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第105話

 僕は突如浮上した『白石兎和レアモンスター疑惑』の真相を探るべく、ウワサの発信源とされる美月にメッセージを送った。

 しかし、学内は何かと騒々しい。落ち着いて話せそうもないため、やはり部活後に時間を取り直すことになった。


 ようやく僕が本題を切り出せたのは、その日の夜になってから。

 ナイター照明が灯る『三鷹総合スポーツセンター』の芝生グラウンドで、美月と涼香さんの二人と合流し、ウサギ柄のレジャーシートに座って手作りお弁当を完食したときだった。


「……それで、なんで僕を倒すと『プロジェクションマッピングのペアチケットをドロップする』とかアホなウワサが流れてるわけ?」


「あ、あはは……ちょっと対応をミスっちゃって」


 隣に座る美月は、どこか申し訳なさそうに笑う。

 彼女にしては珍しく判断を誤ったみたいだ。いったい何があったのか、ますます気になってきた。

 僕がジト目で話の続きを催促すると、驚愕の真実が次第に明らかとなっていく。


「私たちが階段で話しているところを、咲希ちゃんに見られたじゃない? それについては、勘違いがないようにきちんと口止めしたわ。この前の昼休みにね。でも、代わりに『ペアチケットをゲットしたら誰を誘うのか』ってしつこく質問されて……」


 ああ、A組の木幡咲希さんが絡んでいるのか……階段の踊り場で『壁ドン(普通とは男女逆)』しているところを目撃されたから、言いふらさないようきっちり口止めした。が、引き換えに色々と探りを入れられたらしい。


 そもそも、ペアチケットは『栄成アイドルグランプリ(人気生徒投票)』の賞品だ。後夜祭で行われるプロジェクションマッピングにおいて、誰かひとりを特別観覧席に招待できる。

 そして結果発表は文化祭の『初日』に予定されており、美月がグランプリを獲得するかはまだ確定していない。


 ちなみに、文化祭は2日間にわたって開催されるが、初日は在校生のみで実施される。それと玲音が、一般公開日に東帝高校の『黒瀬蓮くん』たちを招待したとか言っていたっけ。


 ともあれ、あくまで美月はアイドルグランプリ(1年生の部)の最有力候補に過ぎない……しかし選出がほぼ確実視されているだけに、周囲がペアチケットの行方に関心を抱くのも無理はない。


「だとしても、どっから僕の名前が出てきたんだ?」


「咲希ちゃんが途中で、『男子にペアチケットを渡すならやっぱり白石兎和?』とか言ってからかってきたの……もちろん最初ははぐらかしていたわよ。グランプリだってまだ決まってないし。けれど、近くで話を盗み聞きしていた男子が兎和くんをバカにするような発言をして、私もムキになっちゃったのよね」


 まさか、じゃない方の白石くんを誘うとかありえないでしょ。あんなモブと神園さんじゃ釣り合いが取れなさ過ぎる――そんなことを言われ、ついカッとなって反論してしまったという。


 モブじゃない、とてもユニークな人だ、知名度もある、サッカーがすごく上手でプレー中はカッコいい、プレー中は、などなど。


 色々とフォローしてくれたみたいだけど……聞いていて、思わず顔を両手で覆ってしまった。美月って、僕のことちょっと過大評価する傾向にあるよなあ。


「ついでに、勢いで『おかげで決心がついた。もしグランプリをとれたら、仲良しの兎和くんを誘う』と宣言までしちゃった」


 この美月の反応は、周囲にとってはまったく予想外だったらしい。たちまち教室全体が騒然となり、クラスメイトの大半が興味津々で会話に顔を突っ込んできたそうだ。


 挙句の果てには、盛り上がりすぎて『白石兎和からペアチケットを奪ってやる!』と口にするお調子者まで現れたのだとか――さらに厄介なことに、この発言に影響を受けた者がいた。


「A組は、栄成祭でLARP(体験型ロールプレイングゲーム)をやることに決まったの。タイトルはプリンセスクエストよ……それで、誰かが冗談半分で『白石兎和を裏ボスにして、サイコロバトルで勝利するとペアチケットをゲットできるとか面白くない?』なんて言い出したの」


 悪ノリにも程がある……他のクラスの生徒に迷惑をかけるのは絶対にダメ、と美月はその場で猛反対した。

 同じA組に在籍し、ちょうど話題に参加していたサッカー部の里中くんとその友人たちも即座に否定してくれたそうだ。今度お礼を言わなきゃね。


「だけど、この話がどこからか外に漏れてしまったみたい。そのうえ、けっこうな尾ひれがついちゃって……」


 蛮族出身のモブ王であるじゃない方の白石くんが、高貴なプリンセスの神園美月からペアチケットを強引に取り上げた。勇敢なる者たちよ、サイコロバトルで勝利して奪還せよ――そんな秘密クエストが1年A組の出し物には隠されていると、まことしやかに囁かれ始めたのだ。


