目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第62話

 僕が胃薬を買って喫茶店へ戻ると、険悪だったはずの美月と加賀さんが打ち解けた様子で言葉を交わしていた。

 思わず目を丸くした。いったいどうして……すぐにピンときた。恐らく、留守にしていた間に何かあったのだ(迷推理)!


「なんか仲悪そうだったのに、すっかりいい感じだね!」


「兎和くん、そういうことは口に出さなくていいの……」


「兎和くん、女子の交友関係に口を挟むとろくな目に遭わないよ……」


 笑顔でサムズアップする僕に、美月と加賀さんから一斉に非難の声が飛んでくる。

 明るい空気をさらに盛り上げたかっただけなのに……しかしこれ以上怒られたくないので、口を閉じてソファに座りつつ隣の美月へ胃薬を差し出した。


「ありがとう。すぐに良くなると思うから」


 そんな言葉通り、薬を飲んで30分ほど経つと美月の体調は歩けるほどに回復する。

 以降は喫茶店を出て、コスメや雑貨、アパレルショップなど、胃に負担のないウィンドウショッピングを楽しむ。どれも女子二人が興味を示した店ばかりだった。


 黒一点の僕はというと、大人しく彼女たちの後をついて回った。時おり飛んでくる「これどう思う?」の問いに対しては、「うーん、いいと思う」と返答して事なきを得る。

 妹の教育の成果を遺憾なく発揮できたと自画自賛である。


 喫茶店に入る前までが嘘のように穏やかに過ごせた。おかげで、あっという間に街の明かりが灯る頃を迎えていた。

 すると、加賀さんがこんなことを言い出す。


「もうけっこういい時間だね。そうだ、帰る前にプリクラとっていこう!」


「え、プリクラ……?」


 未知の単語が飛び出してきた……プリクラって、目がバカデカく映るプリントシール機だよな?

 完全無欠の初体験。ヤバい、なんだかワクワクしてきた。どうせならバチバチに盛った僕の写真を家族へのお土産にしたい。きっと妹は大爆笑するぞ。


「美月は撮ったことあるの?」


「中学のときに何回かね。でも、制服では初めてなの……」


 ゲームセンターとは明らかに無縁な美月だが、友人たちと以前テーマパークを訪れた際にプリクラを体験したそうだ。それでも放課後というシチュエーションは初体験らしく、どこか緊張しているようだった。


