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第93話

「ちょっと大木戸先輩! 皆ダメってどういうことですか!?」


『悪いな、兎和。俺たちはこう見えて、きっちり義理を通す人間なんだ』


 白石(鷹昌)くんが誓約書にサインした後、僕たちはそれぞれメンバーを確保すべく心当たりの人物にLIME通話で連絡を入れた。

 ところが、もっとも頼りにしていた大木戸先輩の返答は『否』。さらに聞けば、拗らせ勢を除くCチームメンバーが『スタメン争奪戦には参加しない』という意向なのだとか。


 理由は、義理。

 今でこそ林先輩たちはひどく拗らせてしまっているが、かつてはきちんと後輩の面倒を見ていた時期もあった。そのうえ、Cチームの3年生全員が部活引退と同時に競技レベルのサッカーからも身を引くそうだ。


『最後くらい、先輩たちに花を持たせてやりたい。だから、敵対するつもりはない。すまんが他をあたってくれ。じゃあ、また明日部活でな』


「そ、そんな……」


 プツリ、と切れたスマホを手に呟く。

 薄闇に包まれるコンビニの駐車場が、一段と暗く感じられた。直後、少し離れた場所で通話をしていた白石くんが戻ってきたものの、やはり顔色は優れない。


「俺の仲のいい先輩たちはダメだ……そっちは?」


「こっちも断わられた……」


 白石くんはメンバーを調達できず、玲音も僕と同様にエンジョイ勢の先輩たちを頼りにしていた。つまり、万策つきたってことだ。

 このままでは、ここにいる3人だけで戦いに挑むハメになる……つーか、普通に不戦敗になるだろうな。


「おい、どうすんだよ!?」


「いちいち喚くな、やかましい。こっちだって困ってるんだ」


 吠えかかってくる白石くんに、玲音が冷静に言い返す。

 焦る気持ちもわかるが、むやみに騒いだって仕方がない。先輩たちに断られた以上、別の手を探すしかないだろうに。

 とはいえ、そう簡単に良案が浮かぶはずもなく。


「……今日は解散して、明日にでもまた話し合おう」


 玲音の言う通り、各自ゆっくり考える時間を取ったほうがよさそうだ。いたずらに議論を重ねるよりもずっと建設的である。それにちょうど、他の人に相談したいと思っていたところだ。相手が誰かは言うまでもない。


 僕は二人に別れを告げ、自転車をかっ飛ばして『三鷹総合スポーツセンター』のグラウンドへ向かった。 


「なるほど。それで困っていたのね」


「うん……どうすればいいと思う?」


 いつもより30分ほど遅れて、スポーツウェア姿の美月と合流した。事前に連絡を入れたので、待っていてくれたのだ。

 次いで用意してあったレジャーシートに座り、彼女お手製の軽食でエネルギー補給をしつつ本日勃発したトラブルについて相談した。もちろん涼香さんも側でソシャゲ中である。


 正直、すぐにアイデアが出てくるとは思っていなかった。

 だが、僕はいい意味で裏切られる。


「それなら、1年生でチームを組めばいいんじゃない?」


「それ、アリなの……?」


「アリっていうか、仕方がないっていうか。上位チームのメンバーを加えるのはきっと相手が認めない。だったら、他に選択肢はないでしょ?」


 話を聞くなり、美月は1年生だけでのチーム結成を提案してきた。林先輩たちも、格下が相手なら容認するのではとの予想である。なんなら、僕たちの世代のメンバーが少しでも多く経験を積めるよう「倒しちゃえ」とまで言い放つ。


 試合に勝ち、同級生メンバーでCチームのスタメンをかっさらう――この場合、おそらく負けた方はDチームへ降格することになる。定員の都合で、ガチの入れ替え戦となる可能性が高い。


