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第50話

 体育祭まで約一週間となった今日このごろ。

 僕の通う栄成高校では、とある噂が同級生たちの間で広まっていた。


「おい、アイツが『じゃない方の白石くん』だぞ」


「ああ、あれが例の白石兎和? ただのモブじゃん」


「でも騎馬戦でアレを倒すと、神園さんから『特別なタオル』をもらえるってさ」


 昼休みになり、トイレに行こうと廊下をちょっと歩くだけで多くの視線を集めてしまう……来たる体育祭の騎馬戦において、僕を倒したら『神園美月より特別なタオルの贈呈がある』とみんな口々に噂しているのだ。


 まるでゲームに登場するレアモンスターにでもなったような気分だ。僕は特別なアイテムなんてドロップしないのに……まったく、高校に入ってからろくな認知のされ方をしていない。


 小用を済ませて教室に戻れば、一緒にお弁当を食べようとやってきた美月と遭遇する。渦中の一人でもある彼女は、顔を合わせた途端にうんざりした様子で口を開く。


「騎馬戦で兎和くんに勝つと私からタオルがもらえるって、なんでみんな本気で信じているんだろう……」


「あ、あはは、ホントなんでだろうね……?」


「……兎和くん。どうして他人事なのかしら? ちょっとそこに座って、誰のせいでこんなことになったのかを思いだして反省なさい」


「はい……」


 美月に言われた通り、隣(自分)の席に座りつつ現在へ至るまでの記憶を想起する。

 高校へ進学してから初めて迎える体育祭は、異様な盛り上がりを見せていた……その理由を、僕は改めて頭の中で振り返るのだった。


 ***


 中間テストが終わるや、急速に体育祭ムードが深まるスクールライフ。

 それに伴い、皆が気になる『色分け抽選会』が実施された。各学年の全クラスが色を冠した四つの『団』に配属され、体育祭で競い合うのだ。


 具体的には、『赤・青・黄・白』の四色。そして抽選の結果、僕の所属するD組は『A組・C組』と共に白団のハチマキを巻くことになった。


 並行して、開催当日までの詳細なスケジュールも公表されている。

 関連して配布されたプリントの内容をチェックしてみれば、ほぼ『練習日の割り当て』についての記載で埋まっていた。


 栄成高校の各学年には12クラスが存在する。そのため多目的グラウンド(校庭・人工芝)を利用した予行練習の機会は、どの競技も本番までに二回ほどしか確保できないらしい。


 そんなわけで、よく晴れたとある平日の放課後。

 騎馬戦の練習会が初めて実施される運びとなり、僕たちはジャージ着用のうえ多目的グラウンドに集合していた。次いで共闘する同志たちと、親交を深めるべく自己紹介を行うのだった。


「クラスメイトだから知っていると思うけど、改めて挨拶させてくれ。俺は須藤慎、バスケ部だ。そんで、こっちが騎手をやるサッカー部の白石兎和な」


「おう、よろしく頼む。俺は『山本健太郎(やまもと・けんたろう)』、柔道部だ」


「同じく柔道部の岩田大輔(いわた・だいすけ)だ。勝利を目指して頑張ろう」


 誰もがご存知のように、騎馬戦は四人一組で挑む競技である。そこで僕と慎のグループには、柔道部に所属するクラスメイト二人が騎馬として加わった。


 健太郎くんと大輔くんは揃ってガタイが良く、『筋トレ』が趣味と断言する剛の者たちだ。おまけにバスケ部の慎も高身長かつ筋肉質なものだから、同学年で最も見栄えのする騎馬が形成されることになった。


 そんなマッチョな彼らの上に、騎手として僕が跨る……実力ある名馬にズブの素人を乗せるような愚行だ。とうぜん人選の見直しを進言したけれど、慎が頑として譲らなかった。


「やっぱり、別の人に騎手をお願いした方がいいのでは……」


「今さら何いってんだ。むしろ俺たちにふさわしい騎手は兎和しかいないだろ」


 往生際悪く、最終確認の体で考え直すよう伝えてみる。しかし、またも即却下する慎であった。いったい彼の目には、友人とはいえただのモブでしかない僕の姿がどのように映っているのか不思議で仕方がない。


「でも……健太郎くんと大輔くんの意見は? 二人は僕が騎手でいいの?」


 救いを求めるような目で問いかけてみれば、僕はなぜか柔道部ペアに服をめくられ、上半身の筋肉をまさぐられた。それからサムズアップ付きで「ナイスマッスル」との返事を頂く。


 いまのボディチェックって必要だった……?