「いつもバスケ部の皆と行くゲーセンがすぐ近くにあるから、そこでプリクラとろ!」


 持ち前の爽やかな笑顔を取り戻した加賀さんの先導で、僕たちは最寄りのゲームセンターへ向かった。

 店舗の自動ドアをくぐった途端、騒音が耳を打ち、独特の匂いが鼻を刺激した。前に僕一人で訪れた際には即Uターンしたけれど、本日は我慢してフロアの奥へ足を進める。


「これこれ、超盛れるんだよ! あ、でも美月ちゃんは逆に盛れすぎて映り悪くなっちゃうかも」


「そうなの? それはそれで面白そうね」


 お気に入りの筐体を指差す加賀さん。

 かなり盛れるらしい。タダでさえ大きな美月の瞳がどうなってしまうのか、大変興味をそそられる。


 割り勘(僕は気持ち多め)で硬貨を投入し、タッチパネルを操作する。続いて美月を真ん中に置き、アナウンスのカウントダウンに合わせてポーズを決めた。


 何度か撮り直すうちにノッてきた僕は、ワイルドさを演出するためワイシャツのボタンに手をかけた……が、美月に「すぐ脱ごうとしないの」と注意されて断念した。


 撮影後の落書きはスペース的に遠慮する。ついでに「次は女子二人で撮るから」と加賀さんに言われたので、僕は時間を潰すべくふらりと店内を巡ることにした。

 すると、あるクレーンゲームの景品に目が留まる。


 まあまあ大きなウサギのぬいぐるみが、三日月を抱きかかえている……何となく美月を連想した。

 しかも筐体のアクリル板に顔を近づけて位置を確認してみると、ウサギの体が半分ほど落とし口へはみ出ていることに気づく。


「簡単に取れそうだし、やってみるか」


 僕はさっそく500円を投入し、小学生ぶり(遊園地のゲームコーナーで体験済み)にクレーンゲームのスティックを握った。しかし、すぐ罠にハマったと思い知る。


「おいおい、アームが虚弱すぎんだろ……」


 景品のサイズ的に掴むのは難しい。したがって、選択肢は押して落とすのみ。ところが降下したアームは、ぬいぐるみに押し返されてへにゃんと曲がってしまう。

 どんだけ根性ないんだよ……僕は毒づきながら、追加でもう500円を投入する。


「ぐぬぬ……」


 あと数センチずらせばゲットできるのに、1000円入れてもなお標的は微動だにしない。

 僕のアーム操作だって悪くない。きちんと狙ったところへ行っている。だから、これはやはりゲーセンサイドの策略なのだ。


「あ……」


 その時、こちらを見ていたゲーセンの男性スタッフとアクリル板越しに目が合う。

 ニヤリ、と笑っていた……どうやら僕は、彼の手のひらでコロコロされるだけのカモらしい。これ以上ムダな出費を重ねるのも気分が悪いので、ここらで撤退するか。


「よろしければ、景品を取りやすい位置に動かしましょうか?」


「わっ!? ……え、いいんですか?」


「もちろんです。どうぞ、これで頑張ってみてください」


 諦めようとしたその矢先、例の男性スタッフに声をかけられる。いつの間にか背後にいてちょっとビビった。

 それから彼は、狙っていたぬいぐるみを移動させた。標的は、もはや軽くつつけばゲットできそうな状態である。


 これは勝ち申した。闘志を取り戻した僕は財布を取り出し、再びアームを操作する。最終的に1000円ほどの追加投資を経て景品をゲットした。


 あれ、けっこうかかったな……僕ってクレーンゲーム下手なのかも。

 ともあれ、お目当てのぬいぐるみを抱えて美月たちのもとへ戻る――すると、のんきに別行動していたことを後悔するような場面に出くわした。


「ねえ、いいじゃん。ガチで一目惚れしたんだって。頼むよ、SNSのアカウントでいいから教えてよ」


 美月と加賀さんが、プリクラコーナーの境目で他校の制服を着た男子三人に絡まれていた。

 考えるまでもなくナンパだ。相手は行く手を塞ぎながら声をかけており、無視されていようがお構いなし。


「美月、加賀さん、ごめんっ!」


 僕は即座に駆け出し、両者の間に割って入った。背後の美月にぬいぐるみを手渡してから、改めてナンパ野郎どもと対峙する。


「兎和くん、戻ってきてくれてよかった。いま連絡しようと思っていたところなの。ちょっとしつこくて……」


 美月が言うには、かなり厄介な三人組らしい。彼らは『男性のみのご利用お断り』のプリクラコーナーに侵入しているわけじゃないが、スタッフに見つかったら一発アウトな状況で異様な粘りを発揮していた。

