えるとキリアン様は言った。

死にかけの病人だと気が付かれてしまったからと思い、恐縮して遠慮しようとすると「そういう事ではないから安心して欲しい」と返されてしまった。


ヘレンさんは「私の様な専属がつくことは伯爵夫人として当たり前のことですので、奥様」と畳みかけるように言われてしまい、おずおずと「それでは、よろしくお願いします」と答えた。


それからキリアン様は「あなたの献身に報いたいのだが、何か欲しいものは?」と聞かれた。

私は何も思い浮かばなかった。

こういったときに気の利いた、けれどあまり負担の無いものをぱっと言えるのもきっと貴族の資質なのに本当に何も思い浮かばずあいまいな笑みを浮かべてしまった。


キリアン様は逡巡の後、「何か思い浮かんだら伝えて欲しい」と私に言った。

それから「体力が回復するまでよく静養するように」といいのこして部屋を出て行った。


出ていく寸前でDOLLが「わたくし、もうしばらくあの方の元で働いてもよろしいかしら」と私に聞いた。

彼の手伝いがよほど楽しかったのだろうかと思った。


私はキリアン様に「よろしいでしょうか?」と聞いた。

扉の前で振り返ったキリアン様は随分と驚いた顔をしていた。


それから「--問題はない」と答えた。


私はDOLLに「危ないことはしないでね」と枷をかけると、DOLLは一礼をし、キリアン様の元に向かった。


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