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第85話

 テントに引っ込んだ僕はズバッと全裸になり、ウキウキと自分のバッグから海パンを取り出す。同じく玲音もサクッと衣服を脱ぎ捨て、荷物をまさぐっていた。続いて翔史くんが、なんとも微妙な表情を浮かべつつ口を開く。


「二人とも、順番逆じゃね? 先に海パンだしとけって。やたら脱ぎっぷりがいいよな……そういや、兎和は体育祭でも裸になってたっけ」


「……あれは不可抗力だよ」


 体育祭のあれは完全なハプニングだったけれど、確かに僕は人前で服を脱ぐことに抵抗がない。これはきっと、長年のサッカーライフによって培われた習慣によるものだ。

 屋外スポーツでは、ベンチでの着替えなんて日常茶飯事。おまけに遠征先で更衣室を利用できないケースもあったりして、いつの間にか人目が気にならなくなっていた。


「多分、サッカーやってる人はみんな裸なんて気にしないんじゃない?」


「いや、兎和と玲音が開けっぴろげなだけだと思う……」


 微妙な表情を浮かべたままの翔史くんに、僕は「そうかな」と返した。

 そこで今度は、上半身ハダカの慎が近寄ってきて「そりゃ脱ぎたくもなるさ」と謎の理解者ムーブを発動する。さらに人の脇腹をつつきながら、感心したように続けた。


「だってさ、この筋肉だぜ。こんなムキムキなら、誰かれ構わず見せつけたくもなるって。ほんと着痩せするよな」


「ちょっ、いやあ……」


 僕は身をよじって距離を取り、慎のちょっかいに抵抗する。

 自分だって細マッチョのくせによく言うよ。というか、絡まれて余計テンションが上がってきたので、四本貫手を作って脇腹を突き返す。フルチンのまま必殺の十六連打をお見舞いしてやるぜ。


「うわ、やめろって!? ぐわぁぁああ~」


「くらえッ、オラオラオラオラオラ――」


「こらこら、二人とも。じゃれ合うのは後にして早く着替えるよ」


 僕たちのじゃれ合いを止めたのは、海パンに着替えてスタイルが際立つ旭陽くん。

 体格をざっと確認したところ、かなり引き締まっている。そういえば以前、『サッカー経験者』だと美月から聞いた気がする……あれは確か、初めて呼び出された夜のことだ。


「さあ、荷物が多いから手分けして持って行くよ」


「……あ、はい」


 旭陽くんの呼びかけで、記憶を掘り返していた僕の意識はすみやかに現実へと戻る。

 慌てて海パンを履き、指示に従って荷物を運び出す。クーラボックス(特大)や謎の荷物が詰まった複数の防水バッグなど、けっこうな量があった。


 ただし、移動はテラス席で一旦ストップ。

 ここで全員が合流してから、改めて川辺へ向かうことになっている。


 程なくして、水着姿の女性陣が姿を現す――途端にセミの声すらも遠のき、歩み寄ってくる美月ただ一人に僕の意識は吸い込まれていく。


 彼女は、セパレートタイプの水着を身にまとっていた。フリルがあしらわれたキャミソール風のトップスに、キュロットスカートのセットアップだ。


 爽やかな青と白を基調にしたカラーが、夏の陽光の下でより一層映える。その美しいスタイルと白く滑らかな肌は、まるで崇高な芸術作品のように完璧で、僕は一瞬で目を奪われてしまった。


