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第92話

 部活後、ジャージに着替えて学校近くのコンビニへ向かった。急遽勃発した『Cチームのスタメン争奪戦』について話し合うためだ。


 メンバーは僕と玲音、それと騒動の元凶となった白石(鷹昌)くん。

 各自ペットボトルのドリンクを購入し、駐車場の脇に設置してあるベンチへ移動する。


「さあて、タコ昌。今回も面倒な騒ぎを起こしてくれたな」


「だから、そのタコ昌ってのやめろ……つーか、お前たちだって散々イビられてたんだから丁度よかったろ。これでアイツラにでかい顔させずに済む」


 ベンチで隣に腰掛けた玲音がさっそく本題を切り出し、アーチ型のガードパイプに寄りかかる白石くんが「勝ちゃあいいんだよ」と不敵に言い放つ……街灯の光は乏しいが、唇の片端がわずかに持ち上がるのが見えた。


「……まあ、極めて珍しく鷹昌の言う通りではあるか。これまでは連携面を考慮して林先輩たちが選ばれていたが、勝てば俺たちがスタメン候補になる。一気に立場逆転だな」


 口ぶりから察するに、玲音は乗り気のようだ。

 今回のスタメン争奪戦は、以前にも行われた『入れ替え戦』の別パターンに該当する。勝てば確定とまではいかないが、今後は勝利したメンバーを中心に選考が行われる。もちろんコンディションや怪我などを考慮したうえでの判断となる。


 いずれにしろ、ここしばらく対外試合で出番のない僕たちにとってはビッグチャンスに違いない……しかし、個人的にはイマイチ気乗りしない。


「兎和は、あまり前向きじゃないみたいだな」


 どうやら玲音に顔色を読まれたらしい。僕はペットボトルのフタをあけ、ミネラルウォーターで喉を潤してから心境を打ち明けた。隠すべきところは隠しながら。


「林先輩たちが試合に出られなくなるのは、なんか可哀想だなって……」


 確かに林先輩たちはクソ面倒くさい。理不尽に怒鳴ってくるし、トレーニング中にガチ削りしてくる。とてもじゃないが、仲良くなれそうにないタイプだ。


 けれど、僕は知っている。

 彼らが、部活が終わってから教員棟の自習室で毎日勉強しているのを。


 性格がどうあれ、拗らせ勢の面々は全力でトレーニングに取り組んでいる。当然、疲労だってたまっているだろう。それでも、並行して受験勉強に励んでいるのだ。


 正直、拗らせてさえいなければ相当立派だ――加えて、大部分の3年生は『部活引退』の時期が近い。


 栄成サッカー部の各カテゴリは『公式リーグ』に参戦中で、その最終節が10月前後に予定されている(例外アリ)。そして、多くの3年生はリーグ終了をもって引退する。現実的な選択として早期に退部する者もいるが。


 一方、『冬の高校サッカー選手権』に挑むメンバーは残るが、こちらもトーナメント敗退またはリーグ戦の終了をもって引退となる。


 つまるところ、あと2ヶ月も経たずに林先輩たちはサッカー部を去るわけだ。

 より具体的に言うと、僕たちCチームに残された今年度の公式リーグ戦はたった2試合だけ。無論、拗らせ勢の面々はここを集大成と位置づけ、少しでも納得できるエンディングを迎えるべく心血を注いでいる。


 それにもかかわらず、『スタメン争奪戦』で僕たちが勝ったら……Cチームの3年生の大半が、辛い記憶を抱えたまま引退するハメになる。曲がりなりにも積み上げてきた3年間の努力が台無しとなり、きっと大切な『青春』にも一層深い傷が刻まれる。


 自分もジュニアユース時代に似たような経験をしたので、うっかり共感して胸が痛む。なにより僕は、青春が絡むとちょっと弱い。

 だから、『わざわざ戦って引導を渡し、世代交代を早める必要はない。もう少し我慢すれば穏便に解決する』と考えてしまう。あと、白石くんと同じチームでプレーするのも不安だ。


