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13話 人形師伯爵夫人の暮らし

* * *


出されたスープはキリアン様と一緒に食事をするときに使われるようなきれいなものに入れられていて驚いた。

スープは色々な野菜の入ったポタージュで、とても美味しかった。

甘くて優しい味がして添えられたソルトシェイカーは使わなかった。


その日以降出てくる食べ物はどれもとても美味しく感じられた。



私の生活には主に侍女が三人関わるようになっていた。

そして何人も以前なら見た筈の使用人達を見なくなった。


ヘレンさんに聞いたところ「配置換えがあったんですよ」と言われるだけだった。

見なくなった人の中には侍女長と呼ばれていた女性もいた。


本の修復については彼女しか関わっていないのでどうしたらいいのか分からなかった。

ヘレンさんにたずねると「まずは体力を回復させましょう」と言われた。


体力は少しずつ回復している様に思えた。

食事は少しずつ普通のものに戻っていっていて、今では前よりも豪華なものが出ている。


何かの間違いだろうと確認したけれどこれで大丈夫らしい。

途中で家庭教師の先生もお見舞いに来てくださった。


「元気そうで安心しました」


先生はそう言った。


先生はまだこの屋敷に滞在しており、私の体調が回復したらまたレッスンを再開してくれるそうだ。

それはとても嬉しかった。


意味のない勉強だとばれてしまったので、なくなってしまうかもしれないと思っていたのだ。

家庭教師の先生は私のために数冊本を貸してくださった。

教わった淑女の礼をしながらお礼を言うと、先生は嬉しそうに笑顔を浮かべてくださった。

渡された本は歴史をテーマにした本と、御伽噺だった。


それから体力回復のために庭を散歩するようになった。

精霊たちの言っていた通り、アネモネが咲いていた。

季節でもないのに不思議に思っていると「このあたりだけ冬の一時期以外、ほぼ一年中咲くんですよ。めずらしいですよね」と言われた。



私の周りを漂う精霊たちもその花をみて喜んでいる様で楽しそうな声をあげている。

「あなた達の力でこの花はずっと咲いているの?」


そっと小さな声で聞くと精霊たちは『ちょっとだけ違うよー』と答えた。


それからじっくりと庭園を眺める。

アネモネはとても美しかった。

私の花押がこの地と結びついている様で少しだけ嬉しかった。



体調は倒れる前より良くなったと言ってもいいと思う。

そうなったところで医師が来て診察してくださった。


私が倒れた時も診てくださったということだったけれど優しいお医者様だった。

栄養状態がいい方が余命をきちんと過ごせると思われること、また、余命を少しでも伸ばすために薬湯を作ってくださった。


「ちょっとばかし苦いけれど、これが体のバランスってやつを整えてくれるはずだから」


そう言って渡された薬湯は本当に苦い味がした。

明日以降は侍女が準備をしてくれるらしい。


医師からされた話は、実家で聞いたものと一緒だった。

けれど、このお医者様は私以外にも同じ病気の人を診たことがあるらしくいくつか質問をされた。

何故色々な質問をされたか分からないままだったけれど、このお医者様の今後のお仕事に役に立てばいいと思った。


医師の診察のあったその日の夕方、キリアン様と久しぶりに晩餐を共にした。

唯一の話題になりそうな家庭教師に習ったことは、今は勉強を中断しているので何も無かった。

DOLLを食事の場に連れてきてもいない。


キリアン様が話を切り出した。


「お礼の件、何か思い浮かんだか?」


私はすっかりそのことを忘れていた私は、ぽかんとしてしまった。

それから慌てて考えるけれど、今まで何も考えていなかったのだ。突然いい案が浮かぶはずもない。


私の様子を予想していたらしいキリアン様は「折角だから一緒に街に出てみないか?」と聞いた。


少し言っている意図が分からなかった。


「街で実際に色々見て回れば欲しいものが見つかるだろうと思ったんだ」


キリアン様はそう言った。

実は私は外で買い物をしたことが無かった。


DOLLの材料は全て実家に商人が来て監視の元、購入していた。


それにキリアン様は一緒にと言った。


「キリアン様はお忙しいのではないですか?」


私は鉱山の復旧状態はよく知らない。

それに、伯爵の仕事がどれだけ忙しいものなのかも実はよくわかっていない。


言ってから嫌味っぽく聞こえないかしらとおもったけれど、大丈夫だったようだ。


「来週の祝日であれば休みがとれそうなんだ。

どうだろう一緒に?」

「はい、よろしくお願いします」


はじめての買い物に私は少しドキドキしていた。



部屋に戻ってその話をするとヘレンさんは「デートの準備ですね! それは着飾らないと!」となぜか張り切っていた。


「デート?」


と私が聞くと、私がデートという言葉の意味がよくわかっていないのだと勘違いしたヘレンさんが「デートというのは恋人やご夫婦が二人でお出かけをすることですよ」と説明してくれた。


私の余命の話をするときにも一緒にいたヘレンさんはキリアン様からかなり信頼されている使用人なのだろう。

けれど、契約結婚なので“ご夫婦”と呼んでいいのかと聞くことは憚られた。


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