「――くん、兎和くん。どう? なにか言うことはあるかしら」


「……あ、ああ。よく似合ってる」


「ふふ、ありがとう。じゃあ次は兎唯ちゃんの番ね」


「お兄ちゃん。感想は?」


 音が戻った世界の中で、妙なポーズをとる妹の全身を眺める。こちらもセパレートタイプでヒラヒラが付いた水着だ。

 感想は……やばい。妹の水着姿とか、これっぽっちも興味がわかない。なので、とりあえずサムズアップして適当に褒めておく。


「あー、イイカンジイイカンジ」


「ちょぉい! 棒読みやめろ!」


「アーッ!? イタタタタタ……兎唯ちゃん可愛い! 最高!」


 立てた親指を容赦なくひねられたので、即座にタップしつつ美辞麗句をひねり出す。なんとか骨が折れる前に許してもらえた……くそ、凶暴なチワワみたいな妹だ。


 少し遅れて加賀さんがやって来たので、しっかり褒めておいた。僕は学習できる男なのだ。翔史くんも一緒に声をかけていたが、やけに熱のこもった言葉が印象的だった。


 もちろん慎は、恋人の三浦さんを褒めちぎっていた。この二人はいつも仲が良くて羨ましい。

 旭陽くんも必死に賛辞を並べ立てていた。だが、意中の相手である涼香さんは早くもスマホに目を向けており、あまり効果は感じない。


 ちなみに、女性陣は皆セパレートの水着をチョイスしている。川遊びなので、事前に『露出は控えめに』と話し合っていたのだとか。


 一段落したらテラス脇の階段を下り、敷地内の川辺へ向かう。

 すでにパラソルやビーチチェアなどが設置されていて、自由に使ってよいそうだ。しかも他に利用客はおらず、貸し切りなのだとか。


 近くに飛び込みのできる岩場もあるらしく、僕はもうワクワクがとまらない。友だちとのサマーレジャーなんて初めての経験だから、心の底から楽しみだ。


 川辺に着くと、すぐに『奥多摩フォレストテラス』と印字されたパラソルとビーチチェアが目に入る。その周囲に荷物を置けばセッティング完了だ。


「じゃあ、みんな注目ね。川で遊ぶ際は、この『リストバンド型ライフジャケット』を着用してもらいます」


 旭陽くんは持参した荷物の中からゴツい腕時計のような物を取りだし、皆に見えるように掲げた。

 説明を聞くに、ゴムバンドで手首に固定するタイプの救命具のようだ。下部に付随するレバーを引くと一瞬でエアバッグが膨らむらしい。


 ここしばらく天候は安定しており、川の流れも穏やか。しかし深さがあるので、万が一に備えて用意してくれたそうだ。本当にありがたい。


 予備のリストバンドで一度実践してもらい、使い方を覚える。

 追加で美月から、「絶対にサンダルを脱がないこと」という注意事項が伝えられた。本日は皆、足を怪我しないようスポーツサンダルを履いている。


 それが終わると、いよいよ川に入るゴーサインが出る。


「じゃあ準備いい? おバカな男子ども、ダッシュで飛び込めー!」


『うおぉぉおおおおお――ッ!』


 三浦さんの合図で、男性陣(旭陽くんを除く)が一斉に駆け出す。浅瀬を越え、水しぶきの音と高鳴る鼓動が重なった瞬間、勢いよくジャンプしてそのままドボン。


 視界の中で澄んだ青と光が歪んで入り混じり、冷たい水が肌を包み込むのと同時にヒュンと股間が縮こまる。

 ゴボゴボと息を吐きながら川底を蹴り、クジラのように勢いよく頭で水面を突き破る。

 ザバッと前髪をかきあげ、僕は叫んだ。


「夏だあぁぁあああッ!」


 僕は胸ほどの水深の場所で、隣に顔を出した慎と水を掛け合って笑い合う。

 それだけで、もうアホみたいに楽しい。理由はわからないけど、心の底から愉快な気持ちがどんどん湧き上がってくる。


「夏だ、夏だ! 兎和、最高だな!」


「うほほ! 慎、川チョー気持ちいい!」


「俺も混ぜろ!」


「おりゃ、俺もだ!」


 男子4人で水中に潜っては誰かを持ち上げ、頭から川に放り込んだ。

 僕なんか、玲音に足をかけてバク宙を5回以上決めてやったぜ!

 すると次は、川辺に立つ美月から声がかかる。


「兎和くん、こっちこっち――えいっ!」


「ぶべばばぼっ!?」


 いつの間にか水鉄砲を構えていた。しかもなんか、威力が超強い!? 

 近寄って物を確認すると、電動のウォーターガンだと教えてくれた。お値段、なんとひとつ2万円超えらしい……それを複数持参したとか。

 あの重かった防水バッグの正体がこれか。つーか、贅沢すぎるだろ!


