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第54話

「兎和、大丈夫か!? つか、なんでまた脱いでんだっ!」


「違うっ、不可抗力なんだ……!」


 騎馬の先頭に立つ慎が驚愕を感じさせる叫びを上げた。

 こっちだって、好きで上半身ハダカになっているわけじゃない――騎馬戦の開始以降、僕たち白団は作戦どおり背水の防御陣を構築し、ガッチリ守りを固めていた。


 対する原色連合は一挙に押し寄せるもののまるで連携が取れておらず、容易に各個撃破が可能だった。

 戦況としては理想的。こちらの脱落者の数は戦前の想定よりずっと少なく、白団の望み通りの展開となっていた。


 ところが競技開始よりしばらく経つと、不意に統制の取れた一団が突如現れる。何事かと注視してみれば、すぐに松村くんが率いる一団だと判明した。続けて彼らは犠牲を払いつつ強引に防御陣を左右に割り、リーダーの進路を巧みに切り開いてみせた。


 結果、松村くんとの『1対1』が発生。側面から奇襲を受け、そのままの流れで取っ組み合いをするハメになった。


 そして勃発した決闘に、僕は辛くも勝利する。

 いったんは落馬寸前まで追い込まれるも、逆に相手を落馬せしめた――美月の声援が耳に届いた瞬間、自分でも驚くような力が湧いてきたのだ。


 けれども決着の間際、道連れ狙いで体操服(Tシャツ)の袖を掴まれてしまう。そこで咄嗟に腕を伸ばしながら前屈し、あえて上半身ハダカとなることでピンチを凌いだのである。


 つまり僕は、脱いだのではなく脱がされたのだ。

 しかも体操服は、レフェリー(体育祭実行委員)の一人が競技エリア外へ持ち出してしまった。なので、上半身ハダカのまま騎馬戦を続行するより他はない。


「おい、集中しろ! のんびり話している場合じゃない!」


「敵が目前まで迫って来てるぞ!」


 今度は、同じ騎馬を組む健太郎くんと大輔くんが叫ぶ。

 松村くんを含む特攻部隊を殲滅し、白団は防御陣に開いた亀裂をなんとか塞ぐことに成功した。しかしその代償として、少なくない数の脱落者を出している。


 さらに時間が経過した現在、ハナから数に劣る白団の陣形はもはや壁一枚といった状況へ追い込まれていた。原色連合も各個撃破されたり、内輪揉めで大きく数を減らしているとはいえ、圧倒的な戦力差の前ではやはりジリ貧は免れない。


「くっ、無念……せめて道連れしてくれる!」


「うわっ!? バカ、やめろ――」


 ひと組み、またひと組と倒れていく友軍。彼らは「タダで脱落してなるものか!」と、相手を巻き添えにしながら崩れ落ちていく。

 皆の見事な散り際に、僕は感涙を禁じ得ない。


「これではタイムアップまで保たんな……仕方あるまい。兎和よ、先に逝くことを許せ。少なくとも2騎は道連れにしてくれる」


 同じように騎手を務めていた玲音が、その背中に決死の覚悟をにじませる。このまますり潰されて全滅を迎えるよりは、わずかでも敵を削ってから敗北した方がマシだと判断したようだ。


