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第94話

 林先輩が率いる『拗らせ勢』との対決に勝つ、そう固く決意した翌日。

 午前の部活開始前に、大木戸先輩たちが『スタメン争奪戦』への不参加を正式に表明した。彼らはカテゴリ交流戦に回る。


 その影響を踏まえ、僕たち1年生だけでチームを組む案も承認される。

 敗北した場合のペナルティも、『Dチームへの降格』というよりシンプルな形式で再合意された。無論、しばらくは昇格不可となる。


 こちらの提案を聞いた林先輩は、「1年ごときに負けるはずねーだろ。なめんな」と言い放つ。


 一方、白石(鷹昌)くんは「誓約書にサインするんじゃなかった!」とキレていた。勝敗はともかく、自分の派閥メンバーで人数が足りていたので後悔しているのだろう。


 協力を頼まれた里中くんたちは、「ナイス判断!」と即答で了承してくれた。不意に訪れたチーム昇格のチャンスを前に、夏の太陽に負けじとメラメラ闘志を燃やしている。なお、メンバー調整は永瀬コーチが主導する。


 この変更に伴い、僕と玲音、それに白石くんの3人はいったんDチームのトレーニングに加わるよう指示を受ける。連携面を考慮した采配だ。

 そんな折、個人的に嬉しい出来事がひとつ待っていた。


「いくぞ、兎和」


「オーケー、松村くん!」


 トレーニングの最中、松村くんと一緒にボールを蹴る機会がようやく訪れた。

 夏休み前に和解したような雰囲気になったものの、僕はCチームに昇格してしまった。なので、共にプレーするのは本当に久々だ。


 それに、同級生だけの環境はすごく気楽だ。白石くんは相変わらず荒ぶっているが、林先輩たちの怒号に比べればカワイイもので、もはや耳障りなBGMくらいにしか感じない。


 この分なら、わりと良いコンディションで試合に臨めそうだ――そんなポジティブな考えも、そう長くは続かない。


 現実ってやつは、いつもトラブルに事欠かない。 

 試合に向けて連携を深めようとした矢先、突如チームから離反者が現れた。


「今回、俺は辞退する。林先輩に聞いたら、Cチームはガチメンバーでくるって話じゃねーか。しかも負けたら昇格できなくなるとか、マジありえねえ」


 数日後のトレーニング開始前、同じチームに名を連ねる予定だった酒井竜也くんが部室で不参加を宣言した。

 これに対して、白石くんは当然「バカ言うな!」と大激怒。派閥の中心メンバーが反抗したのだから無理もない。


 居合わせた皆も理解が追いつかず、にわかにざわつき始めた。

 ただし、僕と玲音だけは呆れ半分で受け入れていた。なぜなら、彼の『薄情ぶり』をグランピングの夜にたっぷり味わったからだ。


 親しく見えた白石くんたちとの関係を『ギブアンドテイク』と断言し、極めて自分勝手に立場を変えようとした男である。造反しても何の驚きもない。そもそも、スタメン争奪戦では辞退が認められているわけで。


「竜也、裏切るつもりか! ふざけたこと抜かしてんじゃねえッ!」


「うっせんだよ、鷹昌。だいたい林先輩たちに勝てるわけねーだろ。相手は3年だぞ? お前に付き合って上手くいった試しがねえ。この前のキャンプも最悪だったしよお……本気でもうウンザリなんだよ!」


 酒井くんは決別の道を選んだらしい。怒りを露わにし、掴みかかる白石くんを辛辣な反論で突き放す。次いで、一人部室を出ていく。

 残されたメンバーの困惑は深まるばかり。しばらくして我に返った僕と玲音は、先ほどのアクシデントを報告するために監督室へ向かった。


「ああ、さっき本人から辞退すると申告があった……正直、酒井はD1のスタメンから外れかけていたから大きな影響はない。なにより、闘志なき者はこの先の戦いにはついてこられそうもないからな」


 高校サッカーの頂点に立つべく、目的達成に繋がる要素を『取捨選択』する――そう、永瀬コーチは厳しい表情で言い切った。この騒動を機に、将来を見据えた本格的なチームマネジメントに着手するつもりらしい。


