絶不調にも程がある……高校に進学してからというもの、何一つうまくいかない。
ファミレスのソファ席に座る俺、白石鷹昌は、荒々しくイカのフリットにフォークを突き立てながら口を開く。
「……最近、ぱっとしねーな。せっかくの夏休みなのに部活ばっかりだしよ。なんか面白い話ねーの?」
夏休みに入り、はや数日。俺は部活後にいつもの4人を連れ、学校近くのファミレスを訪れていた。それぞれの前には、ドリンクバーのグラスと小腹を満たすための軽食が並んでいる。
「いや、こっちもろくに遊べてねーし。高校の部活がこんなに忙しいとは思わなかったぜ」
時刻は夕方前ということもあり、店内の人影はまばらだ。おかげで、正面に座る小俣颯太(おまた・そうた)の声がハッキリ聞こえてくる。相変わらずの陰気な表情と口調に余計うんざりさせられた。
この頃、胸にかかる不快なモヤが一向に晴れない。なぜ俺が、こんなにもイライラしなきゃならないんだ。
思えば、『あの一件』を境に順調だった人生が狂い始めた――ジュニアユース時代、ついクラブスタッフを殴り飛ばしてしまった。おまけに相手は倒れ方が悪く、腕を骨折してしまった。
正直、完全な不運だ。手を出すに値する理由があった。俺は当然のことをしただけで、何の非もないはずだった。それにもかかわらず、クラブに全責任を押し付けられてしまったのだ。
その結果、理不尽にも栄成高校への進学を余儀なくされた。
だが、そこで『神園美月』と運命の出会いを果たす。同時に、この不遇は世界の主人公である俺に課せられた試練なのだと改めて理解した。いわば、物語を盛り上げるためのスパイスだ。
だから、努力していればやがてハッピーエンドを迎えると信じて、部活を頑張ってきた。スクールライフにおいても、誰が主人公であるかを内外にわかりやすく行動で示してきた。
だというのに、この状況は一体どういうことだ?
チーム昇格してみれば、口だけは立派なクソ雑魚上級生どもにこき使われる日々が待っていた。
夏合宿では、気配を消さざるを得なかった。ジュニアユース時代の同級生がいたからだ……高校サッカーのヒーローとして有名になる予定の俺に、『暴力事件を起こした』なんて醜聞は必要ない。栄成のメンバーに知られていらぬウワサを流されては困るので、いつもみたいに目立つのはリスクでしかなかった。
しかもせっかくの夏休みだというのに、こうして男とばかりつるんでいる。ただでさえ猛暑続きなのに、むさ苦しさまで加わるなんて堪ったもんじゃない。
あまつさえ、俺のヒロインである神園に対して、調子に乗ったあのクソ陰キャが接近していやがる。というか、高校に入ってからの不遇の大半はあのクソ陰キャのせいだ……脳裏に、『じゃない方の白石くん』などと揶揄される白石兎和の忌々しい顔がチラつく。
「つーか兎和のクソ野郎、マジで神園と原宿デートしてやがったのか……?」
ちょうど頭の中にひっかかっていた大キライな人物の名を、隣でフライドポテトをつまむ酒井竜也(さかい・りゅうや)が口にした。
俺は先日、同級生で女子マネの小池恵美を伴って原宿へ繰り出した。貴重なオフを利用して気分転換を図ったのだ。本当は神園を誘いたかったが、連絡先も知らないので妥協するしかなかった。
ところが、夕方になってばったり兎和と遭遇した。
そのうえ、隣には想い人の姿があった。
幸運だと感じた一方で、猛烈な理不尽感に襲われた――神園は、どうして俺を選ばない?
