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第57話

 入れ替え戦の開催が決定した当日の夜、早くもエントリーメンバーの発表が行われた。部員だけがログイン可能なHP上で発表があったのだ。


 僕は自室のベッドの上で、さっそくスマホからアクセスしてチェックする。

 さほど時間をかけず、第四試合にエントリーする『22名』の中に自分の名前を発見する。


 同グループの内訳は、D1・D2からそれぞれ11名、合わせて二チーム分(GK込み)のメンバーが選抜されていた。


 玲音と大桑くんも同じグループだったので、僕は思わずニンマリ。しかし、すぐに松村くんの名前を見つけてしまった。続けて白石(鷹昌)くん派閥のメンバーが半数を占めていることに気がつき、スンと真顔になる。


 先行きを考えると気が重い。

 リーダーの白石くんはCチームなので不参加とはいえ、仲間内でチームを組むと主張するのは明白。しかもここに、恐らく松村くんが加わる……昨日の部活終わりに、なにやら接触を図っていたのだ。


 いずれにしても、僕への不満が騒動の発端である以上、不愉快な展開が待ち受けていることは確実。

 そして残る陰キャ同盟と優等生連合のメンバーは、嫌でも協力せざるを得なくなるはず――そんな的中しても嬉しくない予想が、翌日の学校で現実のものとなる。


 午前の授業を終え、迎えた昼休み。

 第四試合にエントリーされた22名のメンバーは、ランチを大急ぎで胃袋におさめてから視聴覚室へ集合していた。


 目的は、入れ替え戦のチーム決め。

 人が集まった段階で、講演台に立つ主催者の松村くんが口を開く。


「時間も限られているし、そろそろ始めよう。これから、入れ替え戦・第四試合にエントリーされたメンバーのチーム編成について話し合いたいと思う」


 事前にDチームのグループチャットで周知されていた通り、議題に関する変更はない。次いで本題が切り出されるも、やはり予定調和的なシナリオを辿る。


「まあ話し合いといっても、実はここにいるメンバーの半数が同じチームでのプレーを希望している。だから、それ以外のメンバーにとってはただの通達になるけどな――みんな、前に出てきてくれ」


 松村くんの合図を受け、室内にいた半数のメンバーが立ち上がって前方にズラッと並ぶ。

 顔ぶれを確認すると、颯太くんや航平くんをはじめ、揃って白石くん派閥か関係の近いメンバーたちだった。


 案の定すぎる展開で、残された側にも驚く様子はみられない。

 どこかシラけた空気が漂う。そんな状況の中、列のセンターに陣取っていた小俣颯太くんが続けて発言する。


「悪いが、俺たちは松村に力を貸すことにした。こっちのメンバーはみんな、兎和がD1所属なのに納得していない。なので勝利した際は、兎和と松村の所属を入れ替えるよう永瀬コーチに直談判する。もちろん自分たちのアピール優先だけどな」


 ひゅっ、と思わず喉が鳴る。

 要するに彼らは、僕を引きずり下ろすために敵対したのだ。ここまでくると、自分でさえ『実力がD1に見合ってないのでは』と疑わしく思えてくる。


 もしかしたら、いつも足を引っ張ってばかりなのかも……と思考がネガティブループを発動しかけたとき、横にいた玲音が「落ち着け」と声をかけてくれた。


「なるほど、目障りな兎和を潰すために結託したわけか。ずいぶん勝手だな。これって、神園に禁止されていた派閥争いに該当しないか? そうなると、困るのは松村たちだと思うが」


