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14話 初めてのデート(1)

* * *


その日は朝早くヘレンさんに起こされた。

朝からお風呂に入って、髪の毛を丁寧にとかされた。


いつもよりいい匂いのするヘアオイルをつけて髪の毛をブラッシングされる。


「あの、丁寧すぎませんか?」


と私が聞くとヘレンさんは「そういうものです」と答えた。

そういうものらしい。


精霊が私に向かって【ニコルきれー】と言っているのが聞こえた。

少し照れてしまう。


洋服を着る前に、今日はよく歩く筈だからと足をマッサージしてもらった。

何を聞いても「そういうものです」と言われてしまうのでされるがままだ。

とても気持ちがよくて思わず目をつむってしまう。


それから薄く化粧をしてもらった。


着ていく服は街歩きという事で、足元はショートブーツ。

それに合わせて少し気軽なものにしましょうと言われクローゼットからワンピースを出された。

それも私が知らないものだったので、私が倒れた後に作ってもらったものなのかもしれない。


それが街歩きにいいとも悪いとも分からなかったけれど、ヘレンさんに勧められたのでそれにすることにした。


ウエストがプリンセスラインになっていてとても素敵なブルーグレーのワンピースだった。

私だって洋服のことは知っているのだ。

DOLLに着せる服を作っていたから。


けれど、場にふさわしいおめかしについては全く分かっていない。


着々と準備は進み、ヘレンさんが納得したところで丁度良くキリアン様が私の部屋をノックした。


「それでは、奥様行ってらっしゃいませ」


ヘレンさんが頭を下げ見送ってくれた。


キリアン様は私の姿を見ると「かわいらしいですね。一緒に出かけられて嬉しいです」と言った。

エスコートするときには相手のことを褒める。

そういう知識があった事を私は完全にその時は忘れていて、ドキンと胸が思わず高鳴った。

マナーについて完全に忘れてしまっていたのでキリアン様については何も褒められず、小さな声で「ありがとうございます」と言えただけだった。


けれど、キリアン様は「本当のことですから」と嬉しそうに笑っていた。


馬車に乗せてもらい二人で近くの街へ向かった。

観光地にもなっていると家庭教師から教わっている、石畳が綺麗な街らしい。


「王都の様に、貴族専用の店というのは残念ながら少ないが色々な店があるんだ」


キリアン様は領主なので何度もその街に行ったことがあるらしく軽く説明してくれた。


「あなたは何か欲しいものはある?」



キリアン様は聞いた。

何も浮かばないと思ったけれど、思い浮かぶものはいくつかあった。


「家庭教師の先生とヘレンさんに何かおみやげを買いたいです。

それにDOLLの服が急ごしらえ過ぎたので新しい服を作ってあげたいので……」


今私が欲しいと思ったのはそれらだ。

キリアン様は私をまじまじと見ると優しい笑みを浮かべた。


「自分のものは一つも無いんだね」


そう言われて、ああそうだと気が付いた。

少し先に死ぬからいらないという意味ではないと弁解しようとおもったけれど、少なくともキリアン様はそうは受け止めなかった様だったので釈明はしなかった。


「それなら、まずはお菓子屋や小物屋、それから手芸店に行きましょうか」


キリアン様に言われ頷く。


「護衛が少し離れたところにいますが気にしないで」


と馬車を降りるときに言われたけれど、初めての買い物のため、何をどう気にしたり気にしなかったりするのかがよく分からなかった。


それに伯爵家の私兵の方たちはあの鉱山の事故の時屋敷に詰めていた人の顔しか知らないのでそもそもどの人かもよく分からなかった。



街につくと、大きな広場が目に入った。

石畳に覆われていたそれが規則正しくとても美しい。

広場の中央には石で作られた大きな噴水があり、目印になり憩いの場になっている様だった。



初めて来た場所だけれど観光地になるというのが分かる気がした。



「いい街ですね」


私がキリアン様に言った。

この街も含めたこのあたりの広い土地を治めているのがキリアン様の家門だ。


街づくりについてはまだほとんど学んでおらず分からないことも多いけれど、少なくともここにいる人たちは穏やかで楽しそうだった。


キリアン様はまず小物屋に案内してくれた。

手芸用の資材も並んでおり、書かれた説明によると選んだボタンなどを使ってポーチを作ってくれるらしい。


勿論ボタンなどはそのまま売ってくれる。


私はきれいに並んでいるボタンやリボンを見て「わあ」と思わず声をあげた。

見たことの無い刺繍の入ったリボンや、チロリアンテープも太さが様々にある。

刺繍をするのに丁度いいハンカチにスカラップ模様が職人の手によって施された小さな布、それからガラス細工のついたペン。

瓶にきれいに入ったポプリは色とりどりで見ているだけで素敵だ。

サシェに入れなおしてDOLLに入れたら常にいい匂いのするDOLLになるだろうかと考えて、止める。


私にはもうDOLLは作れないのだ。


「何か気に入ったものはあった?」


隣に並んだキリアン様が言う。

狭い店内でのことだ、思ったよりも距離が近い。


私はドキマギしながら、透かし彫りの様な特殊な加工のされたしおりを家庭教師へのおみやげにすることにした。

これなら伯爵夫人に割り当てられた予算でも買える。


それから、ドールに似合いそうなリボンをいくつかと、飾りボタンを二種類選んだ。


ポプリは諦めようと思ったところでキリアン様に「これも買うんだろう?」と聞かれて困ってしまった。


「欲しいのなら、私が買おう」


キリアン様はそう言って店員に渡した。

「私のものなので、私が買います」


私はキリアン様に迷惑をかけたく無くてそう言った。

キリアン様は私の買おうとしている物を見て、ほんの少し小さなため息を吐こうとしてそれからやめた。


「大丈夫だよ」


キリアン様は言って、そのまま私の選んだすべてのものの会計をして伯爵邸に届ける様手配していた。


店を出てからすぐにキリアン様は「本当は楽しい気分を台無しにしてもと思って最後に話す予定だったんだけど、それじゃああなたが買い物すら楽しめそうないな」


キリアン様の言っていることがよく分からなかった。

けれど、彼が時間を取って欲しいというのなら、それに従わない理由が無かった。


私は「分かりました」と答えた。

けれど、初めて見る店に楽しくなっていたし、別に買い物が楽しめなくなっていたとはどうしても思えなかった。


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