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第51話

「今日はよく集まってくれた。諸君らも知っての通り、我われ『白団・1年生騎馬軍』は現在極めて困難な状況にある。そこで打開策を見いだすべく、急遽この会合が開かれることになった」


 体育祭の準備が順調に進む、ある平日の昼休み。

 僕を含む白団の騎馬戦メンバー(1年生のみ)は、体育館の三階に設けられた柔道場へ集められていた。


 みんな青畳の上に座り、正面に置かれたホワイトボードへ目を向けている――その前に立っているのは、この会合の主催者である玲音だ。

 開催の目的は先ほど彼が言ったように、『僕たちが直面する困難な状況』への打開策を模索すること。


 では、具体的に困難とは何かといえば……実は美月の特別なタオルを巡る群雄割拠の争いにおいて、他の団の騎馬軍が『連合』を組んでしまったのである。


 白団を除く、赤・青・黄、の三原色を冠する団が一つにまとまったことにより、『原色連合』が発足した。まさに戦国の世の慣わしのごとく、何でもありの状況だ……スポーツマンシップはどこいった。


 しかもこの連合を成立させるべく暗躍したのは、僕じゃない方の白石(鷹昌)くん。彼は己の目的を果たすため、躊躇なく卑怯な手を使ってみせた。


 もちろん教師に不正を訴えたが、笑って流された。

 栄成高校では、文字通り体育祭は『お祭り』の一種に位置づけられている。なので、少々ハメを外したくらいじゃ大人はノータッチ。生徒会、及び体育祭実行委員会がコントロールできる範疇であれば、『生徒同士で楽しみなさい』といったスタンスなのだ。


「なんでこんなことに……周りはすべて敵なんだぞ? 勝てるワケがないッ……」


 誰かの口から漏れた悲痛な叫びが、柔道場に響いて溶け消える。

 そりゃ嘆きたくもなる……他の団すべてを敵に回してしまった以上、戦力差は歴然。もはや戦意なんて沸かないレベルの劣勢だ。

 いつもポジティブな慎でさえ、今は僕の隣で深刻そうな顔をしている。


「全員すっかり意気消沈しているな。まあ、無理もない。敵は強大にして盛況、絶体絶命な戦況――だが、諦めるなんて時期尚早」


 急にラップすな、と僕たちは肩を落としつつも懸命にツッコんだ。対して玲音は、「我に秘策あり」と不敵に笑う。


「皆、顔を上げろ。俺たちには勝利の女神がついている。では、スペシャルゲストにご登場いただこう」


 言って、玲音の指先は柔道場の入口へ向けられた。次いで、ガラリと扉が開かれて陽射しが差し込む。そして目の眩むような光の中を、楚々として歩む者がいた。


「こんにちは、皆さん。辛気臭い顔がたくさん、雰囲気は陰惨。炭酸の抜けたソーダみたいに絶賛落ち込み中のようですが、何かお手伝いできればと思いこの私見参」


 さらなる謎のラップ押しに度肝を抜かれ、僕たちはあっけにとられて固まった。対照的に、現れたスペシャルゲストは物怖じすることなく自己紹介をする。


「ちょっと山田くん、話が違うわ。兎和くん、クスリとも笑ってくれないじゃない……改めまして、神園美月です」


 お辞儀した拍子に、長い濡羽色の髪がサラリと音を立てる。イタズラな輝きを青い瞳に宿す神園美月が、ホワイトボードの前に凛と立つ。

 続けて彼女は、フリーズする僕たちの反応に構うことなく話を始めた。


「この度、白団が不利な状況へ陥った責任の一端は私にあると理解しています。ですので、献策をしたいと色々考えました。その結果、ここは団結して騎馬戦へ臨んで頂くのが最善手であると判断しました」


 ここでようやく一同は我に返る。並びに僕は、『美月らしくない発言だ』と思わずにいられない。

 今さら正攻法で挑んでどうにかなるような状況ではなく、ちゃぶ台返しをするような大胆な奇策が必要だ。まして聡い彼女なら、そんなことくらいとっくに気づいていそうなものだが。


