目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第104話

 文化祭へ向けて盛り上がるスクールライフ。

 一方、栄成サッカー部の方もまた別の熱気で満ちている。


 何を隠そう、8月の末に『第1XX回・全国高校サッカー選手権大会(冬の高校サッカー)』の東京予選がスタートしていた。

 言わずとしれた、高校男子サッカー部の頂点を決めるビッグタイトルのひとつだ。数多の高校生プレーヤーがこの舞台を目標に活動している。


 もっとも栄成サッカー部は二次予選からの参加となるため、試合があるのは早くても10月に入ってからだ。前年度の実績が評価され、一次予選は免除されている。


 それでも、のんびり文化祭の準備を楽しんでいる余裕はない。高校サッカーの集大成とも言える大会ゆえに、全3年生メンバーは並々ならぬ情熱を燃やしている。

 自分が出るか出ないかなんて問題ではないのだ。チームが少しでも良い成績を収められるよう団結し、残された日々を惜しみつつサッカーに打ち込んでいた。


 当然、プライオリティ的にも冬校サッカーが最優先。そのため、栄成サッカー部は文化祭で『フットサル(適当)』を伝統的な出し物としていた。


 もちろん、上級生だけでなく僕たちの代も大いに盛り上がっている。

 スタメン争奪戦の結果を受け、現在のCチームは2年生と1年生の混合チームとなった。あの試合で共にプレーしたメンバー(ベンチ含む)は全員、見事にチーム昇格を果たしている。ちょっと早めの代替わりだ。


 そして9月半ばには、新生Cチームで挑むリーグ戦の試合が控えている。相手は、強豪クラブユースのBチーム。永瀬コーチに『選手登録が完了した』と告げられ、皆ますます気合いを入れてトレーニングに臨んでいる。


 個人的に少し気にかかるのが、新学期になっていきなり五厘刈りで登校してきた『酒井竜也くん』について。


 新学期に入り、豊原監督から『諸事情により本年度末までは部活に不参加となる』と発表があった。夏休みの終わり頃から姿を見かけなくなったと思っていたが……僕じゃない方の白石(鷹昌)くんも事情を知らないらしく、周囲のメンバーは様々な憶測を口にしていた。


 それと、気になることがもう一つ。

 あの日……美月に追われて廊下を駆け抜けた日以降、相馬先輩のグイグイ感がより強くなった。


 朝練で顔を合わせると、執拗に『1対1』を申し込まれる。僕は全力を発揮できないので勝敗はお察しのうえ、周囲の視線が痛いからご遠慮願いたい。


 なにより、勝負を口実に美月とお近づきになろうとしているのでは、とゲスの勘ぐりが発動してしまう――というか、これ以上近づけてたまるものか。クライアントは僕だけで十分だ。


 とはいえ、ハッキリ拒絶するのも難しい。相馬先輩はこちらの事情をある程度把握しているため、変に刺激して暴発されては困る……そんな人じゃないとは思うけど。

 それに、僕が迂闊な対応をして言質を取られることも大いに考えられるので、適切にはぐらかすよう美月に指示されていた。


 要するに、相馬先輩に関してはしばらく様子見だ。

 他にも、カーム社の定期測定を受けに行ったりするなど(少し身長が伸びていた)、新学期はこれまで以上のタイトスケジュールと慌ただしさで進行している。


 もちろん、夜(部活後)はトラウマ克服トレーニングに打ち込んでいる。青春スタンプカードも3冊目の半分を過ぎ、次のスペシャルイベントに対する期待はぐんぐん高まるばかり。


 以前より回数は減ったものの、『東京ネクサスFCさん』のゲームトレーニングへの参加も継続中だ。監督の安藤さんには、今度トレーニングマッチに出てみないかと誘われている。しかし、それは美月が断固拒否している……高校卒業後、僕の獲得を本気で企んでいるのだとか。