「とにかく、こんなところでつまずいて台無しにするなよ。お前たちなら勝てると信じているぞ!」


 やたら気合の入っている永瀬コーチを見て、玲音は少し戸惑っていた。

 豊原監督の勇退の件など、詳細を知らなければ当然の反応である。しかし「近いうちに事情を説明する」と諭され、ひとまず納得したような様子を見せる。


 ともあれ、各チームの陣容が徐々に明らかとなっていく――様々な考えが入り混じった結果、Cチームのスタメン争奪戦は『3年生VS1年生』という構図に塗り替わった。


 年上の威信をかけ、己のポジションを死守する旧世代。

 力を示し、台頭せんと牙を剥く新世代。


 こうして白石くんのブチギレを発端にしたトラブルは、紛うことなき『下剋上』を実現する苛烈な一戦へと発展していった。


 それからまた数日が経つと、スタメン争奪戦に挑むメンバーが固まる。D1をベースに、出戻りの僕たち3人が加わる。もちろん、全員ペナルティを受け入れたうえで参戦を希望した者たちだ。当然面構えが違う。


 選考に関しては、永瀬コーチのアドバイスに基づき、チームを組んで実際に試合を行ったうえで決定した。そのため、他のDチームメンバーも悔しさをにじませながら理解を示してくれた。


 以降は、改めてトレーニングを重ねつつ連携を深めていく。すると溶けるように時間は過ぎていき、気づけば決戦当日を迎えていた。


「皆、おはよう。それでは予定通り、『カテゴリ交流戦&Cチームのスタメン争奪戦』を実施する!」


 夏休みも終盤を迎えた、いつもより少しだけ涼しい朝のこと。

 抜けるような青空の下、僕たちは栄成サッカー部専用の人工芝ピッチで整列していた。総勢130人ほどの部員が半円を作る。10人ほどいる女子マネージャーさんも勢揃いだ。


 そして先ほど、陣の中央に立つ豊原監督がイベント開催を宣言した――この夏の最後を飾るお祭りが、ついに幕を開ける。


 スケジュールに従い、まずはカテゴリ交流戦が行われる。実力の差をより正確に認識すべく、下位チームと上位チームが激突するのだ。


 試合は、30分ハーフ。ピッチは二面をフル活用し、コーチ陣がレフェリーを務める。

 僕は玲音を含むチームメンバーと一緒に観戦エリアへ移動し、汗を流しながらボールを追う仲間たちへ声援を送った。


 時間が経つにつれて、観戦者の数も増えていく。近くにいた里中くんによると、本日も多くの部員が友だちや恋人を招待しているらしい。それに伴い、会場の熱気と気温もぐんぐん上昇していく。