 しかし相手チームは、ほぼ3年生で固められている。流石にフィジカル面での不利は否めない……が、他に選択肢もないわけで。


「……やれるかな?」


「兎和くんがチームを勝利へ導く。私はそう信じている」


 美月に満面の笑顔で断言されてしまえば、もはや迷う余地はない。僕は1年生だけのチームで試合に勝ち、無慈悲な『下剋上』を果たすと心に誓う。

 同時に今の話を伝えるため、スマホで玲音にメッセージを送る。


『俺もそれしか手はないと思っていた。里中たちの助けを借りよう。タコ昌にはこっちで伝えておく』


 すぐに返信がきて承諾を得られる。

 一方、美月も「善は急げね」と呟きながら誰かに連絡を入れていた――しばらくして、ある人物が僕たちのもとにやって来る。


「おつかれさん。いつもここで例のトラウマ克服トレーニングやってるんだってな」


 ナイター照明が灯る芝生のグラウンドに現れたのは、ジャージを着た永瀬コーチだった。

 ちょうど軽食を取り終わった僕は慌ててお出迎えし、来訪の目的を尋ねた。すると「美月に呼ばれたんだよ」と答えが返ってくる。


「連絡したらまだ学校にいたから呼んだの。直接話したほうが早いでしょ?」


「それは、そうなんだけど……」


 永瀬コーチを気軽に呼び出すのは控えてほしい。美月は親戚だから問題ないかもしれないけれど、僕にとっては教師にも等しい存在なのだ。幸い、本人は気にしていない様子だったが。


「それで、なんか話があるんだって?」


「あ、はい。今日のトラブルについて相談したくて」


 永瀬コーチが話を切り出すのに合わせ、美月が用意してくれたサッカーボールをこちらへ向けて蹴る。僕はトラップし、返事とともにリターンを送った。

 少し位置を変え、パス交換を続けながらここに至るまでの事情を説明する。対する反応は「問題ないだろ」といった軽いもの。


「林たち3年が、格下の1年に挑まれて逃げるとは思えん。自分たちのプライドを守るためにも受けて立つだろう」


「わかりました。明日にでも、里中くんたち(D1)に声をかけてみようと思います……でも、豊原監督はよくスタメン争奪戦なんて許してくれましたよね」


 正直、白石くんの振る舞いはめちゃくちゃだ。部活には年功序列的な気風が漂っているにもかかわらず、面と向かって先輩を罵倒した。普通だったら指導を受ける側である。


 東帝の黒瀬蓮くんなんかは似たような暴挙に及び、ションベンを漏らすハメになったばかりかトップチームからも外されたというのに。おかげで夏合宿での出会いにつながったわけだが、まったくもってえらい違いである。


「ここだけの話だが、豊原監督はあえて憎まれ役を引き受けてくれたんだよ」


「憎まれ役、ですか……?」


 そう、と永瀬コーチはボールを蹴りながら秘密を打ち明けてくれた。

 豊原監督がスタメン争奪戦の開催を承諾したのは、栄成サッカー部の未来を思ってのことだった――近く勇退を控え、将来の指揮官である永瀬コーチや、その世代の主力メンバーにできるだけ良い環境を整えて引き継げるよう配慮してくれているそうだ。


 そのため、今回は僕たち(白石鷹昌くん)の希望を優先してくれた。少しでも早く世代交代が進むように、と。


「だから、恨まれる可能性が高い人員整理をわざわざ買って出てくれた。ちょうどいい機会だったしな。林たちの方は……こう言っちゃんなんだが、犠牲になったんだ」


 林先輩たちの事情を知ったうえで、僕たち1年生に成長のチャンスを与えた。否定的に表現すれば、彼らを踏み台に設定した……そう聞くと、中々に非情な判断である。

 しかし、これも僕たちの世代が『全国制覇を目指す一助となれば』という思いからの選択だ。もっとも、勝たなければ元も子もないが。


「……気合を入れないとダメっすね」


「おう、勝つぞ。明日からは俺がみっちり指導してやる」


 続く話を聞くと、当日は永瀬コーチが指揮をとってくれるそうだ。一方、相手チームは豊原監督がベンチに入る。

 その後、トレーニングに関する段取りについても詳細を詰めた。メンバーを確保したら、少しでも多く一緒にプレーして連携を強化しなければ。


「あらあら、泣き虫満晴が立派になったもんだねぇ。嬉しくて私の方が泣いちゃいそう」


「……涼香、マジ黙ってろ」


 一段落したところで、先ほどまでソシャゲに夢中だった涼香さんが茶々を入れてくる。

 彼女の言う『満晴』とは永瀬コーチの名前だが、泣き虫とはいったい……僕が疑問に思っていると、隣にやって来た美月がこっそり教えてくれた。


「永瀬コーチは、よく泣く子どもだったみたい。それで、今でも同年代の親族(涼香さんたち)にからかわれているのよね」


 なるほど……僕と美月も先日、幼少期の『恥ずかしエピソード』を暴露される辛さを味わったばかりだ。なので、ここは聞かなかったことにしてあげよう。

 ともあれ、スタメン争奪戦に向けて闘志が奮い立つ。

 夏は、まだ終わらない。 

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