 さらにここで、優等生連合のリーダー的存在である里中拓海くんが異を唱える。彼は被害者ともいえる立場なので、当然ながら納得するはずがない。


 それに、ごもっともな指摘だ。この件は、第三者の目には派閥争いと映ってもおかしくない……ところが、相手の考えは違うようだ。


「今回は全員が公平に競い合う形だから、ルールを破ったことにはならない。そもそも今の俺は、こいつらのグループに属しているわけじゃない」


「そーいうこと。あと俺らは、兎和の実力を認めてないだけだし。確かに嫌いだけど、別にイジメてるワケじゃねーから勘違いすんなよ」


「兎和に対して同じ疑問を抱く者同士、一時的に協力するだけだ。不本意だがな」


 松村くんと馬場航平くんが、口々に屁理屈を並べて反論してきた。僕が気に入らないのが丸わかりだ。少しは隠す努力をしてくれ。


 その後、颯太くんの「まあ、お互い頑張ろうぜ」という捨てゼリフに合わせて、彼らはゾロゾロと視聴覚室を出ていった。 


「ずいぶんと嫌われたものだな」


「ぐふぅ……いったい僕の何がそこまで気に食わないのか……」


 フォローなのかトドメなのか、どちらとも取れる玲音の言葉に胸を抉られる。

 ここまで目の敵にされるなんて、僕ってヤツは相当に性格が終わった人間なのかも……と再びネガティブループが発動しかけたとき、意外な人物からのフォローが飛んできた。


「嫌われるも何も、あれは完全に逆恨みだろ。兎和と神園の関係に嫉妬して、実力がどうのとイチャモンをつけてるんだよ」


 言って、呆れたようにため息をつく里中くん。

 心温まるフォローを受け、僕のメンタルは少し回復する。おかげで、少し思考が冴えてきた。


 松村くんたちの行動は、僕と美月の関係に対する嫉妬が動機となっている……玲音を除くDチームメンバーには、美月本人が『ただの友人だ』と以前伝えていた。


 加えて、最近は『三浦千紗さん(慎の彼女)との交友がメインで、じゃない方の白石くんはおまけにすぎない』という認識が校内で広まっていた。


 それでもなお、嫉妬の火の粉がふりかかってくるなんて。

 時が進むにつれて、美月が放つ魅了の力は強さを増していくみたいだ。


「じゃあ、ここにいるメンバーでの話し合いを続けよう」


「そうだな。いい加減、松村どもに振り回されるのはウンザリだ。ここで勝利を掴んで、逆に痛い目をみせてやる」


 玲音と里中くんは、早くも思考を切り替えたらしい。同時に互いに手を取り合うことを前提として、作戦会議の継続を宣言する。

 さすがの決断力。双方とも、グループの中心人物だけのことはある。


「では、先ずは俺たち『兎和チーム』の方針を決めよう」


「――ぶほっ!?」


 僕は盛大に吹き出した。里中くんが予想外のチーム名を口にしたのだから、取り乱さない方がむしろ難しい。


「あの……チーム名、別のにしません?」


「ことの発端は兎和だし、ぴったりだろ。つーか、せめて矢面に立て。俺たちだって、神園と親しいお前を妬んでいるのは同じなんだぞ」


「ひえっ!?」


 意味深な笑みを浮かべる里中くんをはじめ、他の優等生連合メンバーからも『そうだそうだ』と文句が上がる。どうやら彼らも、美月の魅力に取り憑かれてやまないようだ。


 そんなわけで、今回の入れ替え戦は『兎和チームVS松村チーム』と銘打たれることになった。甚だ不本意ながら。


「では改めて、我われ兎和チームの方針を話し合おうじゃないか」


 玲音が司会進行を引き継ぎ、チーム会議スタート。

 さしあたって、僕たちはフォーメーションを確認する。その結果、全員が希望するポジションでプレー可能と判明した。


 もともとD1とD2から、それぞれ同じポジションのメンバーが1名ずつ選ばれていた。そのうえ松村くんたちは、チーム結成の際にきちんとポジションを考慮したようだ。それにしても上手いことバラけたものである。


 次に戦力差をチェックする。

 相手は、颯太くんを筆頭にD1所属のメンバーが半数以上。対してこちらのD1所属メンバーは、僕と玲音、加えて里中くんの三名のみ。

 順当に行けば、松村チームの優勢は揺るがない。


「質問がある。兎和、お前が実堂戦で見せた『ドリブル突破』は再現性のあるプレーなのか? それとも、皆が言うようにただの偶然だったのか?」


「あれは……」


 里中くんの質問にどう答えるべきか悩む。現在の僕が全力を発揮できるのは、複数の要因が重なった時だけ――集中の度合い、合図を出す美月とのプレーヴィジョンの共有、チーム環境、他にも自分でさえ把握しきれていない変数が存在する。


 したがって、確実なことは何も言えない。

 とはいえ、最近は『東京ネクサスFC』さんのゲーム練習に参加している成果か、プレーに対する抵抗感が若干和らいできている。


 全力が『100』だとしたら、部活でも体感的には『40』くらい発揮できていると思う。

 あとは美月さえ観戦に招待できれば……この問題に関しては、実現の見通しが立っていたりする。


 栄成サッカー部は学内でもダントツで優遇されているため、成果を内外に示すべく試合観戦が自由(栄成高校の関係者限定)となっている。


 そして入れ替え戦は土曜に開催され、試合日に指定されている。すなわち、生徒であれば観戦可能なのだ。

 すると、ここでようやく返答がまとまる。


「多分だけど、やれる可能性は高い!」


「多分って……頼りねえなあ。後になって、やっぱ偶然でしたとかやめてくれよ」


 繰り返し言及があったように、実堂戦における僕のプレーは『単なる偶然』で片付けられていた。だから、里中くんも不安なのだろう。


 ともあれ、D1所属の僕たち三人を主軸に、ひいては僕の突破力を活かす形でゲームプランを練っていく――こうして陰キャ同盟と優等生連合は、期間限定ではあるもののガッチリ手を取り合うことになった。


 同日の放課後から、さっそく共闘の影響が表れる。

 部活が始まり次第、僕たち急増イレブンはできる限りトレーニングを一緒にこなしていく。少しでも戦力差を埋めるべく、連携強化に努めた。


 だが、やはり準備期間は短く、あっという間に入れ替え戦の当日を迎えてしまう。

 さらに、出番である第四試合のキックオフが目前に迫ったとき、僕は人工芝ピッチの上で午後の陽差しを浴びながら半ば気絶していた。

 先ほど確認したスマホに、こんなメッセージが届いていたせいだ。


『ごめんなさい。私用が長引いちゃって、約束の時間に間に合わないかも。最悪、兎和くんだけでどうにか頑張って!』


 ピッチサイド常設の観戦エリアでは、男女問わず複数の生徒が応援の声をあげていた。ところがその中に、学内トップ美少女たる美月の姿はなかったのである。

 もしかしてこれ、マズい展開じゃない……?

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