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第66話

 タイムアップを告げる長い笛の音が響く。

 整列と観客への挨拶を済ませ、汗だくになった僕は思わず膝に手をつく。


 今回もかなり走った……明宝高校との一戦は、最終スコア『5-0』で栄成高校の勝利となった。


 目指していた以上の快勝である。

 僕の成績は『2ゴール・2アシスト』。ハッキリ言って、出来すぎだ。

 前半の早い時間にドリブル突破から1ゴール目、玲音とのパス交換から抜け出して2ゴール目。


 再び玲音からのスルーパスから裏に抜け出してクロスを送り、大桑くんが頭であわせて1アシスト。さらにカウンターからパスを繋ぎ、サイドから送ったマイナス気味のパスに里中くんがダイレクトで合わせて2アシスト。


 試合を通して栄成の左サイドはノリノリだった。得点は美月のおかげだが、アシストに関しては普通に流れの中から生まれたプレーだ。

 個人的には、50パーセント(美月の合図時を除く)くらいの力を発揮できたような気がする。


「はぁ……はっ……クソ、クソっ……」


 少し離れた場所で、池田がピッチに膝をいて力なくうなだれている。彼は明宝の右SBとしてスタメン出場し、偶然にもマッチアップする形となった。

 正直、チンチンにされていたので途中交代すると思っていたが、最後までプレーしていた。


「池田くん、栄成でスタメンを取るのは簡単じゃないって理解してもらえた……?」


 僕が近寄って声をかけると、池田はガクッと肩を落とす。

 顔面蒼白である。追加で『美月に近づくな』とか言うつもりでいたけれど、これ以上の追撃は不要だろう。彼の仲間の二人(ナンパ野郎)も意気消沈といった感じだ。


「……あんた、名前は?」


「僕は、白石兎和」


「そうか……今年の栄成にはJリーグのユースあがりが入部したって……なんだよ、お前だったのかよ……」


 それは僕じゃない方の白石くんだよ……いずれにしろ、池田もこれで懲りただろう。今後は、嫌がる相手に余計なチョッカイをだすんじゃないぞ。


「兎和、バモォォオオス!」


「ぐわっ!?」


 歓喜の叫びを上げた玲音が背後から飛びついてきた。

 大勝に高揚しているのは僕も同じだったので、笑顔ではしゃぎながら左サイドの相棒の頭をポコポコ叩いてお返しする。


「早くもゴールデンコンビの片鱗を示せたな! これからもっと連携を深めていくぞ!」


「うん! 頼りにしているよ、玲音!」


 僕と玲音は『兎和チーム』でプレーするようになって以降、コンビネーションがずいぶんと向上している。本日も試合中に何度もパス交換を行い、共に明宝ディフェンスを苦しめた。


