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壬生の狼【弐】




芹沢達に強制的に連れて来られたのは、一軒の茶屋だった。簡易な食事が出来る其処に、東雲を取り囲むように、芹沢と平間、そして伊助が腰を下ろし茶を啜っている。


手渡された湯呑みと芹沢達を交互に見つめ、東雲は息を吐いた。



「……少しは、離れてくれないかな」


「したら、お主は直ぐに逃げるだろう」


「ここまできたら、逃げやしないよ。腹一杯食って行くさ」



おねえさーん、と声を上げ注文する伊助を横目に東雲は湯呑みを口に運ぶ。喉を潤す緑茶で落ち着きを取り戻すと、芹沢へ問い掛けた。



「で? 本題は何? あの死体の事?」



臆する事無く、サラリと口にした東雲に平間は驚きに表情を強張らせる。対する芹沢は平然としていた。手に持つ扇子を太股に当て笑みを溢す。



「やはり、お主の仕業だったか。誰に頼まれた?」


「言うと思う?」


「思わん。まあ、良い。大体予想はついておる」


「なら、一々聞かないでよ」



面倒だと、言わんばかりに溜息を吐く東雲に、芹沢は笑い声をあげた。芹沢と東雲。そう長い付き合いではない。単なる酒飲み仲間から、ずるずると今のような間柄となった。


腐れ縁、とでも言うのだろうか。


近隣の席に運ばれてくる和菓子を、横目に残った茶を一気飲み干した。



「で、本題だがな」


「ん?」


「近々儂も、行動を起こすやもしれん」



芹沢の言葉に東雲は目を細め、湯呑みを椅子に置く。口の中に残る茶の味が妙に苦く感じた。



「何だ、アンタも生き急ぐのか」


「命の使い道が定まったまでよ」


「ふぅん……」



多くを語らずとも、東雲には理解出来た。芹沢の目指すもの。そして、その先に何が待ち受けているのかさえも。


人は遅かれ早かれ、死ぬ。病に伏すか、天寿を全うするか、不幸に合い命を落とすか。それは様々だ。


芹沢は命を賭して守りたいものがあるという。

病に冒されながらも、歩みを止めない。


現在ではなく、先を見据えている芹沢に東雲は呆れたような視線を向ける。



「浪士組が、そんなに大事?」


「大事というより、どうやって生き延びていくか、気になる輩がいる。青臭い奴等が、どうやって鬼になるのか、な」


「ふうん……」



芹沢なりの褒め言葉に東雲は眉を顰める。


浪士組ーー壬生に集まった青年達は、思う市井の人々からすれば、厄介以外の何物でもなかった。毎夜、横行する要人暗殺や辻斬り。それで疲弊している民の恐怖を煽るように、浪士組は市中で狼藉を働いている。


つい先日も酒を飲み、置屋で暴れ回っていた。それは全て目の前にいる芹沢率いる数名の浪人達。


暗殺を執行する自分が言うのも何だが、彼等の評判はかなり悪い。これは浪士組の上役である会津候にも伝わっているだろう。


人々の間に浪士組を排除する方法がないか、持ち上がっているくらいなのだから。



「アンタが全ての負を背負ったとしても、そう簡単には印象は変わらないよ。浪士組は直ぐに落ちぶれる」


「いや、逆だな」


「何?」



芹沢は平間に空になった湯呑みを渡し、意味深な笑みを浮かべる。



「醜い土台を踏み締め、組は強固になる。奴等の絆や思いはそこらの武士より遥かに強い。そう簡単には崩れんよ」


「……随分と評価してるね。そいつらの事」



いつもより饒舌な芹沢に、東雲は深く息を吐く。


話を聞く限り、何かを企んでいるのは明白だ。酒を飲んで忘れるような話ではない。笑い飛ばして、逃げ出す事は出来なかった。



「東雲ぇー、団子食え! 団子!」



そう言って、東雲の前に数枚の皿が差し出される。中にはみたらし団子や餡が付いた団子が山積みされていた。


芹沢から視線を外し、東雲は皿を持つ伊助を見つめる。



「今さ、話をしてるんだけど?」


「辛気臭い話は後にして、先ずは腹ごしらえだよ。ほらほら、腹減ってんだよね?」



出来立て特有の香ばしい匂いに、東雲の腹がキュルルルと、鳴り出す。伊助は思い切り吹き出した。



「あっははは! 正直だねぇ、身体は正直! さあさ、先輩。たんと食べて食べて!」



伊助によって次々と机に置かれていく団子の皿は、明らかに一人が食べる量ではない。だが、東雲はこれでも足りないくらいなのだ。


促されるまま串を一本取ると、口に入れる。何度か咀嚼を繰り返し飲み込んだ。



「旨い。何本でもいけちゃうね」


「……お主の場合は、底無しだろうに」



くつくつと喉を鳴らし、芹沢は扇子を広げ扇ぎ出す。その表情は何処か楽しげだ。それに東雲は不満そうに表情を歪める。



「仕方ないんだ。僕らは、直ぐに腹が空くんだから。今日は特に、仕事明けだしね」


「成程な」



芹沢は軽く咳払いすると、空になった湯呑みを対面にいる平間に見せ茶を注がせる。それを速やかにこなすと、隣にいる伊助に声を掛けた。



「でも、同族である伊助さんは食が細いですよね?」



平間の疑問にああ、と頷きを返し伊助は追加の皿を机に置いた。



「ああ、それは血の濃さが原因だよ。東雲は混血じゃないしぃ。純血だから、かーなーり長生きだしね」


「……長生き? 野口君と同じくらいではないのですか?」


「ううん、芹沢センセより歳上」


「え」



平間の動きが、ピタリと止まる。


対面に居る芹沢と東雲を交互に見比べて、平間は再び身体を動かし出す。その動きは何処かぎこちない。



「じ、冗談は止めて下さいよ。芹沢先生より上だなんて有り得ないでしょう」


「冗談じゃないんだな、これが。確かぁ、三桁はいってんじゃないかーーッとぉっ!」



伊助の頬を掠める竹の串。避けても尚、飛んでくるそれに、伊助は慌てて頭を下げた。ゴン、と軽快な音が机に響き周囲が静まり返る。だが、それも一瞬の事で、直ぐに賑やかな声が店内を占めていった。



「ごめん、先輩ぃ……。喋り過ぎたね」


「……分かれば良いんだよ。誰にでも安易に情報を与えないで。僕らは日陰者。余り、接点を増やすべきではないから。ね?」


「りょうかい、ッス」



そう言うと東雲は最後の団子の串を咥え、そのまま中身を引き抜いた。その串を利き手に持ち、指差すように平間へ向ける。



「平間、だっけ。伊助が言った事は他言無用で宜しく。まぁ、早死したいなら暴露しても良いけど」



口調は穏やかだが、目は笑っていない。平間は身体をビクリと震わせると、肯定の意味も込めて首を何度も縦に振った。



「東雲、そう平間を苛めるな。奴は何も知らん。無知故の行為として、流してやれ」



静観していた芹沢はそう口にすると、自身の団子を東雲の前に置く。東雲はそれを断りもなく手に取ると、芹沢を見据えた。



「分かってるよ。彼に悪気はなかったし。何より悪いのはコイツだもんね」

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