 少し離れた場所からこちらを眺めていた女子軍団の一部が、興奮気味に「キャーッ!」と謎の歓声をあげていた。


 それはさておき、時間も限られることだしさっそく実践練習に移る。慎を先頭に三人が組んだ騎馬に跨ってみれば、思った通り安定感がハンパない。


 そして同じ白団で騎馬戦に出る他グループと軽く競ってみたところ、マッチョな騎馬は想像以上の破壊力を発揮した。

 結果は、まさに鎧袖一触。対戦相手の中にしれっと混じっていたC組の玲音たちを含め、ほとんどの騎馬は正面から衝突しただけで脆くも崩れ落ちていったのである。 


 ここまでくると、騎馬というよりもはや戦車だ。いずれにせよ僕の力が勝敗に関与する割合はかなり低くなったので、だいぶ気持ちが楽になった。


 以降も練習がてら実戦を繰り返す。が、しばらくすると女子の一団が近づいてきたので、それを機に僕たちは休憩をとることにした。

 実にグッドタイミング。体は汗だくだし、ちょうど水を飲みたいと思っていたところだ。


「お疲れさま、兎和くん」


「……ん? あ、美月か。お疲れさま」


「やっぱり意外だわ。まさか兎和くんが騎馬戦に出場するなんて」


「前にも言ったけど、僕だって慎がいなきゃ出てなかったよ」


 人工芝の上に座りこんで水のペットボトルを呷っていると、背後から近寄ってきた美月に声をかけられる。ジャージを着用した彼女は『玉入れ』という素晴らしい競技に出場予定で、本日は僕たちと同じく多目的グラウンドでの練習会に参加していたそうだ。


 周囲にはA組の女子がたくさんいて、あいも変わらずきゃっきゃ騒ぎながらこちらの様子をうかがっている。

 またも多くの視線に晒されて居心地が悪くなり、僕は視線を落とす。その途端、パサリと音がして首筋に柔らかな感触が触れた。


「あ、これ……」


「あげる。前に兎和くんが欲しがっていたタオルよ。汗びっしょりのままだとあまり体に良くないから、ちゃんと拭きなさいね」


 美月の愛用するタオルがあまりにふわふわだったので欲しくなり、以前トラウマ克服トレーニング中にどこで買えるのか聞いていた。それを覚えていたようでプレゼントしてくれるという。


 すごく嬉しい反面、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。僕は与えてもらうばかりで、何一つ返せていない気がする……妹に相談して、今度はこちらから送り物でもしてみよう。


「じゃあ、私はいくね。練習がんばって。あと、くれぐれも怪我だけはしないように」


「うん、ありがとう。そっちも頑張って」


 美月は笑顔で手を振り、女子たちの中へ戻っていく。続けて周囲に何か話しかけられ、返事をするや「きゃあっ!」とまたも謎の歓声が響く。

 なんだかな……と僕は首を傾げつつ、かしましく校舎へ向かう集団の後ろ姿を見送った。すると今度は、慎がこちらへ近寄ってきた。


「なになに、それもらったの?」


「うん。これは『特別』なタオルなんだ」


 前に聞いた話では、オーガニックコットンにこだわったタオルブランドの品で、水質に恵まれた今治で製造されているそうだ。たしか『甘撚り』がどうのって……とにかく、素材から製法までこだわり抜いた極上のタオルなのである。


「ほほう、特別ねえ」


「……なに、その意味深な反応は」


「いいや、別に。でも神園がわざわざ兎和のために用意した物なんだ、大事に使えよ」


 慎のやつ……我が家で開催した勉強会でのドタキャンもそうだが、僕と美月の仲を今も誤解しているフシがある。だから近頃は的はずれなからかいが多い。


 つーか、こっちは彼女ができそうな気配すらなくて難儀しているのだが?

 対して慎は、三浦さんといつもラブラブ……なんか理不尽に思えてきたので、四本貫手を作って脇腹を突く。必殺の十六連打をお見舞いしてやるぜ。


「ちょ、バカッ、やめろよ~」


「うっせ、こんにゃろ。オラオラオラオラオラ――」


「なにやってんだ、お前ら……小学生かよ」


 僕と慎がじゃれ合っていると、再び背後から闖入者が現れる。振り返れば、すぐそばに松村くんが立っていた。眉間にシワを寄せ、ご機嫌ナナメな様子だ。

 実は、彼の所属するH組とも騎馬戦の練習日が重なっていた。他にもいくつか本日に練習日を割り当てられた組が存在し、多目的グラウンドを分割して使用していたのである。


 したがって、ここに松村くんがいるのは理解できる。

 だが、わざわざ雑談を交わすような仲ではない。むしろ最近の部活で抱える『問題』を考えれば、声をかけてきた目的など容易に想像がつく……と、僕が嫌な予感を覚えるや否や。