「そう言われると気が引けるな……ていうか、兎和は勝ち目があると思っているのか」


「え? ……ああ、まあね」


 僕は控えめに頷く。玲音の指摘通り、相手が最上級生であろうと勝てると思っている――美月のサポートさえあれば、絶対に得点できると信じている。

 一緒にトレーニングを積んできて、Cチームメンバーの実力を熟知しているからこそ確信もあった。


「ふーん。じゃあ、兎和は不参加でいいぜ。玲音、お前は協力しろ」


 僕が悩んでいると、白石くんがあっさり結論を出す。

 彼の言う通り、迷うくらいだったら辞退した方がいいかもな……スタメン争奪戦は『希望者のみ参加』と豊原監督が条件を設定したので、無理してプレーする必要はない。

 しかし、そう簡単に話がまとまるはずもなく。


「兎和が参加しないなら、こっちも拒否だ。俺たちは運命を共にするゴールデンコンビだからな」


「はあ!? フッざけんな!」


 続けて玲音は、「兎和と一緒でなければ絶対にプレーしない」と断言する。なんだか嬉しい。

 対する白石くんは「お前の能力を認めてるんだぞ」といった説得を試みたものの、お望みの答えを引き出すことはできなかった。


「だいたいお前、なんで協力してもらえると思ってんだ? 俺たちはそんな仲じゃないだろ」


「ぐぅ……こ、今回だけだ!」


 玲音のごもっともなツッコミにダメージを受けつつも、白石くんはぐっと食い下がる。

 無理もない。なにせ彼がCチームで交流をもっているメンバーは2年生の数人だけで、僕たちを巻き込まなければ『11人』も揃えられないのだから。


 おまけに、威勢よく啖呵を切ってしまっている。不戦敗となった場合、今後どんな扱いを受けるのかわかったものではない。


「だが、そうだな。鷹昌、お前に選択肢をやろう」


「選択肢だと……?」


「そう。こちらの提示する約束をお前が守ると誓うなら、協力してやらんこともない。ギブアンドテイクだ」


 言って、玲音は自分のリュックからノートを取り出す。次いでささっとペンを走らせて文章を書き上げると、僕に手渡して確認を求めてくる。

 見れば、ページのど真ん中に『白石兎和と山田ペドロ玲音に今後迷惑をかけないことを誓います』と記されていた。文章の最後にはサイン欄まで設けられている。


「兎和、この内容に同意するようだったら協力してやろうぜ」


 とんでもなく心を揺さぶる提案だ……これを承認したら、白石くんの暴挙を抑えられるに違いない。だが、肝心のペナルティが抜けているのはよろしくないな。

 僕は玲音からペンを借り、さらさらと内容を追記した。


『もし誓いを破った場合、全裸で栄成高校の校舎を一周します』


 これでよし。仮にどちらもブッチした場合は、校内の目立つ場所に印刷したこれを張りまくってやる。卑怯者の誹りは免れまい。体育祭のときのボウズは口約束だったが、今回は効力が違う。

 再びノートが手元に戻ると、玲音は「いいね!」と爆笑しながら同意してくれた。


「……おい、なんだこのクソみてーな冗談はッ!」


 白石くんに誓約書を見せてサインを求めたところ、揉めたのは言うまでもない。

 少しは自分を客観視してほしい。けれど、ちょっと難しい注文だったみたい……とにかく議論を重ねた結果、『今年度いっぱいは迷惑をかけない』という妥協案に落ち着いた。


「なんでこの俺がこんな……チッ、気分わりい」


 舌打ちしながらサインする白石くんを見て、僕たちはさらに慎重を期すことにした。蛍光ペンで親指にインクをつけ、拇印を押してもらったのだ。本当は血判の方が良かったけれど、『怖すぎんだろ!?』と断固拒否された。

 加えてこちらも『この誓約書をタテに強要や脅迫をしない』と署名し、何とか合意に至る。


 個人的には、以前原宿で掴みかかった件も少し引っかかっていた。それらが影響し、結局は林先輩たちではなく白石くんに天秤が傾いた。


 ともあれ、あとはメンバーを募るだけ――そう思っていた矢先、僕たちは大きくつまずくことになる。快く応じてくれると信じていた大木戸先輩に声をかけてみたが、あっさり断られてしまったのだ。

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