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第101話

 来たる栄成祭に向け、本日の1時限目に特別HRが設けられた。

 そして私、神園美月が所属する1年A組の出し物は、『LARP (体験型ロールプレイングゲーム)』に決まった。


 ただし、内容は謎解きスタンプラリーの形式を採用している。

 物語のキャラクターになりきった演者が参加者にクエストを提示し、謎を解くことで次の目的地が明らかになる。


 さらに現地で待つキャラクター(演者)とサイコロバトルを行い、勝利するとスタンプを獲得できる。その後、すべてのスタンプを集めてA組の教室に戻れば景品がもらえる。


 タイトルは、『プリンセスクエスト』。由来は、お姫様の依頼(クエスト)を受けてゲームがスタートするから。


 ちなみに、私の役どころは他薦でメインのプリンセスに決まった……そういえば以前、能力解放の女神(LARPの配役)だとか言って涼香さんに騙され、兎和くんに呆れられたっけ。


 もっとも、今回は恥ずかしい思いをすることもないでしょうけど。

 それに、演じている間は教室から出る必要がないので何かと安心だわ。女子のみんなが守ってくれるみたいだし。もちろんプリンセスは交代制なので、文化祭を満喫する余裕も十分にある。


 できれば、兎和くんたちと楽しみたいところだけど……と、私はクラスの自分の席で近い未来の光景を想像していた。


 そのとき、不意にスマホが振動した。

 画面をタップすると、たったいま私の思考を独占していた男子からのメッセージ通知が表示される。


『劇で上裸でくんずほぐれつすることに決まった』


 なるほど……なるほど?

 届いた謎のメッセージを見た私は、進行するクラスの話し合いそっちのけで首をかしげる。


 どうやら兎和くんは、また何か不可解な事態に巻き込まれてしまったみたい……というか、いつもメッセージの内容が足りてないのよね。そのうえ、ちょっと目を離すと斜め上の方向に全力疾走しだすのだから、本当に困ったものだわ。


 とりあえず、後で詳しく確認しないと。彼の個人マネージャーとして、どんな展開にも対処できるよう準備しなくちゃ。


「てかさー、美月。『栄成アイドルグランプリ』の賞品はどうするの? やっぱり、じゃない方の白石くんを誘う感じ?」


「……咲希ちゃん、人を不名誉なあだ名で呼ぶのは良くないわ。あと、誰がアイドルグランプリで選出されるかはまだ決まってないでしょう?」


 兎和くんからの謎のメッセージを読み解くべく、私はこっそりスマホを眺めていた。すると近くの席に座る友人の木幡咲希(こはた・さき)ちゃんが振り返り、唐突に望ましくない話題を持ち出してくる。


 咲希ちゃんはかなりの恋愛脳なので、私たちの関係についてしばしば尋ねてくるのよね――そんな彼女が口にした『栄成アイドルグランプリ』とは、文化祭で行われる学内人気投票のことだ。


 栄成高校では毎年、各学年を代表するアイドル的生徒を一人ずつ選出している。

 栄えあるグランプリに輝くと、後夜祭で行われるプロジェクションマッピングの『特別観覧席』が与えられるの。さらに副賞として、その観覧席に誰か一人を招待できる『ペアチケット』が贈られる。


 お恥ずかしながら、私は1年生の最有力候補と大いに噂されていて……要するに、周囲はペアチケットの行方に興味津々なのだ。

 アイドルに選ばれた歴代生徒が恋人にペアチケットを贈っていたことも、余計に話題性を増す要因となっている。


 なんにせよ、今はまだ何も確定していない……というか、これでアイドルに選ばれなかったら私はどんな顔して登校したらいいの?


 とにかく、この話はこれでおしまい。私はクラス会議に集中するよう皆に伝えた。

 その後、チャイムが鳴って休み時間に入る。すると、今度は咲希ちゃんとは別の友人が「お客さんだよ!」と笑顔で歩み寄ってきた。


「美月ちゃん、3年生の男子が呼んできてって。今回は、あのサッカー部の有名な先輩だよ! あ、廊下の端で待ってるみたい!」


「え、あのイケメンの!?」


 いち早く反応した咲希ちゃんを中心に、周囲はキャッキャと盛り上がっている。しかし、私だけはまたも首をかしげていた。


 我が校でサッカー部の有名な先輩といえば、全国区の知名度を持つ『相馬先輩』をおいて他にいない……けれど、いったいどんなご用かしら?

 華やかな評判のわりに浮いた噂がない人だけに、いつものような色恋絡みの呼び出しとは思えない。


 相手の意図を推測しながら席を立つ。それから教室を出ると、予期した通りの男子生徒が私を待っていた。


「やあ。話をするのは、たぶん初めてかな? 相馬です」


「初めまして、神園美月です……授業の準備がありますので、さっそくご用件をお伺いしたいのですが」


 挨拶もそこそこに、私は向かい合ってすぐに本題を切り出す。

 なにせ時間がない……高校に入ってから、なぜか授業の合間に呼び出されることが増えた。正直、かなり迷惑に思っている。バタバタするので本当にやめてほしい。


 こういうのって、普通は昼休みとか放課後に起きるイベントでしょう?


