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第86話

 地面に散らばったテントの部品の一つを弄びながら、俺――酒井竜也(さかい・りゅうや)は、今回のキャンプを『計画』した張本人に問いかける。


「なあ、鷹昌。テントの組み立て方わかってんの?」


「……わかんねーけど、ネット見てヤルしかねーだろ!」


 苛立った様子で返事をする白石鷹昌。

 ブチギレたいのはこっちだ……お前が『神園美月たちと合流できる』って言うから、貴重な部活のオフを利用してキャンプに来たんじゃねーか。


 それにもかかわらず、計画は現地に到着してすぐ頓挫した。

 鷹昌は当初、『神園はA組の女子グループを誘ってグランピングに行く』と主張していた。加えて現地で合流し、1軍男女でハッピーなサマーメモリーを作る予定だった。


 実際、川を遡ってうまく会うことはできた……だが、向こうはクソ陰キャの兎和と玲音が一緒だった。他にも男バスの連中や謎のイケメンの姿が確認できた。A組の女子グループなんて、どこにも見当たらなかった。


 まったく話が違うじゃねーか……挙句にさっきは顔を合わせるなり、バカみたいに威力の強い水鉄砲で追い払われる始末。

 楽しみにしていた神園の水着姿を、ろくに見ることもできなかった。このままでは、合流どころか会話すらままならないだろう。


 マジで、コイツラとつるんでいる意味がない――俺は高校進学を機に、女子ウケがいい『オラオラ系』にキャラ変した。

 中学時代に自分を『非モテ』とバカにしてきた連中のように、恋人を作って理想のスクールライフを満喫すると決めたのだ。できたら童貞を捨てたい。


 入学後は校内で存在感を放つ鷹昌たちと親しくなり、念願通りスクールカーストの最上位グループに加わることができた。注目度だけでなく、クソ陰キャどもを存分にイジる権利まで得たわけだ。


 ところが、どうにも冴えない日々が続いている。あまりの美しさに一目惚れした神園とは会話の機会すら訪れず、同学年の1軍女子たちとも未だ接触できていない――だから今回、あわよくば鷹昌たちを『出し抜く』つもりでキャンプに参加してやったというのに。


 おまけに、ここで全員がアウトドアレジャー未経験だという事実が発覚する。

 キャンプ場までは鷹昌の親父さんが車で送ってくれて、道具も一式揃えてもらっている。だが、肝心の使い方がまったくわからないのだ。


 とりあえずテントを組み立てることになったものの、ネットや説明書を見ながらでも手順が理解できず、作業は遅々として進まない。


「おい、そっち持て! グズグズしてんじゃねーよ!」


「……わかってるって」


 しかも鷹昌が怒鳴りつつ指示を出してくるせいで、部活を思い出してウンザリする。朝飯も食ってないし、空腹で余計にイラつくぜ……つーか、食材も一切準備してないよな。現地でどうにかするって話だったが。


「……鷹昌、飯はどうするつもりなんだ?」


「知らねーよ! 人に聞く前に自分で考えろッ!」


「まあまあ、二人とも落ち着けって。テントが完成したら、神園たちのところにもう一度行ってみようぜ。事情を話したら一緒に飯を食う流れになるかもだし」


 俺がいい加減ムッとして言い返そうとしたそのとき、近くで作業していた馬場航平(ばば・こうへい)が楽観的な口調で仲裁に入る。


 確かに、事情を伝えれば合流できるかもしれん。それで神園とお近づきになれれば最高だ……もしダメでも、女バスの加賀志保がいたからそっちにアプローチするのもアリか。男女分け隔てなく接するタイプで、隠れ人気が高い女子の一人だ。


「すみませーん。お客さんたち、ちょっといいですか?」


 俺は作業を進めながら、どんなムーブが自分に最大の利益をもたらすか検討していた。しかし背後から声がかかり、思考が中断される。

 振り返ると、キャンプ場スタッフのおっさんが歩み寄ってきていた。相手が続けて口を開き、鷹昌が代表して応じる。


「あのー、上のグランピング場の方に行ったりしてません? 川伝いに歩いて」


「知り合いがいたからちょっと顔をだしたけど……」


「ああ、そりゃ困ります。川辺にも看板ありましたよね? 上は『奥多摩フォレストテラス』の私有地だから、うちのお客さんが入るとマズいことになっちゃうんですよ」


 おっさんスタッフ曰く、『川下から高校生くらいの5人組が敷地に無断で侵入した』と、フォレストテラスの従業員が付近の施設に連絡を入れて回っているそうだ。


 どう考えても俺たちのことで、まさに犯人像にピッタリ。加えて、このキャンプ場はもろ川下にある。そこでピンときて、急いで事情確認に来たという。


「本当にもうやめてくださいね。フォレストテラスの従業員さんに『次は警察を呼ぶ』と言われちゃってるんで。じゃあ、よろしくお願いします」


 再度念を押して、おっさんスタッフは立ち去った……おい、どうすんだよ!? 