「そんな、玲音……! 無謀だ!」


「ふ、無謀は承知の上よ。だが、お前たちだけは逃げ回ってでも生き延びろ――前進せよ! 山田ペドロ玲音、推して参る!」


 玲音たちの騎馬が、威勢のいい口上と共に戦列へ飛び込む。

 別れ際のセリフから、突撃に至った真の意図を悟る。彼は可能な限り敵を減らすことで、僕たちが生き残るための活路を切り開かんとしていたのだ。

 直後、複数の断末魔が響く。


「くっ、玲音……!」


「目を逸らすなよ、兎和! 連中は、犠牲になってでもお前を生かす道を選んだんだ!」


 慎の言う通りだ……僕は前を見据えて、仲間たちの散りゆく姿(競技エリア外へ退場する様子)をしかと瞳に焼き付ける。

 それから程なく、ついに騎馬戦は大詰めを迎える。


 原色連合は5騎が健在。対して、白団の生存者は僕たちのみ。しかし皆が犠牲をいとわずに奮闘してくれたおかげで、かろうじて逃げ回る余地が残された。


「ぐははははは、やはり神園の『特別なタオル』は俺の物になる運命だったようだ! 潔くボウズを受け入れろ、クソ陰キャ!」


 こちらを取り囲むように展開する原色連合の中心で、白石(鷹昌)くんが不快な笑い声を上げていた。

 しばらく姿を見なかったので、てっきり内輪揉めに巻き込まれて脱落したと思っていたが、どうやらちゃんと生き残っていたらしい。


「チッ、鬱陶しいヤツめ!」


「慎、マトモに相手しちゃだめだ! どうにか逃げ回ってタイムアップを狙おう!」


 僕の提案に、騎馬の三人は間をおかず『了解!』と応じた。同時に行動を開始し、敵のチェイシングをかい潜るべく競技エリア内を駆け回る。

 たくさん練習してきただけあり、こちらの足運びは卓越していた。ただ惜しむらくは、逃走可能な範囲がそれほど広くなかったこと。


「よっしゃ、コーナーに追い詰めたぞ! いい加減観念しろや、ゲロ兎和!」


 白石くんの号令のもと、今さら連携を取り始めた原色連合に競技エリアの角へと追いやられる。僕たちは一定の距離を置いて対峙し、睨み合う。


「くそっ、ここらが潮時か……!」


「まあ、健闘した方だろ……」


 健太郎くんと大輔くんはすでに諦めムード。

 戦況は『5対1』と絶望的なので、無理もない反応である。が、この期に及んで闘志を失っていない者がいた。それはもちろん、頼もしい友人の須藤慎だ。


「しゃーない。兎和、五人抜きするぞ! ラストの戦いだ、派手にブチかまそうぜ!」


「慎ならそう言うと思った。うん、やろう。目にもの見せてやる。健太郎くん、大輔くん、気合い入れていこう!」


「ここから勝つ気なのかよ、お前ら……」


 当たり前だ。美月のハチマキを他の男子にくれてやるわけにはいかない。加えて、今の髪型も彼女からの贈り物の一つなのだ。白石くんに負けてボウズにするなど絶対にゴメンである。


「まずは右の騎馬に突撃して相手の陣形を崩す。後は流れで!」


 先頭の慎が大雑把な方針を示せば、後方の二人も『やったるか』と士気を取り戻す。佳境に入ったことを理解したのか、降り注ぐ声援もひときわ大きくなる。

 僕はひとつ深呼吸をして、声を張り上げた。


「ヨシ行こう――突撃ッ!」


 合図に従い、慎を先頭にして組んだ騎馬が急発進する。

 僕たちを包囲する原色連合は、間隔を開けて左右に2騎ずつ布陣し、自信満々の白石くんが中央を塞いでいた。そこで、まずはこちらから見て右前方の騎馬へ突貫。


 標的はあからさまに戸惑った様子を見せる。こちらの迫力に圧倒されたのかもしれない。なにせ、マッチョ三人の塊が突っ込んでくるのだから。

 間髪入れず激突し、両者を猛烈な揺れが襲う。


「ぐえっ!?」


 好都合にも、相手はビビりついでに対応を誤った。準備と覚悟が不足しており、ブチかましの衝撃に耐えられず崩れ落ちたのだ。


 幸先よく、1騎脱落。

 さらに返す刀で、隣に陣取っていた敵騎馬へ攻撃を仕掛ける。


 僕は腕を伸ばし、騎手の襟首を掴んで手前に引き寄せる。並行して左腕でハチマキを狙うも、これは流石に阻まれる。互いに腕をつかみ合い、力比べになだれ込む。

 けれど、これもまた望ましい展開だった。なぜなら相手は力が弱く、強引に押しつぶすことができたから。


「ふんぬッ!」


「うわっ!?」


 これで、2騎脱落。

 無論、原色連合が黙って見ているわけもなく。白石くんを除く2騎が慌てて詰め寄ってきて、突撃しつつ両腕を伸ばしてくる。


 だが、白団トップの体格を誇る騎馬は伊達じゃない。タックルを受けたサイドの大輔くんと正面の慎が、その場にガッチリ踏みとどまって衝撃に耐え抜く。


 しかも驚くべきことに、この局面で上半身ハダカが絶妙なアドバンテージをもたらす。

 接近してきたものの相手は掴む箇所に迷い、攻めあぐねて勢いを喪失。結局は僕の腕を抑えることに決めたようだが、こちらは矢継ぎ早に繰り出される腕を打ち払った。


 しばしの間、柔道の袖取り合戦のような攻防が展開される。

 そしてこれまで存在感を消していた健太郎くんが、この六本の腕が入り乱れる争いに終止符を打つ――彼はさりげなく位置取りを変え、敵の騎馬と密着する。続いて「うおぉおおおッ」と雄叫びを上げながら体を押し込み、相手のバランスを崩した。


