※キリアン視点
* * *
「マイスターはどうでしたか?」
自分に話しかけたDOLLが、若干上から目線なのは多分気のせいではないだろう。
まるで、今日一日彼女と過ごして彼女への印象がかなり変わった、という事もお見通しなのだろう。
それについて一々彼女のDOLLに話す必要が無いと判断して「人形作りをすすめたよ」とだけ言った。
「それでマイスターの寿命を削ろうと?」
「なっ……そんな訳無いだろう!!」
DOLLがじっと俺の瞳を覗き込む様にこちらを見た。
「じゃあ、どうやって家来衆を納得させるのです」
強硬派、魔法使いではなかった嫁を王家に押し付けられたことを強く不服としている勢力は、彼女、ニコルを使いつぶせばいいと言っている。
それが正しい事だと自分にはどうしても思えなかった。
だから、という訳ではないが彼女の元々していた魔法書の修復についてと、精霊が見えるということがそもそもどういうことなのかについて調査を既に始めていた。
「それ以前に、今日一緒に過ごした程度では、鉱山での恩に報いることにさえならない」
彼女は何か特別なものを欲しがると思っていたが、蓋を開ければ買ったものは本当に大したことが無い物ばかりだった。
よく、世界が終わる時に何が食べたいみたいな思考実験があるけれど何となくそうなっても彼女は何も望まないのではないかと思った。
彼女の遺書としての手紙を見た瞬間に襲ってきた罪悪感はあらゆる部分で形になってぶり返す。
彼女に待遇の件について詫びはしたが、彼女の遺書を勝手に見てしまった件についてはいまだ話せていない。
彼女が何もかも諦めてしまっていることを知っていて何もできないことに歯がゆさを感じる。
二人で出かけた日から数日経った。
ニコルは家庭教師のレッスンを再開していると聞いた。
ようやく見つけた魔法使いは年老いた男で魔法使いとしての力としては弱い方だと聞いた。
そういう人間しか急な仕事に応えることはできない。
それを知っているからこそ伴侶に魔法使いを望んだ。それ以外の方法で領に役に立つ魔法使いを呼ぶことはできないから。
それでも家庭教師が没落する前の伝手を使って一人呼び寄せることができた。
その魔法使いはニコルの作った魔法書を一目見て感嘆の声をあげた。
そして「これをお譲りいただくことはできませんか!!」と言った。
「これはそんなにすごいものなのか?」
本当に希少な魔法が書かれた魔法書の類は鍵をした場所に別途しまってある。
この本は一般にある程度流通している筈の本を修復しただけのものの筈だ。
「はい! これを王都で売れば、庶民なら半年は暮らせる……いえ、あの」
浮かれた調子で魔法使いは言った。
価格交渉で不利になることを言ったと最後はもごもごとしていたがそこは大した問題ではない。
「ここにある魔法がそれほど珍しいものだということか?」
「いえ、そうではありません。
どれも魔法としてはありふれたものです。
ただ、魔法陣の精巧さが一般に流通しているものとは段違いなのです」
さぞかし、高名な魔法使様が写本したものなのでしょう。
そう言われて、驚いた。
元の本がいいのかと、一部を修復したものではなく、大幅に写本をしたものと原本を見せる。
けれど魔法使いから帰ってきた返事は「やはりお見事な出来栄えです」だった。
「この魔法書を書き写したのは、魔法使いではないのだ」
自分の言葉に魔法使いは驚くと思っていた。
けれど、魔法使いは、ああ、とよくあるといった顔で答えた。
「伯爵様がおっしゃっているのは、魔法を発動できる者としての魔法使いですね。
私めがお伝えしたいのは魔法の力を有している者、発動できない者もふくまれます」
その言葉にこちらがショックを受ける。
「……なぜ、魔法の力を有していると」
逆に不思議な顔をされる。
「ただ、写せたか確認するだけなら態々魔法使いをお呼びになる必要はありません。
魔法使いでなければ、分からないと思ったからお呼びになったのでは?」
「それでは、これは、魔法使いとそれ以外で見え方が違っているということだろうか?」
「勿論です。だからこそ価値がある」
もう一度ニコルが修復した魔法書に目を通す。
「魔法の力があるのにそれに気が付いていないケースで、思い当たることは?」
口止めのための金貨を一枚差し出しながら聞く。
「それは、学校に通ってない様なスラムの出身者とかですかねえ。
基本的に学校で魔法適性の検査をするので、それからもれるってことは……いや……」
言いよどんだ後、魔法使いは冗談めかして言った。
「お貴族様は学校へ行かず、家庭教師っていう話だから魔導伯家とかであれば、あそこは実力主義ですので魔法使い扱いされませんね、ってあはははは」
魔法使いは冗談として言ったのだろう。
けれど、それは自分に取っては冗談ではなく、貴族としての笑みの仮面を厚めにかぶる。
心を悟られない様に、注意をしながら「そういえば……」と思い出した様に聞く。
「魔法と同じようなものに精霊術というのもあるが、それに詳しいものを紹介できるか?」
魔法使いはもごもごと「魔法と、精霊術は似て非なるもので」と小声かつ早口で言った後、チラリと確認させた魔法書を見た。
一冊あれば庶民が半年は暮らせる。
既に修復した本の中で値打ちの高いものが分からない。
けれど、どうしても精霊術について知る必要があった。
それが自分の責任だと思った。
元々の本としての値打ちはわかっている。
魔法使いだった父母が整理をしてかつ外の書庫でいいと決めたものだ。
目録にきちんと当時の価値が書かれていた。
魔法の世界で何かがあったとして。それを魔法使いではない自分が知る方法は無い。
ただ一つを除いて。
積み上げた本の中で一番上の本を手に掲げ「これを渡してもいいと思うか?」と声を出した。
魔法使いは驚いた顔をして、それから何か納得した顔で「さすがお貴族、いやいや伯爵様、間者を仕込んでおられますか」と言った。
実際に伯爵家に魔法に精通したそんな者はいない。
聞いたのは窓辺に座らせていたDOLLにだった。
精霊術のことも魔法のことも、そしてニコルのこともかなり知っていそうなのに二言目には「それは私にはお答えできません」と言われてしまうDOLLはいま人形のふりをして窓辺に座っている。
全く動かないと自分ですら人形に見える。
ニコルの作ったものがもし傑作であれば、さすがに声を出すと思った。
けれど部屋には変化は無い。
実際、半年か一年かそれは調べさせるしかないけれど、DOLLが主人の作品として止めるほどのことではない。それだけわかれば充分だった。
「それでは今回のご依頼料にこちらをということではいかがでしょうか」
魔法使いが息を飲んだ。
そして「紙を……」というので紙とペンを渡した。
さらさらといくつかの住所と名前、それから工房らしき店の名前を魔法使いが書き記した。
「私めに知っているのはこの程度の情報です」
魔法使いが言うと、貴族の笑みを浮かべ本を渡した。
そして魔法使いが帰ったのを確認してDOLLに言った。
「ニコルは魔法使いなのを知っていたか?」
「ハイ。勿論です」
ドールはこちらを馬鹿にするように笑った。
「何故言わなかった」
「お聞きになられませんでしたので」
「ニコル自身はそれを知らない。そういうことか?」
「はい。マイスターはご自身のお力に何一つ気が付かれていないと思います」
そう言われて納得した。
本当はそこで納得してはいけなかった。
彼女の持つ能力のすべてが何なのか聞くべきだったのに、それをしなかったのだ。