開会式が終了すると、体育祭はさっそくプログラムに沿って進行していく。
午前の部のオープニングを飾る種目は、陸上競技の花形ともいえる『100メートル走』。スターターピストルの号砲が青空に向けて撃ち放たれるたび、観戦席から歓声が飛ぶ。
「おー、中学の体育祭とは違ってずいぶんな盛り上がりだな」
僕は白団陣営の後方に配置された自席で、前列の頭越しに競技を眺めていた。すると、隣に座る慎が……いや、立ち上がった慎が楽しそうな顔で周囲を見渡しながら口を開く。
確かに、中学時代とは比べものにならないほどの盛況ぶりだ。雰囲気はまさにお祭りといった感じで、カラフルなフェイスペイントを施したり、派手なオリジナルうちわを持っていたりする生徒が多く見受けられる。
服装も様々。僕なんかは学校指定のジャージ着用だが、慎はバスケ用トレーニングウェアを着ている。いつもと違って新鮮だし、なんかスタイリッシュでカッコイイ。
ついでに、ざっと白団の陣営内に視線を巡らせる。なによりも早く目に留まったのは、例のごとくおしゃれなスポーツウェアを着こなす美月の姿。周囲の女子軍団も似たような格好をしており、なんとも華やいだ一団を構成していた。
続いて、こちらへ近づいてくる知人たちの姿が目に入る。
「やっほー。慎、兎和くん」
「おっす。二人とも、調子はどうだ?」
やって来たのは、慎のガールフレンドである三浦(千紗)さん、それと玲音だ。
気づけば顔見知りになっていた二人は、ともにC組所属である。なので、当然ながら同じ白団陣内にいる。
よく考えるとA組の美月も白団だから、僕が特に仲のいいメンバーが勢揃いだ。今更ながら素晴らしい巡り合わせである。
開会式・閉会式のときを除いて観戦席は移動自由だったので、たまたま空いていた慎の隣の席に三浦さんが、僕の隣には玲音が腰を落ち着けた。
「いやぁ、白団の1年男子は応援にめっちゃ気合い入ってるねぇ……ちょっと怖いくらいだよ」
三浦さんが手を庇のようにかざし、前方を見渡しながら言う。
まさにご指摘の通り、白団の1年生たち……より具体的には、騎馬戦に出場する面々は目を血走らせつつ、白いハチマキを巻く競技者を鼓舞していた。
何を隠そう、柔道場で練習を重ねるうちに原色連合へ対する敵意は膨れ上がっていった。そんな負のエネルギーが当日になって爆発し、『総合優勝を他の団に譲ってなるものか』と心の底からエールを送っているのだ。
しかして彼らの情熱は、ゆっくり着実に伝播していく。
競技の勝敗に本気で一喜一憂していたのなんて、初めのうちは白団の一部男子だけだった。しかし、プログラムが進むにつれ白団全体の声量は増していく。さらに他の団も触発されたらしく、やがてグランド全体がオリンピックでも観戦しているかのような盛り上がりを見せるようになっていった。
もちろん僕たち四人も、いつの間にか立ち上がって声援を送っていた。
とりわけ午前の部の半ばに開催された『玉入れ』では、登場した美月がちょっと困った顔をするほどテンション爆上がり。
僕なんて、上半身ハダカでTシャツを振り回したほどだ。周りも大いに沸いていた。
しかし観戦席へ戻ってきた美月に、「応援してくれるのはいいけれど、ちゃんと服は着ていなさい。こまめな水分補給も忘れちゃダメよ」と窘められた。
その後、大盛況のうちに体育祭・午前の部の全プログラムは終了。
お昼は、各自教室へ戻ってお弁当を食べる。ランチタイムの間も、体育祭の話題が途切れることはなかった。
そうして迎えた、午後の部。
まず開催されたのは、応援合戦。有志メンバーによって結成された応援団による創作ダンスの披露を経て、エール交換が実施された。
次いでプログラムは、クラブ対抗リレーへと移る。こちらは主に上級生が参加する種目で、仮装して走るなど和やかムードで進行した。