 僕は好機と判断するや、足場の安定性に欠いた騎手を落馬へ追い込む。ついでにこのどさくさに乗じて、動揺を見せるもう一方の騎手の頭から颯爽とハチマキをかっさらう。


「これで、4騎脱落!」


「ナイス、兎和! 残りはシロタカだけだ――ラスト、いくぞぉおおおおッ!」


 慎の雄叫びに後押しされるように、騎馬がぐんと加速する。

 僕たちは勝利を目指し、原色連合の『ラスボス』へと躊躇なく突貫した。間髪入れず、白石くんたちの騎馬と激突する。


 同時に僕は、体当たりの勢いを利用して相手に掴みかかる――ところが、スルリ。

 両腕はあっさりと空振り、そのままガッツリ前方へ上体が傾く。


「え、あれ?」


 僕はすばやく体勢を立て直し、状況を確認した。すると、敵の騎馬には誰も跨っていないことに気づく。次いで周囲に目を向けると、人工芝の上に転がる白石くんの姿が視界に飛び込んでくる。

 恐らく、衝撃に耐えられずに落馬してしまったのだろう。


 その結果、競技エリア内に立っているのは、白いハチマキを巻いた1騎だけとなった――次の瞬間、『わあっ』とグラウンド全体が沸き上がり、僕たちへ向けて大歓声が降り注いだ。


「やったな、兎和!」


「うん。まさか本当に勝てるとは……」


 熾烈な争いが繰り広げられた騎馬戦は、あまりに劇的な幕切れを迎えた。

 なんと僕たちは、宣言通り『五人抜き』を達成してしまった。おまけに白団は、三倍もの戦力差をひっくり返して奇跡的な勝利を収めたのだ。


「よっしゃあ、ウイニングランだ!」


 慎の提案で、僕たちは歓声に応えるべく競技エリアをゆっくり回る。しかしてその最中、誰かが口走ったろくでもない発言が耳に届く。


「すげえ、モブ顔なのに騎馬戦王者になっちまった!」 


「モブなのに王者……モブ王者の誕生だ!」


「つまり、モブ王ってこと!?」


 不意の雑談から生じたしょーもない発想は波紋のように広がり、瞬く間に観戦席を駆け抜ける。すると生徒たちの盛り上がりは天井を突破したらしく、こぞって腕を振り上げながらその異名をコールし始めた。


『モブ王! モブ王! モブ王! モブ王! モブ王! モブ王――』


 おい、なんかそれ違くないか!?

 当然、僕としては受け入れ難い……が、もはや勢いは止められそうにない。どうやらまた一つ、ろくでもないあだ名を授かってしまったようだ。


 そんなこんなで、観戦席に戻ってからも手荒い祝福は続いた。並行して僕の『上半身ハダカ』を巡る審議が行われたけれど、体育祭実行委員長の「面白いのでオーケー!」という一言で丸く収まった。


 以降、プログラムは順調に進んでいく。

 上級生の騎馬戦、さらに白熱した大トリの『団別対抗リレー』を経て、穏やかな夕暮れの中でフィナーレを飾る閉会式が実施された。

 こうして高校に入って初めて迎えた体育祭は、熱気が冷めやらぬうちに幕を閉じる。


 個人的にもすごく楽しめた。心残りがあるとすれば、健闘むなしく白団が『総合2位』に甘んじたこと。そして僕が上半身ハダカだったからと、『蛮族出身のモブ王』なんてウワサされ始めたことくらいだ。


 ともあれ、一生の記憶に残るイベントになったのは間違いない。

 おかげで『夢の青春スクールライフ』に一歩近づけた――そんな充実感を、僕は深く味わうことができたのだった。

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