「ああ、こんな微妙な時間に呼び出してごめんね。でも、放課後とかはかなり捕まえづらいって聞くしさ」


 相馬先輩に謝られ、つい不満を顔に出してしまっていたと気づく。同時に、原因も判明した。

 確かに、昼休みや放課後に呼び出された場合はムシする傾向にある……なるほど、だから私が確実に教室にいる時間帯を狙って訪れるのね。


「そうですか……では、改めてご用件を伺いたいのですけど」


「わかった。率直に言うと、神園さんに『お願い』がある」


「お願い、ですか?」


「そう。実は、ガチの兎和と勝負したくてさ――キミが、アイツにとっての『スイッチ』なんだろ?」


 どうしてそれを……と尋ねるよりも早く、相馬先輩は答えを教えてくれた。


 豊原監督から以前、『白石兎和のアジリティがスゴイらしい。掘り出し物なんてレベルじゃない』と聞き、興味を惹かれて朝練の際に近づいた。そして執拗に『1対1』を仕掛けてみれば、やたら足元が上手く、強靭な肉体を備えているのがわかった。


 ところが、相手は肝心のアジリティを隠しているようだった。もちろん何か狙いがあるのだろうと予想していた――だが、前回のスタメン争奪戦で私が関与していると勘付いた。

 その結果、興味が限界を突破し、ついに我慢できず永瀬コーチに問いただしたという。


「それで、神園さんが『スイッチ』なんだと知った。まあ、その他の事情については教えてもらえなかったけどね」


 まったく、あの人は口が軽いんだから。今晩にでもキッチリ言い含めておかないとダメね。

 それはそうと、要は『兎和くんとのガチンコ対決のセッティング』を相馬先輩はご希望なのよね……少し考えて、私はハッキリと返事を告げる。


「申し訳ないですけど、お断りします。今は兎和くんのメンタルに負担をかけたくないので」


 夏休みの最終日に楽しんだ花火は、今も色鮮やかな記憶として私の中に残り続けている――あの夜、兎和くんは『スタメン争奪戦』で下した3年生のことを気に掛けていた。


 端的に言うと、彼はまだ勝利に慣れていない。だから、相手の痛みに必要以上に共感してしまう。それなのに、ここで栄成サッカー部のエースまで打ち負かしてしまったら……どう考えてもキャパオーバーよね。


「へえ、その反応……もしかして、俺に勝てると思ってない?」


「当然です。兎和くんが――私たちが負けるはずありません」


 どこか愉快そうな表情を浮かべる相馬先輩に対し、迷いなく言い放つ。

 兎和くんは、サッカー選手として最高級のポテンシャルを秘めている。ダイヤモンドの原石、と表現しても決して大袈裟じゃない。


 そこに、この私のサポートが加わるのよ。条件さえ揃えば、現役のプロにだって勝てるわ!


「あはは、やっぱキミたち面白いね。俺の『後継者』の本当の力を確かめたかった……だけなんだけど、絶対に負かしてやりたくなってきた! どうにかお願いできない?」



 相馬先輩は、かえって闘志を燃やしてしまったみたい。すごくポジティブなうえ、なかなかのエゴイストだわ。

 とにかく、現状で頷くことは難しい。少し時間を置いてくれれば別だけど……さて、どうやってお引き取り願おうかしら。


 私は高速で思考を巡らせ、適切な断り文句を探し始めた――その時、少し離れた場所で野次馬をしていた咲希ちゃんの声が耳に飛び込んでくる。


「あ、白石兎和だ。やっほー」


 反射的に、私は声の方へ顔を向けた。

 兎和くんは、野次馬をしている女子たちの後方へと歩み寄ってきていた。ほぼ同時に、お互いの視線がぶつかる。


「あ、逃げた」


 直後、咲希ちゃんが思わずといった様子で呟く。

 その言葉は、現状を的確に捉えていた――兎和くんは何かマズいものでも見たような表情を浮かべ、慌てて踵を返したのだ。


「兎和くん! 待って!」


 相馬先輩をその場に放置し、思わず後を追った。

 何よりも先に、無意識に駆け出していた。


 視界に映る兎和くんも、なぜか逃げるように走り出す……久しぶりの奇行ね。けれど、それはダメよ。絶対に追いつけなくなる。

 だから、私は叫んだ。


「――廊下は、走らないッ!」


 間髪入れず、兎和くんは腰をくねらせながらスムーズに早歩きへと移行する。

 あれは、競歩!? 確かに走ってはないけれど……ムダに速いわ! 何もこんなところで高いアジリティを発揮しなくてもいいでしょ!


 こちらは全力疾走しているのに、少しずつしか距離が縮まらない。それでも私は諦めず、ぎょっとする同級生たちの間を駆け抜けた。


 程なくして、廊下の反対側の突き当りにある階段にたどり着く。すると、兎和くんは迷いなく下り始め――そこで私は、距離がかなり縮まっていたこともあって思い切った行動に出る。


「待ちな――ッさい!」


 階段中腹に差し掛かるや否や、力いっぱい右足を踏み切ってジャンプ。

 短い浮遊感の後、私は踊り場へ華麗に着地する。同時にようやく追いついた兎和くんの腕を掴んでくるりと回転させ、勢いのままにその背中を壁に押し付けた。


 仕上げに、少し高い位置にある彼の顔を挟むように両手をドンとついて拘束する。


「もう、なんで逃げるのよ!」


 呼吸を荒げながらもぐっと顔を近づけ、私は遠慮なく不満をぶつけた。

 あまり時間がないのだから、さっさと白状なさい――そう続けて、手早く尋問を開始するのだった。

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