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20話 パーティの準備

私には家政がよく分からない。

少しずつ、テーブルクロスに意味があることも、飾る花にいみがあることも覚えてきた。

けれど全部ではないし、それ以外に貴族や豪商の個人個人についても覚えなければいけない。

伯爵家以上になると、すべてを一人で仕切るのは不可能なので侍女をつけて夫人は司令塔の役割やコンセプト決めをするらしい。


実家のことを思い出そうとしても、恥ずかしい無能として実家で行われるガーデンパーティなどに出席したことは一度も無かった。


キリアン様は招待されると思って気楽にと言われた。


けれど、不安だった私は家庭教師の先生に立ち振る舞いや会話について教わった。

お辞儀も挨拶も及第点をもらえてほっとした。


本当はこういう頼れる人を侍女として自分の配下に置くのだろうと思った。

けれど私は三年だけのお飾り妻のため、そういうものは必要ない。


三年後放り出されても家庭教師の先生も迷惑だろう。



立ち振る舞いができるようになって一安心していると、ヘレンさんが「そんなことよりも衣装や髪の手入れをいたしましょう」と言った。


私が倒れている間に数枚ドレスが増えていた。

それを着ればいいのでは? と素直にヘレンさんに聞く。


「何を言っているのですか奥様!! あれは来客があった時用の予備です。奥様が立役者になった鉱山復興のパーティにドレスを仕立てないなんて貴族としてありえません!」


そういう返事が帰って来てしまい。

すぐにドレスの仕立て屋が呼ばれた。


ドレスに合わせたアクセサリーはパリュールをキリアン様から贈られることになっているらしい。

復興にお金を使った方がいいのでは?と正直に言ってしまったら、代々受け継がれている装飾品があるらしい。

伯爵家夫人の持ち物であって、個人の持ち物にならないので一瞬貸してもらうのと同じことみたいで少しほっとした。


仕立て屋さんはてきぱきと私の体のサイズをメジャーで図って何やらメモを取っている。


「お腹周りは少し余裕を持って断裁する予定ですがよろしいですか?」


と言われ、疑問がわく。

人形用の服飾を作る際にお腹周りにあえて余裕を持たせる必要は無いと思ってそういうことはしていない。


何か必要だったのに私が上手く今まで作れていなかったのかと少し心配になる。

DOLLが差し出された先で困っていないかが気になった。


「何故、余裕が必要なのですか?」


ぎょっとされるかと思ったけれど、仕立て屋のマダム・シェリーと名乗った女性は当たり前のこととして答えた。


「ご令嬢向けのドレスはお腹周りのみ余裕を取ることはございません。

ご夫人のドレスはご懐妊の際に調整が効きやすいので基本的にお勧めをしております」



なるほど。

そういう事であれば人形のドレス作りには関係ない。

そして私にも関係の無いことに思えた。


無駄な布を使っても仕方がないと思って断ろうとしたところでヘレンさんに「伯爵夫人のドレスというものはそういうものです」と言われて、断ることを諦める。


体のサイズを測られてから、いくつかデザイン画とサンプルのドレスをお持ちいたしました。

と室内にドレスが運び込まれる。


手に取って見たドレスは、どれも流れるような曲線が美しいドレスだった。

この人はきっと体の美しさを引き立てる流れる様なドレスが好きな人なのだろうと思った。


ただ、自分にあまりにも似合わないものは人形用のドレスを作っているので分かってしまう。


食事がかわって、少し肉付きがよくなってきたのが自分で分かるものの、無理な物は無理と大胆なマーメイドドレス等は候補から外す様に自分の左側にまとめた。


残ったのはバッスルスタイルのいくつかのドレスでマダムは「そのようなドレスがお好みですか、でしたら--」とさらさらと白紙に何枚かデザインをすぐに描き起こしてくれた。


魔法の様な早業に感動してドレスの描かれた紙を見つめていると、ヘレンさんが「トレーンをお付けになった方が華やかではないですか?」と言った。


どの程度華やかなものを求められているのかが私には分からなかった。

ネックレスを贈られるという事でデコルテはある程度あいているデザインになるだろう。


「華やかさ、必要ですか?」


私が聞くとマダムとヘレンさんは声を合わせて「必要です!」と答えた。


「王都の夜会とは違いますので、誰かの顔色をうかがう必要はありません。

パーティで一番の華となるのは奥様です」


王都のパーティは伯爵よりももっと上の爵位の家の人たちそれから王家の方たちがいる。

その方をたてる装いが求められるが今回は伯爵家で行うパーティだ。


一番華やかに飾り立てるべき立場なのが私らしい。


「--でしたら」


人形のドレスを作っている時、勿論人間のドレスを参考にしていた。

だから、ドレスについては自分が着たことは無いけれど少しだけ知っていた。


人生で一度きり、パーティに出れる機会をもらったのだから見て見たかったものがある。


「造花をあしらったドレスというのがあるとお聞きしております」

「はい。当店でも布花を使用したドレスをお作りすることができます」


マダムはにっこりと笑った。


「なら、それをお願いしたいです。

デザインはお任せいたします」

「ありがとうございます。

そうしましたら、奥様に似合う色を確認させてくださいませ」


マダムはそう言うと、従業員の女性たちが布を何枚も何枚も入れ替わり立ち代わり私の肌に合わせ、マダムは何かをメモしていた。


「奥様が最も美しくお見えになるドレスをご提供させていただきます」


そう言うとマダムは「是非、これからもごひいきにしてくださいませ」と言って店の名前と魔力香のついたカードを置いていった。

このカードと手紙を封筒に入れると自動でマダムの元に届くという魔法の技術を使った珍しい道具だ。


決して安くないそれを置いていくという事に、伯爵家の重みを感じた。


けれど、それよりも美しい布の花を使ったドレスを見れるという事に心を踊らせていた。

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