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第98話

 ピッチサイドでスタメン争奪戦を眺めていた俺、酒井竜也は、口を半開きにして唖然と立ち尽くしたままタイムアップの笛を聞いた。


 意味がわからん……なんでCチームの3年が、格下の1年に負けるんだよ?

 フィジカル面を考慮すれば、どっちが有利かなんて明らかだ……そういや、里中たちはカームのプログラムがどうとかで、早くも『肉体の変化を実感した』とかなんとか言っていたな。


 それはともかく、どうしてこうなった……?


 誰もが羨む夢のスクールライフを満喫し、中学時代に自分を『非モテ』とバカにしてきた連中を見返す――そのために俺は、高校へ進学したら『自分の利益を優先して立場を変えつつ柔軟に対応する』と決意した。


 だが、最近はとことんツイてない。というか、ベンチ入りもしていないこの俺はDチームに残されるってことか?

 はあ? ふざけんな……ふざけんな、ふざけんなふざケンナフザケンナフザケンナッ!


「ゼッテー許さねえッ……!」


 俺の怒りは頂点に達し、こんなバカげた事態を引き起こした『ダブルクソ白石』に強烈な憎しみが込み上げてくる。

 どれもこれも、あの二人が元凶だ……激情に駆られるままにぶん殴ってやりたくなる。が、流石に俺もそこまで無鉄砲じゃない。この前の最悪なキャンプで撮られた動画の件もある。


 だから、やるならもっとスマートに。

 具体的には、他人を駒として利用する。


 これは、鷹昌と一緒に行動するようになって学んだやり口だ。自分が正面にさえ立たなければ、後からいくらでも言い訳が立つ。頭ではすでに計画も固まっている。


 俺は翌日の部活中、さっそく人の目を盗んで行動を開始する。 

 駒として利用するのは、もちろん林先輩たちCチームの3年だ。


 実際、少し毒を吐いてそそのかしてみれば、『ダブルクソ白石にガツンと食らわせてやる』と率先して復讐を決意してくれる。暴力まではいかずとも土下座くらいさせなきゃ気がすまない、などと息巻いていた。


 こんなにうまく転がるなんて……俺には人を動かす才能があるのかもな。

 さらに数日かけて水面下で毒をまき、スタメン争奪戦に参加した3年のほとんどを同調者とすることができた。


 面白くなってきやがったぜ――俺はご機嫌で計画を進める。しかしあるとき、不意に松村が接触してきた。


「酒井、兎和たちに何かするつもりか? バカなことはやめとけ」


「……お前にゃ関係ないだろ。余計な口出しすんな」


 部活後、薄暗い部室棟の隅で林先輩と密談していた。どうやら松村は、その内容を盗み聞きしたらしい。そして、一人になったところで呼び止められた。


 ちょっと油断した……今さら逃げても遅いし、どうにか口止めしないと。

 俺は思考をぶん回し、丸め込む方法を急ピッチで思案する。


「なるほど……何となくわかった。俺も混ぜろ」


「はあ……?」


 松村が思いもよらぬ反応を示したものだから、驚きで固まってしまう。だが、相手はお構いなしに『自分がいかに兎和に恨みを抱いているか』をツラツラと語った。


 そういえば、こいつもダブルクソ白石に被害を受けた一人ではあったな……なら、混ぜてやってもいいか。

 ダメ押しとなったのは、「兎和たちを呼び寄せるにしても、お前や林先輩たちの顔をみたら警戒するだろ」という指摘。そのうえで松村は、うまく誘い出してみせると約束した。


「オーケー、松村。仲間に加えてやる」


「サンキュー。じゃあ、詳しく話を聞かせてくれ」


 握手を交わした俺たちは、学校近くのコンビニに移動してから話し合うことにした。それから約30分の協議を経て、計画のブラッシュアップに成功する。


 詳細な段取りはこう――数日後の部活終わりに、松村が兎和を人目のない寂れた公園に誘い出す。次いで待ち受けていた林先輩たちと合流し、説教を開始。最終的には土下座を求めると決定した。

 なお、万全を期すために鷹昌はまた後日となった。


 もちろん俺も現場に立ち会う。『先輩たちに無理やりつきあわされた』と言い訳して、後方からこのイベントを楽しむつもりだ。同じDチームで活動しているので辻褄も合う。


 ワクワクが止まらない。まるでクリスマスでも待つような気分だ――こうして密かに計画は進み、無事に実行当日を迎えることができた。


「あれ、林先輩だけっすか? 他は?」


「ああ、先に向かった。俺たちも早くいくぞ」


 ナイター照明の灯が落ちたピッチを後にし、薄暗くなった校門で林先輩と合流する。それから予定通り、計画実行の舞台である公園へチャリで向かう――ところが、現地に着くと驚愕の事態が俺を出迎えた。