 周囲にいるメンバーも、『そんなんで勝てるワケがない』と誰もが思ったはず。実際、中には「無謀だ……」と異を唱える者すらいた。


「ご安心ください。なにも無策で挑めと言っているわけではありません。皆で陣形を組み、協力して敵の攻撃に抵抗するのです」


 美月は振り返ってペンを取り、ホワイトボードになにやら記していく。

 間をおかず、一本の横線とそれに付随するかまぼこ型の図形が完成する。底辺かつ中央部に大将と書かれているあたり、騎馬戦での布陣を表しているのだろう。


「このように、競技ラインを背にして半円型の陣形を構築し、もっとも守りが厚い底辺の中央部に兎和くんの部隊を配置。敵連合の攻撃範囲を限定すると共に、タイムアップまでひたすら防御に徹する。白団はとにかく粘って一部隊でも多く生き残り、最終的に判定勝ちを狙います」


 なるほど。やはり美月が無策だなんて決めつけるのは早計だったらしい。

 各自バラバラに戦っては各個撃破されるのがオチだ。そこでこちらからは攻勢に出ず、背水の防御陣を敷いてタイムアップまでどうにか凌ぐ。たしかに、白団にとって唯一とも思える勝ち筋だ。


「でも、それだと俺が白石兎和を倒せない……そもそも守る必要があるのか?」


 誰かがボソリと呟く。確かに他メンバーに僕を守護するメリットはない。

 つーか、同じ白団なのに僕を倒す気満々だった仲間が存在する事実に驚きを禁じ得ない……だが、続く美月の発言によって皆の心は一つにまとまる。


「チーム一丸となって勝利を収めたら、私の方からとっても美味しいお菓子を贈呈します。また皆さんが協力して騎馬戦に挑んでくださるのであれば、同じ団の女子たちとこの情報を共有し、男子を応援するよう声がけします。もしかしたら、あなたの活躍に目を引かれる女子が現れるかもしれませんね?」


 ニコリ、と美月は微笑む。

 次の瞬間、柔道場が揺れた。


『うおぉぉおおおおおおおッ!』


「皆さん、協力してぜひ勝利を掴みましょう!」


『応ッ、白団に栄光あれ!!』


 白団騎馬軍は一斉に立ち上がり、やる気を爆発させる。異性モテを何よりも重視する思春期男子にとって、これ以上の餌はない。あっさりサッカー部を丸め込んだときのように、今回も効果は抜群だ。

 しかし、僕は同時にこうも思うのだ……同じ団の男子を応援するのって、別に普通のことじゃないか?


 そのとき、不意に美月と目があう。彼女は笑みを深め、『余計なことは口にするな』と言外に訴えてきた。青の眼力に圧された僕は、静かに頷くのだった。


 その後、玲音を中心に防御陣の配置を徹底的に検討する。蜜に群がる蜂のように身を寄せ合い、皆が熱心に意見を交わした。


 慎をはじめとする彼女持ちのメンバーでさえ、それぞれのパートナーに良いところを見せるべく闘志を燃やしている。

 僕はそんな白熱する議論のわきで、こっそり美月に声をかけた。


「なあ、くっそ盛り上がってるけど……お菓子とか配るの、負担じゃないか?」


「大丈夫よ。季節の挨拶で家に送られてくるお菓子の処理に困っていたから、逆に助かっちゃった。それに私、負けるのがキライなの。意外でしょ?」


「え、まったく意外じゃないけど。美月って、けっこう血の気が多いよな」


 これまでの付き合いで、彼女がわりと好戦的なタイプだと判明している。てっきり本人も自覚していると思ったのだが、何故か「面白い冗談ね」と取り合ってもらえない。

 そうこうしている内に、玲音を中心に白団の作戦は大体まとまった。


「敵の狙いである兎和を中心に陣形を組む、それしかあるまい。全体の配置はこれでいくぞ」


「ああ、タダで負けるのはつまらねえ。ワン・フォー・オールの精神で敵連合軍を削ってやる。もし最後に残る部隊があったら、それは白石兎和たちだろう……頼むぜ。勝利を目指し、俺達の屍を越えてゆけ」


