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21話 パーティの準備

ダンスは踊れない。

というか、踊った事すら無い。


ワルツの音楽は知っている。

魔導伯家でパーティーを開催したときに流れていたのを聞いたことがある。

フォックストロットと言われて一瞬なんのことを言っているのか分からなかったけれど、ヘレンさんがピアノが弾けたので簡単そうに旋律だけなぞってくれた。

聞いたことのある少しスローなテンポの曲だった。


私は伯爵家夫人として、一曲はキリアン様と踊って見せないとマナー的にまずいらしい。

けれど、ここは王都ではないのでそこまで洗練されたものである必要も無い。


いくつか基本のステップを覚えて踊れればそれで許されるそうだ。


ヘレンさんが何故ピアノが弾けるのか聞いたところ、キリアン様の乳母で少しだけ彼の教育にも携わっていたと聞いた。


そんな方が何故私の世話を? と思ったけれど「旦那様が奥様を大切に思っている証です」と言われただけだった。

大切に思ってるなんて、そんなことありえないのに。


だって私は単なる契約上の妻なのだから。

けれど、この場で言い返せる内容は何も無く、ヘレンさんは私が照れたのだと判断したみたいで優し気な笑みを私に向けた。


それからパーティまで毎日ひたすらダンスの練習をした。

男性パートは家庭教師の先生が踊ることができたのでお願いした。


この人は何でもできて、そして一人で生きていけてすごいと思った。

伯爵夫人としての私の方がよほど甘い考えと生活を送っているのでいい生活なのだろうけれど、先生の今選んでいる生き方はあこがれる。


二人で手を取り合ってダンスのステップを踏む。


「本当はこうやって、踊りながら秘密の会話をしたりするんですよ」

「そうなん、で、……ひゃっ」


舌を噛みそうなる。

家庭教師の先生は「もう少し上手になったら殿方と踊る時会話も楽しんでみてください」と言った。

それから、上手に私とのダンスをリードしてくれた。

多分先生のリードが上手いから踊れている気がする。

そして、本番がとても心配になった。


「なら伯爵様に頼んでみますね」

「そんな、先生っ、それはキリアン様にご迷惑になりませんか!!」


「今まで合わせたことが無ければ、例え奥様がダンスができる方でもリハーサルは行って悪いという事は無いですよ」


家庭教師の先生はそう言って笑った。


「奥様は何もかも遠慮が多すぎます。

人としては美徳ですが伯爵夫人としては必要な場合とそうでない場合があることを覚えましょう」

「……ハイ、先生」


三年と決まっているとはいえ、キリアン様に迷惑はかけたく無かった。


「それでは、まず私のことは名前で、ジェシカとお呼びください奥様」


家庭教師の先生はそう言ってにっこりと笑った。


* * *


キリアン様はパーティの準備や執務でお忙しい筈なのに私のダンスの練習に来てくださった。

そして「パートナーの身長などによって、差はあるからね」と言った。


ジェシカ先生は私よりは背が高いがキリアン様よりも大分小さい。


キリアン様が私に向けて手を差し出した。

そこに私の手を乗せる。


先生よりずっと大きな手だった。

お互いに手袋をしていてよかった。


緊張して少し汗をかいているきがした。


そして、ピアノの演奏が始まったのでステップを踏む。

私はキリアン様の足を踏まないよう、下ばかり見ていた。


「私の足は、君がふんだくらいじゃどうにもならないから。大丈夫」


こちらを見てと言われてキリアン様の顔を見る。

目があうとニコリと微笑まれる。


ドキリと胸が高鳴った気がした。


キリアン様が私よりずっと背が高くて、体もたくましいことに気が付く。

私が思わずよろけてしまったときも、しっかりと支えてくれて、何事も無かったかのようにそのまま踊り続けてくれた。



曲が終わる。

なんだか少し名残惜しい様な気持ちになる。


「本番も楽しみにしているよ」


キリアン様はそう言った。

社交辞令なのだと思った。

けれど、それでも私は嬉しかった。


パーティは不安も大きいけれど、ドレスにダンス、その二つで少しだけ楽しみに思えた。


だけど張り切りすぎて、少し足が痛くなってしまい、ヘレンさんとジェシカ先生に「自分を労わってください」と怒られてしまった。


それからパーティに臨む貴族女性の嗜みとして、パーティーまでの数日、いつもよりも髪の毛を念入りに整え、体をもみほぐされ、それから入念に色々と手入れをされた。

爪も香油をたらしてつやつやとしていた。


ヘレンさん以外にも使用人の人が何人も、暖かいタオルで私の髪の毛を包んだり、首元をもみこんだり、血行に良いという薬草を顔に塗ったりと忙しく働いてくれた。


そして、それは伯爵夫人として当たり前の待遇なのだと、ヘレンさんは言った。


「先代の大奥様はこのヘアオイルが大変お気に入りだったんですよ」


そう言いながら、ヘレンさんは私の頭皮をマッサージして髪の毛をブラッシングしてくれた。

そのオイルは少し甘い花の匂いがしてそして髪の毛がつやつやになった。


私もこの少し甘い花の香りは好きだと思った。

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