キリアン様との初めてのデートの後、ヘレンさんにクッキーを渡すととても喜んでくれた。
「デートは楽しかったですか?」
と聞かれたので「キリアン様のご両親がよく行っていたレストランに連れて行ってもらったんです」と言ったら優し気に目を細めヘレンさんは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「それはよろしかったですね、奥様」
そう言われて、気恥ずかしくなってしまった。
それから家庭教師の先生とのレッスンも再開され、しおりも渡した。
そして正式な夫人としての贈り物や手紙のマナーもより深く教えてもらった。
* * *
初めてのデート以来、キリアン様は時々私をお茶に誘う様になった。
必ず何種類かのお菓子をだして「この中で気に入ったものはあるか?」と聞いてきた。
デートの時に言ったことを気にしているのだろうという事はすぐに分かった。
私の好きな物を探そうとしてくれていることが分かって嬉しかった。
お菓子はどれも甘くて幸せな味がするけれど、特にチョコレートの入ったものが好きかもしれないと思った。
DOLL程ではないけれど好きと思えるものが少しずつできていくのは嬉しかった。
それから、もう一つ分かった事。
「このキャロットケーキのにんじんは騎士団のエドワードの実家で作っているんだ」
毎回そんな話が当たり前の様に付け加えられる。
納入業者という訳ではなく、領主様にと届けにくるそうだ。
最初は自分の功績の話だとおもったけれど、これは、という中にあの鉱山にいた人の親戚の親戚が奥様にと言っていた、というものも沢山含まれていて、私の方がどういう反応をしていいか分からずとても照れてしまった。
けれどそれはおまけの様なもので、とにかくキリアン様が慕われているという事に気が付いた。
屋敷の使用人たちからも、伯爵家の私兵である騎士たちからも、そして街の人たちからも。
キリアン様はとても領民に慕われていて、キリアン様も両親から受け継いだこの場所をとても大切にしているのだということが分かった。
彼には守らないといけないものが沢山ある。
だから魔法使いの力が必要なのだとおぼろげに分かった。
私に魔法使いの力があればよかったのにと思った。
そうやってお茶を二人で飲む中でキリアン様から頼まれたのは、引き続き魔法書の修復をして欲しいことと、できればその写本を作って欲しいという事だった。
私にできそうなことでよかった。
「勿論です。やらせてください」
と返事をした。
キリアン様は何か追加で言いたいことがあったみたいだけれど、結局言葉にはしなかった。
魔法書の修復、それから写本。
家庭教師の先生とのレッスン。
薬湯をちゃんと飲むこと。
キリアン様のお茶のお相手。
それが私の毎日になった。
人形作りは上手く一歩が踏み出せずまずはこの屋敷にいるDOLLの着替えを作ることにした。
何故新しい人形を作り始められないのかはよく分からなかった。
人形については誰も相談できる人がいなかった。
よく考えなくても私には友達というものがいない。
困った時ちょっと話を聞いてもらう人がいないのだ。
けれど、友達探しは考えていない。
本当に友達になってしまったらちょっと先の未来必ず別れが待っているのだ。
そう考えると怖い。
よくなった生活も、穏やかな生活も優しいヘレンさんも、私のために時間を取ってくれるキリアンさんも。終わってしまうのが少し怖くなっている。
けれどそれについては何も考えないことにした。
考えても何もならないから。
それでも家庭教師の先生から知識をつけてもらっているうちに見えてくるものもある。
もしかしたらやれることが増えるかもしれない。
精霊たちは【二コル最近たのしそー】【たのしーことはいいことだ】と喜んでくれている。
精霊についても分かったことがある。
お茶会で少しお菓子をあげてみたら精霊がお菓子をかじったのだ!
【おいしー】
【甘いのすきー】
精霊たちもお菓子が大好きみたいだった。
キリアン様に伝えると、マジメな顔で「そうか……」と言っていた。
日記は書き始めてはいない。
あの赤い万年筆は宝物になって毎日寝る前に眺めているだけで幸せな気持ちになれる気がしたからだ。
もったいなくて仕えそうにない。
そうやって何日か過ごした後、キリアン様が晩餐の場で私に言った。
「今度伯爵家としてパーティを開くから参加するための準備をしておくよう。
ヘレンにも準備を手伝うように伝えたから指示にしたがって」
鉱山のある程度の復旧をお祝いしてパーティを開くことになったそうだ。
本来そういったパーティ等は家政の一部なので夫人の仕事だ。
私がやるべき仕事なのに、私は何をしたらいいのかまだすべては勉強し終わっていない。
無理だ。
「夫人の仕事なのにお手を煩わせてすみません」
私が言うと「むしろあなたの功績を祝う会なんだからニコルは参加するだけでいいんだよ」と言われた。
「無事鉱山が再開されるお祝いなのでは無いの?」
思わず聞くと、「勿論それもあるけどね」とキリアン様は言った。