 選手として求められていると知って、ついはにかんでしまった。

 そんなこんなで、溶けるように時が過ぎ――リーグ戦が目前に迫った、ある日の昼休みのこと。


「世界一のエゴイストになって、チームを勝たせてやるッ!」


 僕は、練習をしていた。

 サッカーの、ではなく演劇の。


 栄成祭まで、昼休みに劇の練習が新たなタスクとして追加された。お弁当を食べた後、教室の隅に集合して演技指導を受けている。


「はい、オーケー。良くなってきているよ、白石兎和。このペースなら、本番まで十分間に合いそうだね」 

 台本が一区切りしたところで、脚本家兼監督を務める『沼田智美さん』からお褒めの言葉を頂戴した。


 同時に、ちょっとビックリしていた……彼女の言う通り、僕は至ってスムーズにセリフを覚えられている。演技に関しても段々と慣れてきていた。


 すなわち、僕にしてはあるまじき順調さで劇の練習が進行しているのだ。

 最初は主役なんて絶対ムリだと思っていたのに……無論、上手くいっているのにはちゃんと理由がある。


 台本をしっかり読んでみて気づいたのだけど、思ったより自分のセリフが少なかった。その分、多くの場面でナレーションや脇役が自然な形でカバーしてくれている。


 これは、非常にありがたい構成だ。なので、僕はついぽろっと疑問を口にしてしまった。

 すると、台本を書いた沼田さん本人が「当然でしょ」と答えてくれる。


「白石兎和は、サッカー部だからめちゃ忙しいって最初から聞いていたし。須藤(慎)くんたちも部活があるでしょ? だから、限られた時間でも形になるよう他の演者にセリフを振り分けたの」


 またも驚かされる。どうやら、練習時間をあまり取れない前提の構成となっているようだ。しかも、僕と同様に部活で忙しいクラスメイトの事情まで考慮して配役などを決めたらしい。


「スゴイ……沼田さんって、ちゃんと色々考えていたんだね」


「は? 私を何だと思ってんの……ちゃんとクラス全体を考えた割り振りをしたから、女子たちの賛同を得られたんじゃない」


 劇を成立させるには、非常に多くの手間がかかる。演者やナレーターはもとより、舞台や小道具などの準備も含め、クラスメイト全員の協力が必要不可欠だ。


 だが、仮に僕が他の役割を担当していたら……おそらく、部活の都合で仕事をまっとうできていなかっただろう。

 しかし、実際に任せられた主役はセリフと流れを暗記するだけなので、練習するにもわりと融通が利く。さらにダブルキャスト制だから、現状は余裕すら感じられる。


「そもそも演劇を提案したのは、クラスメイト全員が出し物に関われるからよ。高校1年生の文化祭は人生で1回きりなんだから、皆で楽しい思い出をつくりたいじゃない」


「沼田さん……感動したよ。あと、僕は謝らなくちゃいけないみたいだ。キミのことを筋肉フェチ(プロレスマニア)で欲望に忠実なヤバい奴だと思っていたけど、実はめっちゃいい人だったんだね!」


「白石兎和……旋回式DDTかますぞコラ!」


 褒めたのに、なんか怒られた……解せぬ。

 それはそうと、話を聞いて改めて思う。別に普通の演目でもよかったのではないか、と。


 わざわざ主役たちが上裸になる必要など微塵もない。無難な内容の方が準備も楽だろうし、観客にもウケるだろうに。

 そんな僕の呟きに対し、沼田さんは毅然と言い放つ。


「それだと私が楽しめないでしょ」


 僕だけでなく、周囲にいたクラスメイトまでもがジト目を向けていた。

 その後も、欲望に忠実ながらも心優しい筋肉フェチ(プロレスマニア)な少女の号令で、引き続き劇の練習に取り組んだ。


 それから、またしばらくの時が経ち――栄成祭に関連する展示物やポスターがあちこちで見られるようになり、普段より何倍も賑やかさを増した校内で、僕はふとこんな噂を耳にした。


『文化祭で白石兎和を倒すと、神園美月とプロジェクションマッピングを鑑賞できるペアチケットが手に入るらしい』


 そんなワケあるか……まるでゲームに登場するレアモンスター扱いだ。僕は特別なアイテムなんてドロップしないぞ。どうやら、またアホみたいな噂が独り歩きしているようだ。


 おまけに、噂の出どころは美月だと言うから驚いた。

 いったい何があったのか……きっと彼女も巻き込まれたに違いない。とにかく、急いで事情を確認する必要がありそうだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?