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第55話

 何かと騒がしかった体育祭からはや数日が経ち、スクールライフは平穏な風景を取り戻しつつあった。

 しかし興奮や熱狂の余韻はいまだに根強く残っており、校舎の至る所から先日のイベントを振り返る会話が聞こえてくる――それは、お昼休みを迎えた1年A組の教室も例外ではない。


「体育祭マジ面白かったねー。そうだ、美月。今度『じゃない方の白石くん』を紹介してよ。仲良しなんでしょ?」


 親しい友人たちと一緒に私、神園美月がお弁当を食べていると、隣に座っていた『木幡咲希(こはた・さき)』ちゃんが突拍子もないことを口走る。


 私たちのグループは10人ほどの同級生女子で構成されていて、現在は周囲の机をお借りして楽しくランチ中。お昼の定番スポットは屋上なのだけれど、本日はあいにく雨だったのよね。

 そして先ほどまでは体育祭の話題でもちきりだったのに、なぜか急に兎和くんの名前が飛び出してきた。


「……咲希ちゃんは、どうして兎和くんを紹介してほしいの? あと、人を変なあだ名で呼んじゃダメよ」


 私が不名誉なあだ名に関して窘めると、咲希ちゃんは「はーい」と素直に応じる。続いて、本題の方の回答を口にした。


「だって、白石兎和ってなんか面白いじゃん! 騎馬戦でも一人ハダカになってたし、ちゃんと絡んだらもっと楽しくなりそうかなって」


 兎和くんが騎馬戦で達成した偉業は、校内で伝説となりかけている。なので冷静に考えると、誰かが彼に興味を抱いても不思議はない。

 しかし、私がお願いを承諾するか否かはまた別の話。


「うーん、紹介するのは難しいかな。兎和くんは、あれでかなり忙しいの。サッカー部だし、色々とやることが多い人だから」


 小悪魔系女子の咲希ちゃんにかかれば、かなり単純な兎和くんはきっとすぐ骨抜きにされてしまうわ。その結果、サッカーに集中できなくなると困る。

 せっかくJリーガーを目指すと決心してくれたのだから、障害となりうる要素からはできるだけ遠ざけないと。


 それ以前の話として、彼が私以外の女子と楽しそうに会話している場面を想像すると……なんだか無性にイラッとするのよね。


「えー、そっか。でも今度、サッカー部の試合の応援とかいってみようかなー」


「……そういえば咲希ちゃん、他校のカッコイイ男子と連絡を取り合っていると言っていたでしょ。あれはどうなったの?」


「あ、そうそう。聞いてよ、美月――」


 咲希ちゃんが移り気な性格で助かった……けれど、今後も似たような話題で頭を悩まされそうだわ。実は体育祭以降、校内では兎和くんの存在感が高まっているの


 もともと不名誉なあだ名の件で悪目立ちしていたところに、騎馬戦での大活躍。注目するな、という方が難しい状況ね。


 一時的に関心度がアップしている状態とはいえ、少なくない数の生徒が彼に興味を抱いて近づこうとするはず。男子ならともかく、女子に関してはしっかり目を光らせておかないと――兎和くんを見つけ出したのはこの私なの。気安く手を触れないでほしいわ。


