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第97話

 炎天下のピッチで繰り広げられていたCチーム・スタメン争奪戦は、後半の10分すぎに先制点が生まれる――というか、僕が得点を決めた。


 玲音と里中くんがボールを繋いでくれたおかげだ。美月のサポートにも感謝が尽きない。

 しかし、得点機の攻防で『林先輩』が味方と激しく衝突してしまった。幸い、鼻血を出す程度で深刻な怪我には至らなかったが、安全を考慮して無念の選手交代となった。


 以降、試合の流れがガラッと変わる。

 リードを得た1年生チームは勝利に向けて俄然勢いを増し、追いかける立場の3年生チームはプレーに安定感を欠く。


 特に相手のディフェンスは、目に見えてバランスを崩す。僕を過剰なほど警戒し、ちょっとハーフレーン(中央より)に顔を出すだけでもダブルチームによる徹底マークを受けた。


 だが、これは悪手だ。

 僕に二枚つけば、当然どこかがフリーとなる。


 結果、白石(鷹昌)くんへのプレッシャーを弱め、自由にプレーする余裕とスペースを与えてしまったのだ。永瀬コーチの指示で、こちらがそのように動いたことも影響している。


 こうなれば、もはや勝負は決まったも同然。

 右サイドに偏りはあるものの白石くんはイキイキと効果的なパスを繰り出し、チャンスを演出し始める。


 左サイドでも僕と玲音の縦関係で揺さぶりをかけ、相手を自陣に押し込めた。さらに不和が顕著な両サイドを、里中くんが豊富な運動量で取り持つ。まさしく『水を運ぶ人』と称すべき活躍ぶりだった。


 結局、終盤に玲音の放ったクロスを大桑くんが頭で合わせて追加点を決め、僕たち1年生チームはリードを広げて勝利を収めた。最終スコアは『2-0』となり、そのままタイムアップを迎える。


 試合終了を告げる長いホイッスルが響き渡ると、3年生チームの大半がガックリとピッチに崩れ落ちる。その光景を見て、胸が締め付けられる思いがした。


 彼らの部活に……青春に、勝負とはいえ僕がピリオドを打ったのだ。負けるとは微塵も考えていなかっただろうし、すぐにこんな結末を受け入れられるはずもない。

 それでも、背後から飛びついてきた汗だくの玲音が気分を紛らわせてくれる。


「――Eres mi crack! 兎和、お前こそがピッチ上の『エル・コネホ・ブランコ』だ!」


「わっ!? えれ、くらっく……こね、ブラコン!? なんで急にうちの妹の話?」


「最高だと言ってるんだ、このアホ! コネホ・ブランコは『白ウサギ』な! どうだ、兎和の異名にぴったりだろ!」


 なんか、またあだ名が増えたみたい……けれど、今回はかなり嬉しい。

 白ウサギとか、なんか俊敏そうなイメージだし。あと幸運とか。そもそも『じゃない方の白石くんは蛮族出身のモブ王』なんて意味不明な肩書きと比べたら、もう何でもよく聞こえる。


 最高にクールだぜ、と笑いながら僕たちはハイタッチをして勝利の喜びを分かち合う。

 ふとネットで見たハンドシェイクがやりたくなってトライしたけど、全然あわなかったうえに興奮を持て余した玲音にビンタされた。


 それから、ピッチに突っ伏す里中くんを労いに向かう。恒例のセミの死骸状態と化しているが、あれだけ動き回ったのだから無理もない。彼は本当によくチームを助けてくれた。


「お疲れさま、里中くん。今日も最高だったよ」


「里中、お前はチームの心臓だ」


 僕と玲音が声をかけるも返事はない。ただのしかばねのようだ……いや、辛うじて右手がサムズアップを作っている。ダイイングメッセージに見えなくもないが、きっと健闘をたたえてくれているのだろう。ナイスファイト。


 続いて、CFの大桑くんやGKの池谷くんなど仲良しメンバーが合流し、みんなで輪を作って飛び跳ねながら勝利を喜びあった。


 その際、近くを通りがかった松村くんが「ナイスプレー」と声をかけてくれた。彼は早くからスタメン争奪戦への不参加を表明していた。思うところがあり、余計なトラブルに首を突っ込まないと決めているらしい。


 そして美月にお礼を伝えるため、僕が一人その場を離れると……フラフラとした怪しい足取りで林先輩がこちらに歩み寄ってきた。わずかな間を挟み、向かい合った状態で互いに自然と足が止まる。


「子どものころから、ずっとサッカーを続けてきた。でも、自分の才能じゃここが限界……高校でサッカーはやめると決めていた。だから、どうしても最後の公式戦までは頑張りたくて、部活と受験勉強を両立して打ち込んできた……お前は、どこまで知っていた?」


 幽鬼のような表情を浮かべた林先輩が、おもむろに問いかけてくる。

 トラブルを避けるのなら、はぐらかすべきだ……けれど、どうしても嘘をつく気にはなれなかった。誰かのサッカー人生を狂わせておいて、逃げるなんて卑怯に思えてならなかった。


「……すべて知っていました。そのうえで、全力で勝利を目指して戦いました」


「いつだって天才は、俺ら凡人を踏み散らかしていきやがる……待てなかったのかよ。あと、たった二ヶ月で引退だったんだぞ」


 僕は高校に入るまで、ほぼ負け続けてきた人間だ。だから、こんなとき何を言ったらいいのかわからない。それでも、どうしても伝えておきたいことが一つだけあった。


「将来、この二ヶ月が無駄じゃなかったと証明してみせます――全国の頂点に立って、必ず」


「……ちげえよ、そうじゃねえッ! それは、俺たちの大切な二ヶ月だ! 返せ、返せよおぉおおおっ! ああぁ、うああぁぁああああ――」


 林先輩は大きな泣き声をあげる。

 目の前で跪き、全身を震わせながら嗚咽を漏らした。


 僕はただ、黙ってその様子を見ていた。やがて目を赤くした別の3年生がやって来たので、後を任せて静かに歩み去る――こうして、眠りから覚めるような寂寥感を残しつつ、絶対に負けられない戦いの幕が下りた。

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