一生の思い出に残る夏休みが終わり、新学期が始まった。
あわせて奇妙な現象が発生している。栄成高校の校内で、やたらボウズ頭の生徒を見かけるようになったのだ。しかもみんなサッカー部の関係者。
同学年ではあの『酒井竜也くん』が突然五厘刈りで登校し、ちょっとした騒ぎとなった。おまけに、松村くんまでボウズに戻っていた。
そのうえ、スタメン争奪戦で敗北した林先輩を含む3年生全員が頭を丸めていた。そして彼らが揃ってサッカー部を正式に『退部』したと聞き、胸にズンと衝撃が走った。
辞めたのは、間違いなく僕たちのせいだ……けれど、今は罪悪感と同じくらい困惑が強い。いったい何がどうしてそうなった?
しまいには、『じゃない方の白石くんが3年生を退部に追い込んだ』なんて噂が囁かれ始めた。完全に間違いってわけじゃないけど、主に僕じゃない方の白石くんのせいだよ……。
ともあれ、新学期は何かと騒々しいスタートを切った。
その一方で、学内では文化祭ムードがガンガン高まっている。
来たる10月アタマの土・日、栄成高校では文化祭――改め『栄成祭』が開催される。夏休み前に発足していた実行委員会を中心に、いよいよ準備が本格化しようとしている。
もちろん我らが1年D組も栄成祭へ向けて動き出していた……同時に、僕はまさかの事態に襲われていた。
大事件が起きたのは、クラスの出し物などを決めるべく設けられた本日1限目の特別HR。
『Aキャスト公演=主役・白石兎和、準主役・須藤慎。Bキャスト公演=主役・山本健太郎、準主役・岩田大輔』
教室正面の黒板には、こんな文字がデカデカと記されていた。体育祭で騎馬を組んだメンバー再集結である。
どうしてこんなことに……僕は窓際最後方の自分の席で、あんまりな展開に白目をむいていた。
元凶は、教壇に立ち司会進行を務める沼田智美(ぬまた・ともみ)さん。おさげ髪にメガネがトレードマークの女子生徒である。
「他に希望者がいないようなので、配役はこれで決定とします」
「……ちょ、ちょっと待って! 主役なんて無理なんだけど!?」
僕は慌てて異を唱える。
危なかった。半分気絶しているうちに話がまとまりかけていた……というか、配役を他薦で決めるとかどうなの? なんかおかしくない?
栄成祭では、様々な催し物が目白押しだ。しかし人気の高い飲食関係の模擬店は、スペースや予算の都合もあり、基本的には3年生のクラスに優先して割り当てられる。
そこで、うちのクラスは演劇をやることに決まったのはいいが……フタを開けてみれば、脚本どころか配役まで固まっていたのだ。それも、本人の意思は完全に無視した他薦で。
「白石兎和くん、演目をきちんと理解している?」
「あ、うん。サッカー漫画を元にした劇だって……」
沼田さんが夏休みの間に仕上げたという脚本は、HRが始まると同時に配布され、クラスメイト全員がざっと目を通し済みだ。
その内容をざっくりまとめると、サッカー漫画のオマージュ。具体的には、史上最もイカれたサッカー漫画の異名を持つ『レッドロック』を原作としている。
「だから、D組で唯一のサッカー部員である白石兎和くんが主役に抜擢されたわけです。相棒として、仲良しの須藤くんとセットで。また上演回数の負担を考慮してダブルキャスト制を採用、山本健太郎くんと岩田大輔くんにも主演をお願いしています――この完璧な配役に何か問題でも?」
「いや、問題しかないと思うんだけど……そもそも脚本の内容がおかしいよね?」
まずもって、僕は部活が忙しくてそれどころじゃない。間近に迫る公式リーグや試合(他カテゴリ)の応援、休日を利用した遠征など、早くも今月のスケジュールはびっしり埋まっている。劇の練習なんて、学校側が設けた準備時間くらいにしかできない。
それ以前に、脚本に大きな問題があった。
劇に対して後ろ向きの僕は、珍しく長々と反論を繰り出す。
「レッドロックを元にしているのは何となくわかったけど……でも、試合中にユニフォームが破れて上半身ハダカになるのはどうなの? なんでそのままプレー続けちゃうの? あと、ラストに相棒(準主役)と上裸のまま抱きあうって、流れが本当に意味不明なんだけど……」
「白石兎和くん、よく聞いて。鍛え抜かれた筋肉同士が触れ合う瞬間は、この世で最も美しい情景のひとつよ――私は、筋肉男子がくんずほぐれつする姿がみたいッ!」
こ、こいつ、自分の欲望に素直すぎる……そう。沼田さんは、自他ともに認める筋肉フェチ(プロレスマニア)なのであった。
慎から聞くまで僕もよく知らなかったのだけど、どうやら上裸のマッチョ同士の絡みが大好物らしい。もちろん『サムライチャンネル(オンデマンド)』のヘビーユーザーなのだとか……どんなチャンネル?
とにかく、そんな彼女が自ら筆を取ってこの脚本は完成した。そりゃあマッスル要素ツヨツヨにもなる。
「でも、それだったらなんでサッカー漫画を題材に……」
「私は、レッドロックの『伝説のお風呂回(アニメ)』に深い感銘をうけたの。素晴らしい筋肉表現だった。そして気づけば、夏休みを利用してこの脚本を書き上げていた――同時に、マッチョ具合を基準に配役を決めようと閃いた。まさに天啓ね。ちなみに、クラスの女子は全員賛成してくれています」
「な、なんだって!?」
慌てて周囲を見回してみると、女子たちはウンウンと首をタテに振っていた。
根回し済みかよ……もちろんクラスの女子全員が筋肉フェチ(プロレスマニア)ってわけじゃない。大半は、ノリや面倒くさがって賛成しただけだろう。
だが、クラスの過半数を握られたことは事実。このまま多数決にでも持ち込まれたら、ちょっと勝ち目が薄い。
当然の帰結として、僕はクラスの男子たちの支持を集める方針を取った。
「ま、慎! それに健太郎、大輔くん! みんなはどうなの!? やっぱ納得できないよね!」
「まったく、やれやれだぜ……プロテインは経費で落ちるんだろうな?」
落ちるわけないだろ!?
慎のヤツ、完全に悪ノリしてやがる……続けて健太郎くんが「筋肉には自信あるぞ!」と前向きに決意表明し、大輔くんが「お前たちがヤルなら付き合ってやる」とアヤシイ発言をする。
このやり取りを受け、一部の女子が「きゃあっ!」と嬉しそうな悲鳴をあげていた。どうやら別の需要を掘り起こしてしまったらしい。
おまけに、ここでクラスの盛り上がりは天元突破。クラス全員が謎に一致団結の構えを見せ、文化祭に向けてやる気と勢いが加速していく。
悲しいかな、この盛り上がりに水を差す胆力など僕にあるはずもなく……慎に「せっかくの文化祭だし頑張ってみようぜ!」と説得されたのも影響して、最終的には主役を引き受けることにした。
ただし、『絶対的に部活が優先』などいくつかの条件をのんでもらった。
本当にどうしてこうなった――などとタメ息を吐きつつも、どこかこの状況を楽しんでいる自分がいた。
文化祭に積極的に参加するとか、生まれて初めての経験だ。サッカーをおろそかにするつもりは微塵もないが、できる限り両立して頑張ってみよう。
それはそうと……主役を演じるなんて、やっぱり不安しかない。なので、ソッコーで美月にメッセを送って助けを求めるのだった。