 もちろん、中盤で動き回ってサポートしてくれる里中くんの貢献あってこそだ……そんなゲームキャプテンを務めた彼は、勝利したにもかかわらずピッチに突っ伏していた。

 疲れ果て、力尽きている。最近よく目にするセミの死骸状態だ。


 僕は里中くんの頭をポンポンと叩き、感謝の気持ちを伝えた。

 その後、ベンチに戻って豊原監督と永瀬コーチからお褒めの言葉をいただく。それが終わるといったん解散し、学校で再集合することになった。


 学校で何をするかといえば、普通にトレーニングである。もちろん試合に出場したメンバーは別メニューだが。

 それはそうと、他校の試合がまだ残っている。栄成サッカー部・Dチームは締めの円陣を組み、ベンチから速やかに撤収するのだった。


 続いてジャージに着替えた僕が向かう先は、スタンドの片隅。

 玲音を誘い、応援に駆け付けてくれた美月たちと合流する。


「お疲れ様、兎和くん。山田くんもね」


「兎和くん、今日もすごかったよ! ナイスプレー! 山田もサッカー上手いね!」


 試合中、美月はA組の同級生女子たちと一緒だった。しかし今は周囲に、加賀さんと涼香さんの姿しか見あたらない。


「応援ありがとう。他の女子は……?」


「みんなファミレスに行ったわ。その後カラオケの予定だったから、私たちは遠慮したの」


 二人ともこのあと用事があるそうだ。

 では、なぜこの場に残っていたかというと、美月が作ってくれたお弁当を食べるため。うちの母直伝のレシピを再現したらしく、試合後に味見する約束をしていた。


 そんなわけで、さっそくランチタイムへ突入する……その前に、どうしても気になることを僕は問いかけた。


「……今日、どうして涼香さんこんな静かなの?」


「こうしていると、涼香さんって近寄りがたい雰囲気がでるでしょ? だから人よけのために口を閉じてもらっていたの。でも、もう大丈夫そうね」


 はいこれ、と美月は手持ちのポーチからカードを取り出した。

 何か聞くまでもない。ソシャゲに課金するためのアレだ……玲音と加賀さんは何が始まるのかと訝しげに見ているが、よく一緒に行動する僕にとっては見慣れた光景である。


 なんならこの先の展開も容易に想像がつく。


「ぷはあっ、美月ちゃんはよ! 限定キャラが私を呼んでいるッ!」


「はいはい。ご苦労さまでした」


 久々に口を開いた涼香さんは、美月から奪うようにカードを受け取る。そして案の定、流れるようにソシャゲを立ち上げて課金していた。

 やり込んでいるタイトルのイベントが開催されているそうで、爆死がどうのと大騒ぎしている。


 いい大人が目を血走らせてソシャゲにハマる様を眺めるのは、いつだって微妙な気持ちになるな……初体験の加賀さんと玲音にとっては、なおさら奇妙な光景に映ったみたいだ。


 唖然とするのも無理はない。クールビューティーが口を開いた途端に生粋のニートへ変貌するなんて、誰も思いもしないだろう。

 僕でさえ、いまだに外見と中身のギャップで頭バグりそうになるし。


「あ……」


 涼香さんを直視するのはやめよう、と僕は視線を逸らした。すると今度は、ピッチサイドを一人で歩く松村くんの姿が目に入る。

 そういえば、試合中に声援をもらっていたっけ。お礼を伝えそこねていたな。


「悪い、ちょっと行ってくる」


 僕は一言断ってから松村くんのあとを追い、背後から「待って」と声をかけて引き止めた。

 どこか不機嫌そうに振り返った彼の目元は少し赤かった。まるで泣いたみたいに……まさか、また絡まれたのだろうか?


「もしかして、また池田くんたちと揉めたり……?」


「アイツらは目も合わせずに帰っていったぞ。それで、なんの用だ?」


「お礼を言いたくて……試合中、声、聞こえたよ。応援ありがとう」


 僕は感謝の気持ちを伝えながら、松村くんに右手を差し出す。


「その、これから仲良くしてくれたら嬉しい。また一緒にパス交換しよう」 


「バーカ、誰が仲良くなんてするかよ……俺たちはチームメイトなんだから、この先パス交換することなんていくらでもあんだろ」


 握手せずに、松村くんは去っていく。

 少し残念ではあるが、彼の言う通りだ。今後、共にボールを蹴る機会なんていくらでもある。別に仲が良くなくても、一緒にサッカーはできる。


 僕はなんとも言えぬ充足感を抱え、美月たちのもとへ戻る。それから、試食と思えぬ量のお弁当をぺろりと平らげるのだった。大変美味でした。


 そして、翌日

 部活の開始前に、永瀬コーチがDチームメンバーに対してある発表を行った。


「白石兎和、山田ペドロ玲音。二人は今日からCチームへ移動だ」


 あの、まだ松村くんと一緒にボール蹴ってないんですが……?

 僕は思わず眉をしかめる。頭上を覆う曇天の梅雨空みたいに、なんともスッキリしない気持ちを覚えるのだった。

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