「酒井……残念だ。こんなこと、信じたくはなかった」


「と、豊原監督!?」


 目的地では松村に加えて、何故か豊原監督と永瀬コーチが待ち構えていた。

 まさか裏切られたのか……だが、隣にいる林先輩に焦った様子は見られない。それが余計に俺の混乱を深める。


「このままじゃろくに話もできないだろうから、俺が状況を説明してやる」


 首謀者と思しき人物の口から驚きの詳細が明かされる――今回の計画を知った松村は、俺に隠れて同調者を説得して翻意を促した。このまま加担するなら指導陣に暴露して厳しい処分を求める、と。


 この脅迫じみた説得に対し、林先輩たちは折れた。ボイスレコーダーアプリまで使われたようだ。結果、兎和に土下座させる気マンマンだった3年どもは、陰で豊原監督に実行寸前だった計画を自白する。


 しかしその際、逆に謝罪を受ける。

 部の実績が向上するにつれてチーム規模は年々大きくなり、メンバー全員に目を配ることができない――そんな現状を、豊原監督は苦々しく思っていたそうだ。


 だからこそ『お前たちが道を誤った一因は自分にある』と後悔を滲ませ、頭を下げた。

 実力や才能に応じて待遇に不均等が生じるのはサッカー強豪校の宿命。なので、どちらに問題があるのかは明らかだ。それにもかかわらず、豊原監督は誠意を込めて謝罪した。


 この思いもよらぬ反応に林先輩たちも心を動かされ、たちまち和解したらしい。そのまま皆でファミレスに行ってメシを食い(豊原監督のおごり)、わだかまりをすっかり解消したそうだ。


 最終的にケジメを付ける意味で、未遂とは言え『イジメ』に通じる計画に同調した3年は全員が退部……引退ではなく、中途退部を申し出た。それに加え、年内いっぱい奉仕活動に参加することで話はまとまった。


 サッカー部の顧問である教員にも掛け合い、いわゆる『謹慎』に近い処分を進んで受け入れたそうだ。


「それで酒井、残すはお前だけってわけだ」


 忌々しいことに松村は、俺が言い逃れするのを想定してこのような場を準備したらしい。調子に乗って、『無理やりつきあわされたフリをして楽しむ』なとど口走ったのが仇となった。


 林先輩を含め大勢の証人を用意され、もはやしらばっくれるのも難しい……クソがッ、完全にハメられた!


「松村ァ……!」


「悪いな、俺は兎和に借りがあるんだ。おかげで、やっと向き合えそうだ」


「酒井、開き直るなよ。こっちは、お前が『キャンプ』で兎和に悪さしたのも知っているからな。このままだと退部になるぞ」


 反射的に「ヒッ」と喉が引きつる……永瀬コーチに、例の謝罪動画の件まで知られてしまっているようだ。

 控えめに理由を尋ねると、『神園美月の兄』と親しい関係にあると教えられた。あの夜、俺を拘束した人物である。スタメン争奪戦の観戦にも来ていて、顔を見た瞬間に迷わず逃げ出した。


 ともあれ、状況は完全に八方塞がり……つーか、退部だと? 


 そんなのダメだ、あり得ない。俺がどれだけ頑張ってサッカーを続けてきたと思っている。何より、栄成サッカー部のメンバーという立場を失うわけにはいかない。スクールカーストに大きな影響を与えてしまう――となれば、残る手段は一つしか考えられない。


「す、すみませんでした……ちょっと魔が差しただけなんですっ! この通り、深く反省していますっ!」


 公園のベンチの近くに立つ街灯の光を浴びながら、俺はズバッと土下座した。

 本当なら兎和の頭を地面につけさせて笑うはずだったのに、まさか自分が土下座するハメになるなんて屈辱だ……けれど、この場を切り抜けるためなら何だってやってやる。


「おいおい、そんなことするんじゃない……まったく、仕方のないやつだ。ほら、立て」


 呆れた様子ながらも、永瀬コーチはすぐに立つよう命じてきた。この反応から察するに、誠意が通じて退部は免れそうだ。


 閉ざしかけていた未来に一縷の希望が差し込み、顔を下に向けたままほくそ笑んだ――ところが、すぐに勘違いだったと気付かされる。


「反省していると信じて、退部はナシにしてやる。その代わり、本年度末まで部活動への参加を禁止する。合わせて、学校側が指示する奉仕活動に専念するように。その後は、お前の生活態度次第だ」


 続けて永瀬コーチから下された処分を聞き、今度こそ俺は言葉を失った。

 部活への参加禁止に奉仕活動……それも、本年度末まで。心の中で何度も意味を反芻してみるが、まったく理解が追いつかない。


 ただ一つ、自分がとんでもない失敗を犯したという事実だけは認識できた。

 そして最後に、自分の伸びかけた髪を触る松村から、オーバーキルも甚だしい追撃が飛んでくる。


「酒井、反省を示すのにピッタリな髪型を知っているか? それはな、ボウズって言うんだ。お前も試してみないか?」


 翌日、心をポッキリ折られた俺は、大人しく床屋で頭を丸めた。

 しかも同行した松村に強要され、五厘刈りにされる。そのうえ監督たちへの口添えを理由に、しばらく髪を伸ばすことまで禁じられた。


 夏が終わると共に、俺の青春スクールライフが終わりを迎えた。

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