 試合展開はほぼ順当だったものの、熱いプレーが随所に見られ大いに楽しめた。

 やがて時刻は昼になり、僕たちは親しいメンバーとランチを楽しむ。さらにゆっくりと食休みをとった後、再びピッチサイドに戻る。


 そこで、観戦エリアの一部がやたら騒がしいことに気づく。

 もっとも、何が起きているか僕にはおおよその見当がついていたけれど。


「あ、兎和くん! 今日も頑張ってね!」


 確認のために足を向けると、案の定、笑顔で手を振る美月の姿が目に入った。誰が招待したかは言うまでもない。

 その隣にはアウトドアチェアに座る涼香さんがいて、背後に立つ旭陽くんがハンディファンで風を送っている……こちらは完全に予想外。


 とんでもなくビジュアルレベルの高い3人である。

 そりゃあ周囲も騒ぐよな、と納得しつつ僕は挨拶を交わす。


「美月、わざわざ来てくれてありがとう。涼香さんはいつも通りですけど、旭陽くんまでいるなんてビックリです」


「やあ、久しぶり。以前から、兎和くんのプレーを見たいと思っていたんだ。今日は期待しているよ」


 うっ、ちょっとプレッシャー……だが、サッカーに関しては家族以上に強く信頼を寄せる美月がここにいる。ならば、恐れるものは何もない。


「よく見ていてください。きっと、自分でも驚くようなプレーを披露できると思います」


 僕はサムズアップにあわせて決意を語る。

 それから遅れて合流した玲音も加わり、雑談に花を咲かせた。しかしすぐにアップ開始の声が響き、いよいよ出番が訪れる。


「兎和くん、いってらっしゃい。怪我だけはしないようにね」


「うん。いってくる」


 美月が右拳を突き出したので、僕も応えて軽くグータッチを交わした。

 その後、勢いよくピッチへ駆け出す――と同時に、離れた場所からこちらの様子をうかがう白石くんたちと視線がぶつかる。


 いつもは空気を読まず美月へ突撃するのに珍しい……ああ、旭陽くんが睨みを利かせているから近寄れなかったのか。イケメンすぎて独特な雰囲気があるし、ためらうのも理解できる。


 実際、僕と玲音は『あの男は誰だ』と質問攻めにあい、兄妹だと答えて回るハメになった。

 そんなこんなでアップも完了し、自陣ベンチに集合して最終の戦術ミーティングへ突入する。


「予定通り、うちのチームは『ダブル白石』を軸にゲームを作っていく。それと、絶対に走り負けるなよ。体格差は運動量でカバーするぞ。セカンドボールは是が非でも回収しにいけ」


 永瀬コーチはプレー面での注意点を口頭で指摘しながら、作戦ボードを使ってフォーメーションを再確認する。


 今回のチームを端的に表現すると、懐かしの『兎和チーム』と白石くん派閥の融合だ。

 僕と玲音、里中くんや大桑くん、そしてGKの池谷晃成(いけたに・こうせい)くんなど、チームの過半数以上が兎和チーム出身者で占められている。


 特に左サイドは親しいメンバーで固められており、個人的にとてもプレーしやすい。対して、白石くんたちとの連携はイマイチ……だが、ガチ試合となればまた違ったフィーリングが湧くはず。


「――では、確認は以上。相手は先輩だが、遠慮することはない。全力を振り絞り、お前らの頭上を塞ぐ天井をぶち壊してみせろ! さあ、勝ちに行こうッ!」


『ヨシ行こうッ!』


 戦術確認に続き、永瀬コーチが熱いペップトークでチームを鼓舞する。それに合わせて全員でテンションをブチ上げ、スタメンは青のビブスを着用してピッチに散らばった。


 僕は自陣左サイドのハーフウェーライン沿いに立ち、真っ直ぐ敵陣を見据える。すると、林先輩がわざわざ対面から近づいてきて声をかけてきた。CBなのにご苦労なことだ。


「これで、お前ら1年どものナマイキな顔を見なくて済むな。俺らの引退までDチームで大人しくしてろよ、ダブルクソ白石!」


 どうして僕まで……巻き込まれた立場なのに、気づけば矢面に立たされていた。

 高校に入ってからというもの、ろくな認知のされ方をしていない。とはいえ、ことサッカーにおいては黙って譲るつもりはない。なにせ、美月が見守ってくれているのだから。


「……手加減するつもりはありませんので、覚悟してください」


「あァ!? ガキが調子のりやがってッ!」


 睨みつけてくる林先輩はすごく怖いが、僕は目を逸らさなかった。

 だって、この試合で引導をわたすことになるかもしれないから……僕たちが勝ったら、おそらくこれが彼らにとっての『高校ラストマッチ』となる。


 きっと皆、幼い頃からボールを蹴り続けてきたのだろう。

 家族や身近な人から、たくさん応援されてきたに違いない。

 ナニモノにも代えがたい、高校3年間という貴重な『青春』すら捧げた。


 まさかここで終わるなんて夢にも思っていないはず――けれど、僕はそれを承知で勝ちにいく。

 この試合、もはや両者にとって『絶対に負けられない戦い』となった。ならば、目を逸らすことなく全力でぶつからなければ逆に侮辱となる。


 ひとつ、深呼吸をする。

 胸の奥で青い闘志を燃やし、僕は静かにキックオフの瞬間を待つ。

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