「おらぁぁあああ! 死に晒せぇッ!」


「ぶべぼぼぼべっ!?」


 今度は涼香さんが、物騒な発言とともにガトリングタイプのウォーターガンをぶっ放す。

 この強襲を顔面に受け、男性陣は揃ってひっくり返る。もちろん旭陽くんも被害に遭っていた。むしろ近くにいた分、被害は甚大だ。


 他の女性陣にも攻撃され、僕たちは川の中に逃走するハメになった。だが、やられっぱなしじゃないぞ。

 ウォーターガンに水を補給しようとした妹の背後にさっと忍び寄り、小柄な体をお姫様抱っこしてやる。


「ひゃっ!? まさかお兄ちゃん、このまま川に!?」


「ふははは、舌を噛まないよう口を閉じておけ!」


 そのまま僕はダッシュし、川の少し深いところへ大ジャンプ。空中で「きゃーっ!」とはしゃぐ妹を、ぐっと高度が出るよう放り投げてみせた。

 水面に顔をだしたら、兄妹で水を掛け合ってじゃれる。川辺に戻ると、慎も三浦さんを襲撃していた。


 さらに美月が「私も川でバク宙してみたい」なんて言い出し、加賀さんもそれに便乗して楽しそうに騒ぎ出す――ところが、招かれざる闖入者が現れて場の空気が一変した。


「あっれー? 神園じゃん。こんな所で会うなんて奇遇だな……って、オイ! ゲロ兎和、なんでお前らまでここにいやがる!?」


 うわあ……その言葉、そっくりお返しいたします。

 あろうことか、川下の方からやって来たのは僕じゃない方の白石(鷹昌)くんだった。私服姿で、小俣颯太くんを筆頭に派閥の中心メンバー4人を連れている。


 せっかくのサマーレジャーでも鉢合わせするとか、控えめに言って気分は最悪だ。偶然にしちゃあまりにもできすぎている。

 とにかく、至急追い払わねば――と僕が一歩踏み出そうとした、その瞬間。


「あー! アンタ、こないだの顔デカ!」


 こちらサイドで、兎唯が苛烈な反応を示す。

 そういえば原宿での一件以来、『次会ったらぶっ飛ばす』と意気込んでいたな。どうやら、実行に移すべく戦闘態勢に入ったらしい。もちろん僕がやらせるはずもないが。


「げえっ!? 地雷の妹チワワまで……」


 それに幸い、なぜか白石くんの方も引きつった表情を浮かべて足を止めている。その結果、ひとまず距離をおいて対峙する形となった。


「誰がチワワだ! アンタ、また邪魔するつもり?」


「兎和の妹よ。やつを知っているのか?」


 キャンキャン吠える兎唯に玲音が助太刀に入ると、いよいよ白石くんの表情が冴えなくなる。お供の4人も「予定が違う!」と何か戸惑っているみたいだ。


「この前も兎唯たちの邪魔してきたの。それに今日も現れるなんて……はっ!? もしかして美月お姉さまのストーカー?」


「わはは、ありえる。やつは『タコ昌』といって、非常に頭の悪い生物だからな。ゆえに、ここは実力行使で排除するしかあるまい」


 玲音は不敵な笑みを湛えつつ兎唯の横に並び立ち、ウォーターガンを手渡した。続けて空気を読んだ慎と翔史くんが武器を手に隊列へ加わり、銃口を敵に向ける。ついでに僕もガトリングガンを拝借し、クインテッドを結成。


「タコ昌どもは、愚かにも我々のテリトリーへ無断侵入した! 容赦は無用。タンクが空になるまで撃ちまくれ――総員、射撃開始ッ!」


 玲音の合図で、僕たちは一斉にウォーターガンのトリガーを引く。同時に、兎唯を中心に足並みを揃えて前進。水圧が強まるにつれ、敵はじりじり後退していく。


「ちょっ!? こっちはまだ私服だっての!」


「マジ勘弁! スマホがイカれるから!」


「ふはは、知るかボケ! それが嫌なら、尻尾を巻いて逃げ帰るがいい!」


 ノリノリの玲音に率いられて圧をかけていくと、たちまち相手はバラバラに敗走を始める。最後に酒井竜也くんが忌々しげに顔をしかめて立ち去り、ようやく川辺に平和が戻った。


 兎唯たちは喜びを爆発させ、ハイタッチを交わして健闘を称え合う。

 一方、僕は敵が去っていった川下をじっと睨みつける。


 彼らの目的が美月であることは明白だし、簡単には諦めないだろう……どうやってこちらの居所を知ったのかは不明だが、ここまで来た以上易々と引き下がるはずがない。何かあってからでは遅いので、とりあえず旭陽くんに相談しよう。


「兎唯ちゃん。前にもいったけど、人の身体的特徴を揶揄してはダメよ」


「うわーん、美月お姉さまー! だって兎唯、ムカついちゃったからうっかりー!」


 美月に窘められたものの、反省する様子もなく甘える兎唯の姿が目に入った――本当に調子のいい妹だ。けれど、おかげでふっと頬が緩む。

 楽しい気持ちもすぐに復活してきたので、僕は対策を講じてから引き続きサマーレジャーを満喫することにした。

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