「おい、兎和さあ。前に俺、言ったよね? 神園さんに近づくなって。言うこと聞かないんじゃ、こっちも黙ってらんねーよ。もうぶん殴るしかなくなっちゃったよ」


 まるで裏切りに怒り狂う極道のようなセリフを吐く松村くんである。

 ブチギレにも程がある……ちょっと落ち着いてもらいたい。流石に手を出されると、多方面に悪影響が及ぶ可能性が高い。

 僕は立ち上がり、穏便にすまそうと対話を試みる。


「あの、松村くん。キミは今、冷静さを失っている。よければアンガーマネジメントを――」


「黙れッ! テメエが、神園さんに馴れ馴れしくするからだろ! しかもさっき、そのタオルもらってたよな? クソ陰キャのくせにナマイキだぞ!」


 今度はかぶせ気味で、どこかのガキ大将みたいに罵ってくる松村くん。

 なぜ腹を立てているのかは十分に理解できた……けれど、完全な言いがかりだ。彼の抱える激情には、一欠片だって正当性が含まれていない。


 とはいえ、このままでは関係がこじれにこじれてしまい、より厄介な状況を招きかねない。

 僕はこの場を乗り切るべく、必死になって思考を巡らせる。しかしここで、事態を静観していた慎が立ち上がった。


「何を言い出すかと思えば、お前ちょっと理不尽すぎんだろ。だいたい兎和は、神園から『特別なタオル』をもらう仲なんだぜ。野次馬が余計な口出しすんじゃねーよ」


「は? なんだよ、特別なタオルって」


 反論を受け、松村くんは困惑した表情をみせる。そして一拍の間を置き、「あっ!?」と僕の手にあるタオルを指差す。


「そのタオル……まさか、神園さんの使用済み!?」


「いや、違うけど」


 どんな発想だ……間違いなくこのタオルは新品だ。自分の汗が染み込んだものを、美月が人にプレゼントするはずもない。

 正直、松村くんは思春期をこじらせすぎている。だがしかし、いくら否定しても聞き入れてもらえない。


 僕は不意に、人は自分の見たい現実しか見ない、という妹の教えを思いだす――きっとこのタオルは、彼の目にはもう『美月の使用済み』としか映らないのだろう。

 こうなれば、もはやマトモな対話など望めない。


「兎和、そのタオルを俺によこせ」


「いや、だから使用済みじゃないって……」


「うるせえッ、それはもうあんま関係ねーんだよ! 俺は、神園さんの『特別なタオル』が欲しいんだ! いいからそれを渡せッ! そもそもクソ陰キャのくせに口答えすんな! モブ臭い顔しやがって、どうしてお前ごときがD1なんだ!」


 むちゃくちゃなことを言い放つ松村くん。

 僕からタオルを取り上げたくて仕方がないらしい。ついでに積み重なった部活での鬱憤が大爆発したようで、ぷるぷると自分のタオルを握りながら震えるほどの怒り具合だ。


 まさに怒髪天を衝く状態。

 さらに彼は、驚きの行動にでた――握っていたタオルをこちらの足元へ投げつけ、まるで騎士のような宣言をブチかます。


「勝負だ、兎和! 神園さんの特別なタオルをかけて、俺と決闘しろッ!」


 まさか僕の人生において、騎馬戦での決闘を申し込まれる日が来るとは夢にも思わなかった……いや、本人も怒りによって言動を制御できていないのだろう。ここはいったん距離をとり、冷静になった頃合いを見計らって再度話し合うのが正解だ。

 ところが新たに現れた乱入者によって、僕の名案は無惨にも打ち砕かれる。


「話は聞かせてもらった。その決闘、俺も参加するぜ。神園の特別なタオルを持つのは、この俺が一番ふさわしいに決まってる」


 栄成サッカー部の期待の新人たる白石鷹昌くん、ここに堂々参戦!

 彼も練習会に出ていたらしい。いつものようにお供を連れ、不敵な笑みと共にこちらへ歩み寄ってくる。

 さらにさらに、


「俺にも参加資格はあるんだろうな?」


「もちろん俺もやるぜ。神園の特別なタオル、必ずゲットしてやる」


 白石くんの参戦に便乗して、野次馬の中から続々とチャレンジャーがわき出してくる。学校のアイドル様のネームバリューは伊達じゃなく、あっという間にその数は膨れ上がった。


 あーあ……松村くんが大声を出したせいで、騒ぎが余計に広まってしまった。

 視界の端に大爆笑する玲音の姿が映る。もちろん僕の横に立っていた慎も大爆笑だ。そしてその直後、タイムアップにより練習会は解散となった。


 こうして1年生の騎馬戦は、美月の特別なタオルを巡る大決戦へと発展したのである。

 おまけに、この騒動に関するウワサは光の速さで校内を駆け抜け、翌日には『じゃない方の白石くんを倒した者に、神園美月より特別なタオルが贈呈される』と変容していた。


 ハッキリ言って、僕は困惑を隠せない。というか、美月の特別なタオルってなんだ……ともあれ、今年の体育祭は異様な盛り上がりを見せることが確定的となった。

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