その後に勃発したトラブルは、完全な黒歴史だ。まさか、謝罪を口にするハメになるとは思いもしなかった。
ぶっちゃけ恐怖すら感じた……もう二度と、ヤツの地雷である妹には関わりたくない。
ともあれ、あの日の出来事は黒歴史の件を省いて皆に伝えてある。
兎和にヘイトを向けさせるためだ。明確な敵を作ればグループの結束力が高まるし、単に悪口を言い合うだけでも心が軽くなる。
「俺がこの目で見たんだ。他にも連れはいたけど、兎和と神園が一緒だったのは間違いねーよ」
「そうか……あのクソ陰キャ、いい加減ボコっちまうか? マジで目障りだ」
俺が肯定すると、竜也が怒りを露わにした。
自分では手も届かない高嶺の花に、よりにもよってクソ陰キャが蝿のごとくつきまとっているのだ。腹が立つのも道理だろう。
加えて、竜也には直接的な因縁がある。裏切り者の松村をけしかけて実施された『入れ替え戦』において、兎和にけちょんけちょんにされたのだ。
あの試合で、二度も目の前で得点を奪われたらしい。俺はすでにCチームへ昇格していたので観てはいないが、相当な惨敗だったと聞いている。
正直、ダサすぎる……竜也が『口先だけの男』だという点も、情けなさを一層際立たせる。
悪ぶった振る舞いが目立つものの、実際は一人じゃ何もできない臆病者だ。もとより栄成高校へ入学できている時点で、それなりに真面目な生徒だったはず。
要するに、勘違い系高校デビューなのだ。
「なんで兎和なんだろーな。俺たちと遊んだほうがぜってー楽しいのに」
「ほんとソレ。どう考えてもこっちの方が魅力的でしょ。学校での立場もこっちが上だしさ」
今度は馬場航平(ばば・こうへい)と中岡弘斗(なかおか・ひろと)が、順に『理解できない』とばかりに首をかしげる。
理解が足りてないのはお前らも同じだろ、と思わず言い返したくなった。
誰のおかげで、スクールカーストの最上位にいられると思っていやがる。すべて、この俺がいるからこそ成り立っているのだ。
それにしても、マジで使えねーなコイツラ……俺がさんざんお膳立てしたのに、入れ替え戦であっさり負けやがって。
もっとも、自分たちが不甲斐ないことを多少はわきまえているらしい。その証拠に、このところ兎和への罵倒にキレがない。
役に立たない上に気が滅入るとなれば、もはや何のために一緒にいるのやら……しかしこれでも、校内での影響力を維持するために必要だ。
なにより俺は、リーダーとしての資質とカリスマに満ち溢れている。人心掌握術にも優れ、寛大な心を兼ね備えているのは言うまでもない。
そんなわけで、実は皆の士気をブチあげるための『サマーイベント』を計画してある。こちらから慈悲をかけ、都合のいいコマとしての忠誠心を高めることが狙いだ。
「話は変わるが、『8月1日・2日』は空けておけよ。キャンプに行くぞ」
「いきなりだな、鷹昌。俺たちだけで行くのか?」
颯太の質問に、俺は「まさか」と鼻で笑って答えた。
バカが、男だけで遊びに行ってどうする。共にサマーメモリーを作る女子たちに当てがあるからこそ、この素晴らしい計画を思いついたのだ。
「現地で、神園たちと合流する」
「はあ!? それマジ?」
「嘘だろ……?」
身を乗り出して目を丸くする航平に続き、他の三人も似たような反応を示す。
まあ、驚愕するのも無理はない。なにしろ神園たちのグループとは、これまでほとんど交流がなかったのだから。なので、まずはわかりやすく経緯を説明してやる。
「この前、俺の親父が政治家のパーティーに参加したんだ。そこで神園の父親と偶然顔を合わせて、挨拶する機会に恵まれた」
そして短い雑談の中で、経営者仲間からグランピング施設のプレオープンに招待されたことを聞いた。さらに神園の父親は、『友だちと行くからと娘にねだられて招待の権利を譲った』とも語っていたそうだ。
「つまり、神園は友だちとグランピングに行く計画を立てている、というワケだ。きっと、学校で一緒に行動している『女子グループ』のメンバーを誘うに違いない。日付も、オープンスクールがある8月1日からと判明している」
俺はこの情報を得た瞬間、同じ日と場所で利用できるグランピング施設の予約を確認した。当然の判断である。
大切な一人息子(俺)の恋を熱烈に応援する親父も、快く手配に奔走してくれた。けれど、予約に空きがなく希望はかなわなかった。
「でも、代わりにグランピング施設のすぐ横にあるキャンプ場を予約してくれたんだ。敷地内を流れる川が繋がっているから、サプライズ合流できる。喜べよ、1軍女子たちとひと夏の思い出を作るチャンスだぞ」
ちなみに、うちは建築関係の会社を経営している。
そう考えると、俺と神園は経済的なステータスでも釣り合いが良さそうだ。
新たな好相性ポイントを発見し、しばし悦に浸る。すると、航平が不安そうな面持ちで再び口を開く。
「それって、ストーカーじゃね……?」
「これは、立派な恋のアプローチだ」
バカを言うな。この世界の主役たる俺が、ストーカーに堕ちるなんてあり得るはずがない。
とにかく、今回のビッグなサマーイベントを利用して神園との距離をぐっと縮めてやる。細かいところは未定だが、どうにか合流さえしてしまえばこっちのものだ。
そしてこの夏を機に、輝きに満ちた青春スクールライフを取り戻す――そうすれば、この胸にかかった不快なモヤも晴れるはず。
早く来い、8月よ。
間近に迫る真夏のジリジリとした気配を感じ、俺は自然と笑みを深めていた。