 構図としては、悪の王(僕)といたいけな姫(美月)、それに宝物の奪還を目指す勇者たち(A組の出し物に参加するお客さん)、といった感じか。


 結局のところ、男子たちが『文化祭の2日目に白石兎和を倒すとペアチケットが手に入る』と勝手に盛り上がっているようだ。もちろん栄成の生徒限定で。


「なんでも、お姫様がペアチケットの奪還を願っているそうよ。まさしくプリンセスクエストね……余計な設定を追加したのは誰よっ!」


 自分でツッコミを入れ、ため息まじりに頭を抱える美月。

 なるほど、事情は把握した……が、どうしてこうなったのか話を聞いても不思議で仕方ない。


 というか、うちの高校はなんでイベントになるとこんなにも頭が悪くなるのだろう。都内でも偏差値が高い方のはずなのに。


「ぷふふふふ。二人とも、本当にハッピーなスクールライフを送っているみたいだねぇ!」


 背後から人をおちょくるような笑い声が飛んでくる。どうやら、涼香さんはソシャゲをやりながら聞き耳を立てていたらしい。

 まあ、第三者からすれば愉快な事態だよなあ……無関係なら、きっと僕も爆笑していた。


「もう、こっちは本気で困っているんだから! 涼香さんはいつもお気楽でいいわよね」


「おやおや。心外だよ、美月ちゃん。せっかく今回のトラブルを乗り越えるための秘策を授けようと思ったのに」


「秘策、ですか……?」


「そうだよ、兎和くん。美月ちゃんが事前に相談してくれたからね。この涼香お姉さまが、とびっきりの秘策を用意してあげたってわけさ」


 荒ぶる美月の隣で僕が首をかしげていると、涼香さんがおもむろに立ち上がり、正面に回り込んできた。なにやら不敵な笑みを浮かべていらっしゃる……用意した秘策とやらに、相当自信があるみたいだ。


 続けて彼女はポケットをゴソゴソやり、中腰になりつつ右手のひらをこちらに向けて差し出した。その上には、ゴテゴテとラメ加工された多面体ダイスがぽつんとのっている。


「この『特製20面体ダイス』を使って、挑戦者を返り討ちにしちゃいなさい!」


 プリンセスクエストの参加者は、一般的な6面体を使用する。しかし涼香さんは、この20面体ダイスを使って相手を撃退しろと仰せだ。

 これが秘策……かなりゴリ押しだな。正直、もっとスマートな手段を期待していた。


「裏ボスって言うくらいなんだから、軽いチートがあってもおかしくないでしょ。むしろ強敵じゃないとおかしい! 簡単に倒せちゃったら逆に興ざめだよ!」


「なるほど……でも、これだと負ける確率もありますよね?」


 スマートかどうかはさておき、何かと不運な僕のことだ。圧倒的有利な状況にもかかわらず、うっかり5以下の出目を引いて負けてしまう可能性が大いにある。どうせなら必勝の策を授けていただきたい。


「ふっふっふー、兎和くんは慌てん坊さんだねぇ。なにか楽しいことでもあったのかい? ほら、落ち着いてこのダイスをよーく確認してごらん」


「はあ………………うわッ、これイカサマダイスだ!?」


 涼香さんから手渡されたダイスをじっくり観察してみると、驚くべき事実に気づく――なんと、どの面にも『6以下』の数字が刻まれていなかった。

 ゴチャゴチャしたラメ加工やらのせいで、視認性がかなり悪い……指摘されなければ、ほとんどの人が見逃すに違いない。


「言ったでしょ? 特製20面体ダイスだって」


 驚愕する僕に、パチリとウインクを送る涼香さん。

 彼女をこんなに頼もしく思う日が来るなんて……ところで、どうしてこのようなブツをお持ちなのだろうか。まさかギャンブルでイカサマでも?


「大学時代にTRPGが流行ってね。そのときに、仲間の一人がジョークグッズとして作って持ってきたんだよ」


 その後、気に入った涼香さんの手に渡ったが、使う機会が訪れず放置されていたらしい。しかし今回の相談を受けた際にピンときて、ついに日の目をみることになった。


 僕は思わず、制作者の方に感謝を捧げた。これぞ必勝の策……ところが、この感動に水を差す言葉が隣から飛んでくる。


「どうにか勝負を回避するという選択肢はないの?」


 ジト目でツッコミを入れてくる美月。

 ごもっともな意見だ……が、きっとそれは難しい。


「体育祭を思い出してくれ。僕は断りきれず、サイコロバトルを強いられそうな予感がプンプンしている。それなら、最初から素直に応じたほうがずっと手間が省ける」


 視線を正面に戻すと、涼香さんもウンウンと頷いていた。同意見らしい。それから柔らかな笑顔を浮かべ、「もったいないよ」と優しく諭すように言う。


「せっかくの文化祭なんだし、この際二人でトラブルも楽しんじゃいなさい! いつの日か、それも素敵な思い出に変わっていくはずだから」


 繰り返しになるが、美月がグランプリを獲得するかはまだ確定していない。加えて、もしペアチケットをゲットできても女子の友人に渡すと宣言すれば問題は丸っと解決する――けれど、僕は涼香さんの前向きな意見に大賛成。


 高校1年生の文化祭は、人生でこれっきり。

 だったら、ちょっとくらいおふざけに付き合うのも悪くない。

 そして後夜祭を迎え、一緒に『楽しかったね』なんて語り合えたらもう最高じゃないか。


「涼香さんはやっぱり能天気だわ……まあ、兎和くんとならトラブルも悪くないか。体育祭もなんだかんだ楽しめたしね」


 美月は少し呆れていたが、すぐに花が咲くように微笑む。

 そんな反応を見たせいか、どうにも胸の奥がくすぐったくなってくる――この夜、僕の文化祭への期待は大いに高まった。

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