 飯どころか食材もなく、テントも一つだけ。寝袋も準備できなかったから、薄いタオルケットしか持ってきてないんだぞ。なにより、女っ気ゼロだ。


 こんなことなら、冷房が効いた家でゲームでもしていた方がずっとマシだった。それに帰宅しようにも、鷹昌の親父さんが明日迎えに来るまで動きようがない。


 もちろん俺だけじゃなく、この場にいる全員が顔を引きつらせている。

 女子がいる前提で『肝試し』の準備までしてきたのに、全部ムダになった……こんなの、レジャーじゃなくてサバイバルだろ。


 鷹昌の計画に乗ると、事態はいつも悪い方に転がる。部活でも散々恥をかかされてきた。

 クソがッ、本気で一発ぶん殴ってやりてえ――俺は拳を握り込み、ペグを持ったまま唖然と立ち尽くす元凶ヤロウを睨みつけた。


 ***


「意外と高いな……」


「ああ、かなり高いな……」


 僕と慎は、川に突き出した岩の上からおそるおそる水面を覗き込んでいた――白石(鷹昌)くんたちを追っ払った後、旭陽くんに厄介な訪問者の対策をお願いした。そして一段落したところで、玲音が『皆で飛び込みをしよう』と提案してきたのだ。


 とうぜん僕もノリノリで賛成した……が、いざ飛び込みスポットの岩の上に立ってみると、あまりの高さに尻込みしてしまった。


「これ、3メートルくらいない……?」


「あるある……こうして見るとめっちゃ高いな」


 嬉々としてダイブした妹たちの神経が信じられない……すでにほとんどのメンバーが飛び終わり、岩の上に残る僕たち『4人』を見守ってくれている。だが、僕と慎は覚悟が決まらず、先程から延々と順番を譲り合っていた。


「やっぱり慎がお先にどうぞ……」


「いや、兎和が先にイケって……」


「もう、二人ともさっさと飛べ!」


「えいっ!」


 ぐえっ、と引きつった声を漏らしながら慎と僕は宙を舞った。というか、背後で待機していた三浦(千紗)さんと美月に蹴り落とされた。

 僅かな浮遊感の後、ザバンと派手に着水。水面に顔を出した僕は、ほうほうの体で川辺に辿り着く。


 ちょっと喉が渇いたので、このまま休憩しよう……決して腰が抜けたわけじゃないぞ。

 クーラーボックスからキンキンに冷えたミネラルウォーターを取り出し、浅瀬に腰を下ろしてぐいっと呷る。なぜか重要な仕事をやりきった気分だ。


 視線の先で、美月がちょうどダイブしようとしていた。三浦さんと手をつなぎ、楽しげに岩からジャンプして水しぶきを立てる。

 慎は一度で恐怖を克服したらしく、玲音や翔史くんとともに再び飛び込みポイントへ向かっている。


「おやおや、兎和くん。もうお疲れかな?」


「あ、うん。ちょっと休憩しようと思って。加賀さんも?」


「うん。のど渇いちゃった」


 加賀さんは隣に座り、プシュリとペットボトルのキャップを開ける。それから僕たちは雑談を交わしつつ、笑顔で騒ぐ皆の様子を眺めた。


「最高に楽しいね。あ、そうだ! 冬にも皆でスノボーとかいこうよ!」


「あー……それはムリかも。あれで足を怪我したって話、よく聞くし」


 ウインタースポーツは転倒や衝突による怪我のリスクが高く、サッカー選手が楽しむにはあまり適していない。少し前にも、スキー中に足を骨折した海外のプロGKがいたくらいだ。

 下手をすれば選手寿命を脅かすほどの怪我を追いかねないので、僕は避けるつもりでいる。


「そっかぁ……では、性格診断テストです。恋人ができたとして、部活と恋人の誕生日が重なった場合はどっちを優先する?」


「いきなりだね。まあ、普通に部活かな」


「じゃあ、夜中に元気のない恋人から連絡がきたとして、会いたいと言われたらどうする?」


「うーん……多分、連絡が来る前に寝てると思う。仮に起きていたとしても、次の日部活ならすぐ寝ないと」


 今の僕はサッカーが最優先なのだ。昔の自分が聞いたらびっくりするだろうな。

 以降も加賀さんの質問は続いたものの、あまり良い返答ができなかったようだ。次第に彼女の反応が悪くなっていく。


「なるほどねぇ……兎和くんって、普通の女子とは付き合えないかもね」


「そんな……ああ!? 似たようなことを美月にも言われたような……」


「なーに騒いでんだ?」


 あんまりな診断結果に僕が驚愕していると、慎を先頭に皆が歩み寄ってきた。休憩するらしいので、日陰を求めて一緒にビーチパラソルの下へ移動する。


「涼香、暑くない? お酒は足りてる? ちゃんと水も飲まないとだめだよ」


「んー……集中したいからちょっと黙ってて」


 並んでいるビーチチェアの一つで、涼香さんがくつろいでいた。お酒を飲みつつソシャゲに熱中している。その側には旭陽くんが控え、ハンディファンで風を送るなど甲斐甲斐しく世話をしていた。

 この二人の様子を見た慎たちが、「やっぱり兄妹だなあ」としみじみ呟く。


「どうしてそう思うの?」


「だってお世話好きでしょ? 旭陽くんも、涼香ちゃんのこと一生懸命に介護してるし」


 美月の質問に、三浦さんがさも当然とばかりに答える。

 どうやら、いつも僕が世話を焼かれていると指摘したいらしい……心外だな。こちらは個人的な『マネジメント契約』に基づくサポートだから、涼香さんの介護とはまったく別物だというのに。


 ともあれ、休憩を取りながら存分に川遊びを楽しんだ。

 やがてランチタイムを迎え、僕たちはいったん景観豊かなテラス席へと引き上げる――追っ払って以降は白石くんたちの襲撃もなく、とても楽しい時間を過ごせた。


 旭陽くんが『きっちり対策した』と言っていたから、きっとそのおかげだろう。この調子なら、午後も存分にエンジョイできるに違いない。

 僕は改めて、サマーレジャーを全力で満喫することを心に誓った。

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