さらに女子による白熱の『棒引き』などを挟み、ついに騎馬戦のお時間が訪れる。
「よし、準備はいいか兎和?」
「兎和よ、いよいよ決戦だ。気合いを入れていくぞ」
「美月ちゃんと一緒に応援しているからね。慎、兎和くん、山田、頑張れよー!」
慎と玲音にバシッと背中を叩かれ、僕は発破をかけられる。続いて三浦さんに見送られ、連れ立って白団陣営を離れた――そのとき、「兎和くん」と背後から呼びかけられる。
振り返ると、白いハチマキを手に持った美月が早足で歩み寄ってくるところだった。慎たちは変に気を利かせ、「騎馬戦の待機エリアで待っているぞ」と先に行ってしまう。
結局ひとり残された僕は足を止め、彼女と向かいあった。
「どうしたの?」
「激励しようと思って。間に合ってよかったわ。騎馬戦、頑張ってね」
「うん、ありがとう……できるだけ頑張ってみる」
「ちょっと、ずいぶんと弱気じゃない。いやよ、私。よく知りもしない男子にタオルを強請られるなんて」
実は自分の出番が目前に迫った現在、僕の緊張はピークに達しようとしていた。心臓は跳ねるように鼓動し、全身が若干こわばっている。流石にサッカーのときほど酷くはないものの、かなりのコンディション不良状態だ。
けれど、そうだった。僕を倒した者には、何故か『美月の特別なタオルとやらが贈呈される』みたいな話だったのだ……松村くんたちとの『負けたらボウズ』が印象的すぎて、ちょっと忘れかけていた。
なんにせよ、ウジウジしている場合じゃない。
「よかった、少し元気が出てきたみたいね。じゃあ兎和くん、ハチマキを貸して」
「あ、はい」
言われた通り、自分の頭に巻いていたものを手渡した。すると代わりに、もともと彼女が握っていた白いハチマキが差しだされる。
「いや、これ美月のでしょ?」
「うん。だから兎和くんは、これを巻いて騎馬戦に出るの。私のなんだから、絶対に取られちゃダメよ?」
「わかった……絶対に、誰にも渡さない」
なるほど、発破をかけてくれたらしい。ストレートな言葉よりも、よっぽど気合いが入るアプローチだ。おかげで闘志が緊張を凌駕し始めた。
再度お礼を告げて、僕は騎馬戦メンバーの元へ、美月は観戦席の友人たちの元へ向かう。
「来たな、兎和。いい感じに緊張もほぐれたみたいだな」
慎に「うん」と返事をし、多目的グランド隅の待機エリアに立つ。そして、美月から渡されたハチマキを頭にキュッと巻く――深く呼吸しながら視線を前に向け、連合軍の陣営を見渡す。
四つの団は入場後、競技エリアの四隅に陣取る。そこからスタートの合図で、各勢力が入り乱れての合戦開始となる……はずだった。
今回の戦いに限っては、『白団VS原色連合』といった構図となる。
どの団も僕を狙い、真っ先に白団へ攻め寄せてくるだろう。連合軍内の争いは、きっと『美月の特別なタオル』の行方が決定してからとなる。
考えるまでもなく、圧倒的な劣勢だ。各陣営とも、騎馬は15騎。つまりこちらは、45騎もの敵を相手取らなくてはいけない。
しっかり背水の防御陣を構築する練習を積んできたとはいえ、過酷な消耗戦を強いられることは間違いない。
だが、どれだけの犠牲を払おうとも美月のハチマキを譲る気はない――僕は強く決意した。
「慎、健太郎くん、大輔くん。厳しい戦いになると思うけど、よろしく頼む。絶対に勝とう!」
『応ッ!』
四人で拳をあわせ、僕は騎馬の上にまたがった。
ほどなくして入場のアナウンスが流れる。大歓声が響き渡る中、各陣営の騎馬が所定のスタート位置につく。
白団メンバーは一人残らず戦意をみなぎらせ、口々に「やったるぜ」と気炎を吐き散らしていた。
チームの士気は最高潮。簡単に勝てると思うなよ、原色連合。
僕は再び深呼吸をして、敵陣を睨む。
絶対に負けられない戦いが、今始まる。