 いずれにせよ、目の前から即刻ご退場いただこう。


「あの、迷惑なのでどこか行ってもらえますか? 本人たちも嫌がってますんで」


「なんだお前、彼氏……なわけないか。なんでもいいけど邪魔するな。俺はいま、運命の恋を見つけたんだ」


 僕は退散を促すものの効果はない。とりわけ相手側の中央にいる男子が前のめりで、髪の長い彼女(美月)に一目惚れしたと主張して譲らなかった。

 他の二人も、「ショートカットの子もレベル高い」や「断然髪の長い方でしょ」などとふざけた発言を繰り返している。


 あまりにも失礼で、さすがの僕もブチギレそうだった。右ストレートをお見舞いしてやろうか、と反射的に拳を握りしめたほどだ。

 しかし、背後にいる女子二人の安全を考えると無茶はできない。穏便な方法でこの場を切り抜ける必要がある。


 いっそ大声だしてスタッフを呼ぶか、と。

 僕が方針を定めたそのとき、親しい人物が視界に飛び込んできた。


「お、兎和じゃん! どうした、もしかして揉めごとか?」


「やっほ。志保、美月ちゃん!」


 僕の名前を呼びながらこちらへ向かってくるのは、慎と三浦(千紗)さんだった。その後ろには、以前カラオケ会で同席した他のバスケ部メンバーの姿もある。

 彼らはそのままこちらに合流した。続けて女性陣を背中で隠すように布陣して、ともにナンパ野郎どもと向き合ってくれた。


「それで、こちらは兎和のお友達?」


「いいや。お引き取り願っているんだけど、話を聞いてくれなくて」


「くっ、ゾロゾロと……邪魔すんなっての。俺はただ一目惚れしただけなんだから」


 倍以上の人数と対峙してもなお、相手は引き下がろうとしない。するとバスケ部メンバーの一人、中川くんが指さして言う。


「その制服、明宝高校の生徒だろ? 迷惑行為で学校に通報すんぞ」


「ちょ、それはズルいって……」


 流石に学校へ通報されるのはマズいと感じたのか、ナンパ野郎どもはようやく怯んだ様子を見せ始めた。

 そこで僕は、追い打ちをかけるべく「お店の人を呼んでくる」と告げた。


「……ちょっと声かけただけで大騒ぎしすぎだろ」


 そんな捨て台詞を残し、ついに厄介な三人組は背を向けてその場を離れていく。

 よかった。慎たちのおかげで無事に撃退できた……それにしても、明宝高校か。最近その名を部活で耳にしたばかりだったから、妙な因縁を感じるな。


 ともあれ、奴らが本当に諦めたのか確認できるまでは気を抜くべきではない。トラブルを退けたことでハイテンションになった皆から少し離れ、僕は一人でフロアの様子をうかがう。


「兎和くん、守ってくれてありがとう」


 ややあって、僕は安全が確保されたと判断してホッと一息つく。そしてその直後、ぬいぐるみを抱えた美月が近寄ってきて、笑顔でお礼を言ってくれた……けれど、こちらこそ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 不用意に彼女たちのもとを離れるべきではなかった。そうすれば、ムダな争いを避けられたかもしれない。


「本当にごめん。僕が何も考えずクレーンゲームに熱中していたばっかりに……」


「そんなにこのぬいぐるみが欲しかったの?」


「あ、うん。三日月が、なんか美月っぽいかなって……だから、それあげる」


「え!? いいの?」


 どうにも気恥ずかしくなり、僕は「うん」と頷きつつ顔を背ける。すると偶然、加賀さんに声をかけている中川くんの姿が目に留まった。

 そういえばあの二人、カラオケ会のときも仲良さそうだったよな。


「ねえねえ」


「わっ!?」


 ちょいちょいと袖を引かれ、僕は顔の向きを戻す。同時に美月が、ぬいぐるみを目の前へ突き出してきた。加えて、まるでそいつがしゃべっているみたいに小刻みに揺らす。


「ありがとう、すっごく嬉しい! ふふ、ウサギと月。とってもカワイイ」


 どうやら気に入ってくれたらしい。日頃からお世話になりまくっているので、少しでもお返しできたのなら僕も大満足だ。今なら追加投資をして良かったと心から思える。


 その後、改めて慎と三浦さんたちに助力のお礼を告げた。彼らは部活終わりにちょっと遊んで帰るつもりだったという。そこで、ばったり遭遇したわけだ。


「そうだ、せっかくだし皆でプリクラとって帰ろう!」


 三浦さんの提案により、僕たちは再びプリクラを撮ることになった。

 無理やり全員で撮影スペースに入り、騒ぎながらポーズを決める――こうして、久しぶりに完全部活オフとなった休養日は過ぎていく

 予想外のハプニングもあったけれど、僕にとっては非常に思い出深い放課後となるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?