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第63話

 夏の気配がますます強まる6月上旬。

 季節の移ろいとともに、部活動にも新たな展開が訪れた。最近、僕たちDチームのトレーニングメニューに応援歌(チャント)の練習が追加されたのである。


 栄成サッカー部は伝統的に、『指定された試合以外の応援は自由参加』という特色を持つ。

 応援に動員して一日費やすより、少しでも多くの時間を練習に充てることを優先しているのだ。


 では、どんな試合に応援として動員されるのかといえば、それは指導陣や顧問の先生が適宜判断している。基本的には、主要大会や予選のセミファイナル以上、リーグ優勝に勝敗が直結する場合などがメインだ。


 したがって、Dチームが応援歌を練習している理由も自ずと導かれる……つまり、プライオリティの高い試合が間近に迫っているのだ。


 実は来たる今週末、我らが栄成サッカー部のAチームが『関東高校サッカー大会・準決勝』に挑む。

 関東高校サッカー大会――文字通り、関東8都県に所在する高校がエントリーする公式戦の一つだ。


 エリア予選を勝ち抜いた男子16チーム、女子8チームが集まり、トーナメント形式で激突。頂点に立ったチームが、その年の『関東王者』の栄冠を手にする。

 また60年以上の歴史と伝統を誇る大会であり、毎年ハイレベルな戦いが繰り広げられることで知られている。


 加えて、Aチームは全国高校総体、いわゆる『夏のインターハイ・東京予選』のトーナメントでも順調にコマを進めている最中だ。


 ともあれ、ビッグタイトル獲得を目指すAチームの戦いを後押しすべく、部をあげての応援が決定されたのである。


 声出しは苦痛だが、僕はちょっとワクワクしている。

 部内では『関東大会・予選での応援は上級生のみ』と定められていた。そのため、トップチームのガチ試合を見学するのはこれが初めて。一人のファンとして、どんなサッカーが展開されるのか今から楽しみだ。


 そんなこんなで時は流れ、あっという間に関東高校サッカー大会・準決勝の当日を迎える。


 会場となるのは、千葉県市原市にある『ゼットエースタジアム』。かつてJクラブが本拠地として使用していた天然芝の競技場だ。


 キックオフは13時(予定)。その1時間前を到着の目安とし、僕たち栄成サッカー部は電車で最寄り駅へ向かう。そこから会場までは、学校側が手配したマイクロバスでピストン輸送される。


 スタジアムに到着後、薄雲の広がる青空の下で横断幕の設置作業を手分けして進めた。ピッチでは選手たちがアップを行っており、上級生たちは早くも声援を飛ばしている。


 試合の開始時刻が近づくにつれ、栄成サイドの観戦エリアには続々と人が集まってくる。部員の家族や友人などの関係者が集結し、最終的に300人近い大応援団が編成された。


 準決勝の対戦相手は、埼玉県の強豪校として名高い『政智高校』。その応援団は、電光掲示板を挟んだ反対側のスタンドに陣取っている。


「ずいぶん楽しそうだな、兎和」


「あ、わかる?」


 準備がほぼ整い、応援団の最後方で選手たちの再入場を待ちわびていた。すると隣の玲音から、内心を見透かしたような言葉が飛んでくる。

 ヒマさえあればスマホで動画を漁るほど、僕はサッカー観戦が好きだ。まして本日は身近な先輩たちの活躍が見られるとあって、朝からずっと楽しみにしていた。


「ちなみに、注目のプレーヤーはいるのか?」


「もちろん! 左SHの相馬淳(そうま・あつし)先輩のプレーに期待だね!」


 相馬先輩は我が校のエースとして有名で、サッカー情報専門のウェブメディアから取材を受けるほどの実力者だ。

 なにより僕と同じポジションの選手なので、少しでも良いプレーを吸収できればと思って注目している。


 それから程なくして、試合開始を告げるアナウンスが響く。

 会場のボルテージも急上昇。両チームの応援団はチャント合戦を繰り広げながら、ピッチに入場する選手たちを出迎えた。


 白のユニフォーム(アウェイ)を着用する栄成高校。

 青のユニフォームを着用する政智高校。


 整列を終え、両チームのイレブンがスタートポジションに向かう。ややあって、時計の針が13時を指し示す。

 同時に、甲高いホイッスルの音色が尾を引きながら青空へ吸い込まれていく――関東高校サッカー大会・準決勝、『栄成高校VS政智高校』がキックオフ。


 試合は、政智ボールで始まった。

 まずはディフェンスラインにバックパスが送られ、次いで相手陣内へ走り込む味方にあわせてロングフィードが放たれる。


 その後、互いにロングボールをクリアしあう展開が続く。数分が経過すると、ようやく落ち着いたパス回しが見られるようになる。

 そして先にイニシアチブを握ったのは、栄成の方だった。


「うわ、ナイスプレー……つか、先輩たち皆めっちゃ上手くない?」


 僕は思わず玲音に声をかけた。

 端的に言って、栄成のパス回しは洗練されていた。少ないタッチでテンポよくボールを回し、ハイプレスを仕掛けてくる相手を逆に翻弄している。


 そのうえ個人技にも優れており、ときにはマークを剥がして新たなスペースを生む動きまで見せてくれた。


 特にテクニックが際立っているように思えたのは、チームの核たるこの五名の先輩方。

 キャプテンマークを巻く、CBの荻原剛志(おぎわら・たけし)。

 攻守において献身性を発揮する、DMFの本田直哉(ほんだ・なおや)。


 巧みなポジショニングでボールを引き出す、OMFの森島遥人(もりしま・はると)。

 豊富な運動量でチームを鼓舞する、右SHの川村哲也(かわむら・てつや)。

 栄成のエースかつ快速ドリブラーと名高い、左SHの相馬淳。


 実際に先ほども、荻原先輩がボールを受けると同時に華麗なターンを決め、襲い来るプレスをいなしながら鋭い縦パスを繰り出していた。


 さらにボールは中盤の底の本田先輩を経由し、ライン間に立って政智ディフェンス陣を困らせる森島先輩の足元におさまった――かと思えば、すかさず最前線のスペースにスルーパスを放ったりするなど、得点には至らずとも目立った活躍を披露してくれている。