 どんな対策が効果的かな、と考えつつ空になったお弁当箱をランチバッグに戻す。その時、背後から「神園さんちょっといいかな」と声がかかる。

 振り返ると、ショートカットのよく似合う同級生女子が立っていた。


 彼女は……そう、加賀志保さんだわ。以前、千紗ちゃんにお呼ばれした『カラオケ会』でご一緒した記憶がある。

 あれから特に交流はなかったのだけれど、今日はいったいどうしたのかしら。


「こんにちは、加賀さん。私に何かご用?」


「うん。神園さんに聞きたいことがあって。よかったら少し時間もらえないかな」


 お昼休みはまだ半分ほど残っているし、特に断る理由もなかったので素直に応じる。すると加賀さんは、「人目につかない場所で話がしたい」と付け加えた。

 ここで、相手の用件になんとなく見当がつく。そして要望通りに二人で廊下の端へ移動すると、さっそく本題が切り出される。


「話っていうのは、兎和くんについてなんだ」


 やっぱり、と心の中でつぶやく。

 先ほど私が抱いた懸念は、どうやら現実のものとなりつつあるようね……特に加賀さんは例のカラオケ会という接点があったので、兎和くんに強い興味を持つのも頷ける。


 ただし今回も、咲希ちゃんのときと同様の対応を取らせて頂くわ。ちょっとイジワルな気がするけれど、私にだって色々と事情があるもの。


「実は、体育祭のときに見ちゃったんだ。神園さん、兎和くんにハチマキを渡してたよね? あれにはどんな意味があったの?」


「ごめんなさい、その質問にはお答えできません。どのような意味があったとしても、加賀さんには関係のないことだから」 


「私ね、兎和くんが気になっているの。これじゃ答える理由にならない?」


「ならない……だけど、恋愛的な意図はない、とだけ伝えておくわ」


「そっか、まだ気づいてないのかな――だとしても、この先は『勝負』だから悪く思わないでね」


 加賀さんは、再度お礼を告げてから去っていった。

 勝負ね……その背中を見つめながら、私は別れ際に聞いたセリフの意味を考える。


 恐らく、私が兎和くんに恋をしていると勘違いしているのだ。ハッキリ言って、あらぬ誤解から敵視されるのは気分が良くない。

 けれど、受けて立つわ。『兎和くんを誰にも取られたくない』といった意味では似たようなものだから。


 それはそうと、やはり早急に手を打つ必要がありそうね。さらにライバルが増えるかと思うと、ちょっと心の平穏を保てそうにない。

 他の女子を牽制する方法について、私は教室に戻ってから本格的に頭を働かせるのだった。


 ***


「そんでさあ。3年の先輩から聞いたんだけど、今年の体育祭の盛り上がりは過去一番だって。実行委員長は大喜びだったらしいぜ」


「やたら白団がうるさかったよな。そういえば、鷹昌。騎馬戦に負けたらボウズとか言ってたけど、マジでやるつもりなのか?」


 友人の小俣颯太に話を振られた俺、白石鷹昌は「やるわけねーだろ」と不機嫌さを隠さずに答える。

 体育祭からはや数日。俺たち5人はいつも通り、部活が終わってから学校近くのファミレスへ訪れていた。それぞれの前には好みのメニューとドリンクバーのグラスが並んでいる。


 夕食時ではあるものの、平日だからか店内は若干すいていた。そのおかげで、正面のソファ席に座る颯太の陰湿な声がいつもよりハッキリ聞こえてくる。

 正直、まったく嬉しくない……なにより、体育祭関連の話にはもうウンザリだった。


 もっと愉快なテーマを提供しろよ、と俺はハンバーグに荒々しくフォークを突き立てる。

 近頃はストレスの蓄積がハンパない……部活でCチームへ昇格したと喜んでいたら先輩たちにこき使われ、クソ陰キャどもが担当するような雑用を押し付けられた。


 それ以前にも、Dチーム初の公式戦で望むような活躍を披露できなかったし、兎和を囲んでゴン詰めした件を神園にチクられた。


 スクールライフの方も絶不調。神園を含む一軍女子グループと楽しい勉強会(中間テスト対策)を開くはずが、なぜか永瀬コーチのガチセミナーに参加させられた。神園本人ともろくに絡めておらず、まさに踏んだり蹴ったりだ。


