お昼のメニューはローストビーフ丼だった。
やはり味付けのタレが口に合うか不安だったので、僕は醤油でさっぱりいただく。素材の質が抜群で、とても美味でした。
食後のティータイムを堪能し、ほっと一息つく。少しお腹が落ち着いたところで再び川辺へ戻り、午後のレジャーは穏やかな雰囲気でスタートする。
大きなパラソルが作る日陰のもとでくつろいでいると、自然と談笑に花が咲く。川のせせらぎとセミの声を聞きながら、学校の話、部活の話、趣味の話、友だちの話、思いつくままに色々なことを語り合った。
しばらくすると玲音がビーチボールをポンポンやり始めたので、次は川の浅瀬でフットバレーを楽しむ。女子は手を使ってもオーケーで、ミスをするとウォーターガンで蜂の巣にされるのだ。
その間も、旭陽くんは午前と変わらず介護に全力だった。お酒を飲みながらソシャゲに熱中する涼香さんの側を離れず、あれこれと世話を焼いていた。
ひとしきり遊び盛り上がった頃、グランピング施設のスタッフさんが「釣りでもいかがですか?」と声をかけてくれた。釣った魚は、夜のバーベキューで塩焼きにして食べられるとのこと。
この提案には全員が大賛成。スタッフさんの案内に従い、近くの釣り場へ移動する。
成果は上々。施設管理のフィッシングスポットだけあって食いつきが良く、各自一匹ずつニジマスをゲットできた。
僕は初挑戦の渓流釣りに大興奮。妹や美月も、生きた魚に触るのに抵抗があったらしく大騒ぎしていた。
それからまた飛び込みなどの川遊びを満喫していたら、あっという間に黄昏時を迎える。
ヒグラシのさみしげな鳴き声が響きわたる中、沈みゆく太陽が夏空を茜色に染め上げていた。
僕たちはいったんドームテントに引き上げ、着替えを済ませつつ身だしなみを整える。その後はお待ちかねのディナータイム。もちろんメニューはバーベキューだ。
屋根付きのバーベキューサイトに移動すると、準備を整えた施設のスタッフさんたちが温かく歓迎してくれた。
「うわ、すっご!?」
「これ、贅沢すぎない……?」
思わずといった様子で慎と翔史くんが呟く。
二人の目は……否、全員の目が大きなグリルの隣に設置されたテーブルへ向けられている。より正確には、ピカピカに磨かれたトレーの上にずらりと並ぶ豪華な食材に釘付けだ。
「こちらが本日のメインディッシュ、和牛ステーキです。他にも鶏むね肉やラムチョップなどをご用意しています」
僕たちの反応を見たスタッフさんが、すかさず食材の説明をしてくれた。
肉類はどれも分厚く食べごたえのあるサイズにカットされており、非常に食欲をそそる。その隣では、伊勢海老やホタテなどがツヤツヤと光沢を放っている。サイドディッシュの野菜も豊富で、食材の味を引き立てる調味料にも不足はない。
側には別の焚き火台が用意してあり、こちらで釣った魚を焼くらしい。
デザートにはパイナップルやマンゴーなどのフルーツに加え、自家製のアイスクリームまで用意してくれているそうだ。
おまけに、スタッフさんが焼く係を担当してくれるという。
まさに至れり尽くせりで、この世の天国みたいな夕食が僕たちを待っていた。
「それでは皆さん、手を合わせて。いただきます!」
『いただきます!』
ほろ酔いでご機嫌な涼香さんの合図で手を合わせ、食事開始。
赤々と燃える炭火に炙られ、食材がパチパチと音を立てる。芳ばしい香りに包まれながら、僕たちは夢中で箸を動かした。
「うっま……ていうか、僕もけっこう外食に慣れてきたかも」
「今回は、食事を特別にオーダーしたの。通常プランだったら、兎和くんはほとんど食べられなかったはずよ」
近頃はプライベートの外食で困ることがない。今回のキャンプもその一つで、『自分の健康食オタクっぽい体質が改善されてきたのかも』なんて思っていた……けれど、ただの勘違いに過ぎなかった。
というのも、隣に座る美月がさりげなく調整してくれていたそうだ。それに思い返せば、外食のときはいつも彼女と一緒だった。
結局、僕はあまり変わってないみたい……少しガッカリしたけど、気を取り直して豪華なバーベキューに舌鼓をうつ。
グリルの火が賑やかなひとときを明るく照らし、夏の闇夜に笑顔が絶え間なく浮かぶ――今過ぎゆく一分一秒が、降り積もる砂金よりも貴重であることを僕は深く実感していた。
お腹を満たしたら焚き火台を囲んで座り、焼きマシュマロを手に談笑する。女子たち曰く、『お菓子は別腹』だそうだ。僕と玲音はカロリー的に遠慮させてもらった。
その後、お風呂タイムとなる。男女別に施設管理の温泉へ向かい、のんびり疲れを湯に溶かす。極めて残念ながら、ポコチンモンスターバトルは開催されなかった。またの機会を楽しみにしておこう。
そして挨拶を交わし、男女別にドームテントへ戻る。
僕たちは、ベッドに寝転びながらバカ話で盛り上がる。流れで旭陽くんが「涼香が好きなんだよね」とカミングアウトしたものの、みんな『でしょうね』とやや冷めたリアクションを示す。
まあ、昼間に介護する姿を散々見ていたしなあ……僕は事前に知っていたので、ほぼノーリアクションで惚気を聞いていた。
以降も笑い声は途切れず、いくら時間が経っても話題は尽きそうにない。
しかし、僕は手持ちのペットボトルの水を飲みきってしまう。そこでやむを得ず会話を中断し、買い出しに行くことを決めた。
ついでに皆からのお使いを引き受け、売店があるグランピング施設のメインロッジへ向かう――すると入口の前で、意外な人物に声をかけられた。
「あ、クソ陰……じゃなくて、兎和! ちょっと待て、頼みがある!」
「え……あ、酒井くんか。こんなところでどうしたの?」
自動ドアのすぐ脇で、酒井竜也(さかい・りゅうや)くんが寂しげに佇んでいた。
昼に追っ払って以来すっかり存在を忘れていたが、こんな夜更けにいったい何をしているのだろうか?
どうにも嫌な予感が込み上げてくる……さて、どう対応したものか。