 おまけに両SHがバンバン裏抜けを狙うものだから、時間が経つにつれて相手は自陣へと押し込められていく。

 やがて栄成は、完全に試合のペースを握ることに成功する。


「うちって、かなり強い……?」


「そりゃ当然だ。先輩たちのチームは、近年で最高レベルって話だからな」


 玲音いわく、今のAチームは栄成サッカー部の歴史の中でもかなり有望らしい。

 通りで強いわけだ……我が校は『新進の強豪』なんて噂されているが、その実力は全国区の名門校と比較しても遜色ないように思えた。


 肝心の試合の方は、危なげなく『3-0』でうちが勝利した。しかも僕注目の相馬先輩は『1ゴール1アシスト』の大活躍。


「俺たちも2年後……いや、来年にでもあのレベルまで到達しなければな。ゆくゆくは過去最高のイレブンとして栄成サッカー部の歴史に名を刻み、俺と兎和は左サイドの『ゴールデンコンビ』として長く語り継がれることになるだろう」


 鼻息を荒くして意気込む玲音。

 流石に来年は急ぎすぎな気が……それはともかく、これで栄成サッカー部・Aチームは決勝戦へと駒を進めた。


 そして、翌日。

 再び応援に駆け付けた僕たちは、歓喜の瞬間を迎える。


 決勝戦の相手は、茨城県代表の『秀陽学園』。全国高校サッカー選手権(冬の高校サッカー)で、かつて『ベスト8』に進出したことのある古豪だ。


 試合はアンラッキーなクリアミスから失点し、立ち上がりから相手を追う展開となった。しかし前半28分に相馬先輩が同点弾を叩き込み、続く36分には森島先輩が勝ち越し点をあげる。


 さらに後半に2点を追加し、最終スコア『4-1』で勝利――栄成サッカー部は、めでたく『関東王者』の栄冠を手にしたのだった。


 試合後は、勝利チャントに合わせて大騒ぎした。それから大会の締めくくりとして、優勝旗とトロフィーを掲げての記念撮影が実施された。写真はネットや各種メディアで掲載されるそうだ。


 まだまだAチームの快進撃は止まらない。

 翌週末に開催されたインターハイ予選でも、盤石の試合運びで対戦相手を寄せ付けず圧勝。その注目度は、学内外で急速に高まっていく。


 この活躍に触発され、栄成サッカー部全体の熱量も日に日に高まっていく。夏へ向けて上昇を続ける気温さながらのアップテンポ具合だ。


 そして6月も半ばを過ぎた頃。

 僕たちDチームも、待望の『ユニティリーグ東京・第2節』の開催日を迎える。


「いいか、絶対に勝つぞッ!」


 この日の会場は、大沢総合フィールドだった。

 僕としては馴染み深い場所で、もはやホームと言っても過言じゃない。


 また同日に複数の試合が予定されており、午前中にもかかわらず他校のジャージを着たサッカー部員の姿が多く見かけられた。

 そんな環境の中、何度も意気込みを語る里中くん。


「おい兎和、聞いてるのか? 今日は絶対に勝つぞ! お前のドリブルに期待しているからな!」


 彼は先ほどから、栄成に割り当てられた準備エリアで熱意を迸らせまくっている。理由は、Aチームに刺激をうけたから……という以外にもう一つあって。

 実は本日の試合、入れ替え戦で勝利した『兎和チーム』がそのままスタメンに選ばれていた。


 永瀬コーチによれば、余計な騒動を起こした罰の意味合いもあるらしい――とはいえ、里中くんたちにとっては大チャンスに変わりない。この機会に、お仲間である優等生連合のメンバーを少しでも多くスタメン(D1)に定着させたいと考えているのだ。


 だから、朝からやる気がスゴイのなんの……正直、ちょっと耳が痛いくらいだ。

 そんなわけで、準備を整えた僕はその場を離れた。暑苦しい雰囲気に耐えかね、気分転換すべく散歩に出かけたのである。


 ところが、程なくして。

 僕は思わず足を止めてしまうような場面に出くわした。


「うはっ、ボウズとかマジないわ。どうしたんだよ、松村」


「マジでダサくて笑える。しかもお前、栄成でスタメン取れなかったんだろ? アレだけイキってたクセに。ねえ、今どんな気持ち?」


 松村くんが、明宝高校のネーム入りジャージを着た三人組にウザ絡みされていた。

 というかアイツら、この前ゲーセンで美月と加賀さんにチョッカイをかけてきたナンパ野郎どもじゃないか……明宝の生徒だと聞いていたが、まさかサッカー部でもあったとは何たる偶然だ。


 さらに驚くべきことに、本日の対戦相手はまさにナンパ野郎どもの所属する明宝高校となっていた。

 なんだか妙な因縁がついてしまったな……ともあれ、今はこの状況への対処が先だ。

 どうやって騒ぎを仲裁するか、僕はその場で思考を巡らせた。

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