 白団騎馬軍の気持ちは一つとなり、僕たちの部隊は皆から希望を託される。

 そして翌日以降、作戦が露呈しないよう昼休みに柔道場へ集まって練習を重ねるのだった。


 ***


 授業と部活、合間の昼休みには騎馬戦の練習を行う。何かと騒がしいスクールライフを送っていると、あっという間に体育祭の開催日を迎えた。


 多目的グラウンドの外周にはパイプテントがびっしりと並び、日陰に生徒用の観戦席が準備されている。配置は、団ごとかつクラス単位。

 はじめて設営済みのグラウンドに立ってみれば、かなりの臨場感だ。生徒の人数が多いため、観戦席と競技エリアが近いのである。


 騎馬戦に出場する自分をイメージした途端、早くも僕は緊張で体が固くなってくる。どうにか出番までに気持ちが落ち着くといいのだが……などとグラウンドを見渡していたら、背後から突如不躾な声が飛んできた。


「無様に負ける想像でもしていたのか? クソ陰キャ」


 振り返れば、ジャージを着崩した松村くんがこちらへ歩み寄ってくるところだった。

 敵を見るような厳しい視線を向けられ、僕はちょっとビビる。しかし周辺には人がおらず、対話をするには絶好のチャンス。

 勇気を奮い起こし、今更ながら鉾を収めてもらうよう説得を試みる。


「松村くん。こんな意味のない争いはやめにしないか? みんな妙に盛り上がっちゃっているけど、今からでも遅くはないよ」


「……やめねえし、俺にとっては大きな意味がある。お前より優れていると、ここできっちり証明するんだ。神園さんや、サッカー部の連中に思い知らせてやる」


「でも……言っちゃ何だけど、こっちには勝負するメリットがないし……」


 松村くんはやたら勝負にこだわっているが、僕としては受ける理由がない。学年を巻き込んだ騒動に発展しているので言い出しづらかったけれど、本来なら相手にせず無視したって構わないのだ。

 ところが、またもや茶々を入れてくる人物が現れ、不本意な方向へと話は転がっていく。


「――なら、こういうのはどうだ? この三人のうち、騎馬戦で負けたヤツは頭を丸めてボウズにするってのは」


 余裕綽々な態度でこちらに歩み寄ってくるのは、サッカー部の期待の新人たる白石鷹昌くん。

 いつも事態をややこしくしてくれる彼は、珍しく一人のようだ。こちらは学校指定のジャージと自前のTシャツを組み合わせ、垢抜けた格好をしている。


 それはそうと、ボウズはヤバいだろ……恐らく、女子ウケはかなり悪い。仮に頭を丸めることになれば、夢の青春スクールライフに大打撃だ。というか、白石(鷹昌)くんは自分たちの有利を確信しているからこんな条件を持ち出したのだろう。 


「なあ松村、面白い考えだろ?」


「うるせえ、鷹昌。俺をハブっておいて、今さら馴れ馴れしくすんな……だが、いいだろう。負けたヤツはボウズだ。テメエら二人とも覚悟しておけ。神園さんの特別なタオルを手にするのは、この俺だ。そして頭を丸めるのはお前らだ」


「そーかよ……はっ、上等じゃねえか。クソ陰キャと三下が、まとめてボコボコにしてやるよ」


 話の流れから察するに、松村くんと白石くんは袂を分かつことになったらしい。理由は不明だが、道理で部活のときに別行動が目立ったわけだ。

 いずれにせよ、いい加減勝手に話を進めないでほしい……ここのところ理不尽な展開が多く、僕は結構なフラストレーションを溜め込んでいた。


 だからなのか、我ながら思い切った行動にでた。

 場を離れゆく彼らの背に向け、声を放つ。


「松村くん、白石くん――早めに予約しておけよ、床屋」


 二人は同じタイミングで振り返り、声を揃えて『クソ陰キャがッ!』と怒鳴る。その拍子に僕は、自分の席へと一目散に逃げ出した。しばらくビクビクしながら、白団の陣営に身を隠す。

 その後、定刻通りに開会式は執り行われた。


『宣誓! 我々選手一同は、スポーツマンシップにのっとり正々堂々と闘うことを誓います!』


 マイクを通し、代表生徒の声がグラウンドに高らかと響く。

 快晴の空のもと、因縁絡まる体育祭の幕が切って落とされた。

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