 あまつさえ体育祭の騎馬戦ではうっかり敗北を喫し、兎和と松村をボウズにする機会をフイにしてしまった。


 よく考えると、どれもこれも元凶は兎和だ。

 クソ陰キャごときが調子に乗りやがって、忌々しい……。


「つーか、ボウズの件をシカトすんのは俺も賛成だけどよ。それであの二人が納得するのか?」


「兎和と松村がどう思おうと関係ない……雑魚どもとの約束なんて守る必要ねーんだよ」


 隣に座る酒井竜也が余計な口出しをしてきたので、ついキレそうになった。が、心の広い俺はグッと怒りを堪える。

 サッカー部内での影響力を維持するためにもコイツラは必要なので、むやみに反感を買うのは避けたい。


「でもさあ、松村のやつがあんな反抗的だとは思わなかったよな」


 続いて口を開いたのは、正面のソファに座っていたもう一人のメンバーである馬場航平だ。

 まったくその通り、と俺は思わず頷いた。兎和が生意気なのは今さらだけど、松村も大概ナメ腐ってやがる。

 せっかく派閥に加えて面倒みてやったのに、裏切ったばかりか敵対までしやがって。


「でも松村って、兎和とも揉めてるんだよね。二人で潰し合えばいいのに」


 呟くようなトーンで発言したのは、俺の隣で唐揚げを咀嚼していた中岡弘斗である。

 現在、Dチームでは派閥争いが禁じられている。特に大勢でゴリ押しするやり方はご法度だ。もし神園にバレてイジメ判定を受ければ、今度こそ外部に『機密情報(兎和を囲んだ件)』がリークされてしまう。


 一方、対等な立場での個人間競争までは禁止されていない。サッカーの性質上、それは避けられないからだ。

 要するに、公平な状況での衝突は容認されているのだ。したがって、ムカつく二人が潰しあう分には問題ないのである……と、そこで不意に素晴らしい作戦を思いつく。


「弘斗、ナイスアイデア。上手く誘導して、また兎和と松村をぶつけよう」


「いや、それは流石に無理があるだろ。松村がこっちの指示に従うとは思えん」


 訝しげな顔で問いかけてくる颯太に対し、俺はバカでも理解できるよう丁寧に説明する。


「松村は『兎和より俺の方が実力は上だ、自分がD1じゃないのはおかしい』と前々から主張していた。なら、その自尊心を利用してやれ――お前たちでまた松村を煽るんだ。兎和と決着をつけるなら力を貸すぞ、ってな」


 松村も俺たちも、揃って兎和が気に入らない。ならば、ここは一時共闘を申し込む。敵の敵は味方、という論法である。

 そして今回は、颯太を中心に作戦を実行する。不要な警戒心を抱かせないための措置だ。


「それで具体的な実行手段として、チーム内の『入れ替え戦』を利用する」


 兎和と松村をリーダーに据えた2チームで紅白戦を行い、勝利した方のメンバーをD1所属とするよう永瀬コーチに再考を求めるのだ。この際、味方はリーダーの指名と希望者で決定する。


 当然、俺の派閥は松村に力を貸してやる。D1所属メンバーの半数を擁しているのだから、もはや勝利は確実だ。


 その後、貸しをチラつかせて松村を再び支配下に置く――やはり俺の派閥メンバーがD1の大半を占めている以上、ヤツも言うことを聞かざるを得まい。逆らえばマトモにプレーできなくなるのは明らかだ。


 この作戦が成功すれば、二人同時に身の程を思い知らせてやれる。さぞやスカッとするに違いない。

 問題は、永瀬コーチの了承をどうやって得るかだが……実は、栄成サッカー部は『入れ替え戦』を実施していた過去を持つ。それを引き合いに出せば、コーチ陣を納得させるのも不可能ではないはず。


 もちろん画策したのが神園にバレたら面倒なことになるし、提案者は『厄介な選手』というマイナスイメージを周囲に与えてしまう。けれど、あくまで矢面に立つのは松村だ。


「こちらは徹底して、『個人の争いに巻き込まれただけ』というスタンスを貫く。ルールを破ったわけじゃないから、今度こそ何かトラブルが起こっても被害を受ける恐れはない」


「おお、さすが鷹昌。ハンパない悪巧みを思いつくじゃん」


 竜也に「人聞きの悪いことを言うな」と返事をしながらも、内心では自画自賛が止まらない。

 我ながら素晴らしい閃きである。自分は一切デメリットを負うことなく、調子に乗ったクソどもに制裁を加えられる。


 さて、久々に楽しくなってきたな――切り分けたハンバーグを優雅に口へ運びながら、俺は自然と上機嫌な笑みを浮かべていた。

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