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第107話

 クラスメイトたちが観客席の準備などに取り掛かったので、演者も着替えを済ませる。男子は舞台セットの裏でささっと準備を整え、女子は更衣室へ向かう。


 僕と慎は、例の1秒で上半身ハダカになれる特殊仕様のユニフォーム姿だ。教室を舞台としているため、足元はスクールシューズのままだけど。


「よっしゃあ、兎和……一発目の上演やってやろうぜ!」


「うん。精一杯がんばろう!」


 緊張した面持ちの慎とグータッチを交わす。

 リハーサルを挟み、すぐに記念すべき初回上演の時間がやってくる――光栄にも、僕たち『Aキャスト組』が初舞台を飾ることになった。


 以降は健太郎くんたちBキャスト組にバトンタッチし、そのまま『午前の部』の上演を担当してもらう。午後の部からは、再び僕たちAキャスト組の出番となる。

 この上演ローテーションは、各自の都合を考慮して決めた。ただし、明日は『午前・午後』の担当が入れ替わる。


「白石兎和、調子はどう? かなり緊張してない?」


 当然、僕もめちゃくちゃ緊張していたので、少しでも冷静になろうと深呼吸を繰り返していた。そこで、ドンッと背中を叩かれる。

 驚きつつ振り向くと、監督の沼田さんがいつの間にか側に立っていた。どうやら、勇気づけに来てくれたようだ。


「アンタなら大丈夫。部活がめちゃ忙しいのに、あれだけ頑張って練習してくれた。だから、落ち着いてやれば絶対に上手くいく。それに、私たちもちゃんとサポートするし。もしセリフが飛びそうになったらこっちを見て。カンペ出すからね」


「沼田さん……ありがとう、ちょっと落ち着いてきた。頑張って演じるよ」


「うん、頑張りなさい。あ、今はリハーサルだからいいけど、本番前にはちゃんと筋トレしてパンプアップするようにしてね」


 頼むわよ、と沼田さんは他の演者に声をかけにいった。

 ちょっと感動していたのに、パンプアップ……どこまでも自分の欲望に素直な人だ。けれど、ぜんぜん嫌いじゃないぜ。


「それじゃあ、いっぺん軽く通しでやるよー」


 しばらくすると再び監督の号令がかかり、僕たちはリハーサルを行う。

 これまで、休み時間などをフルに使ってみっちり練習してきた。プレッシャーにさえ負けなければ失敗することはない。


 リハーサルが済むと、とうとう初上演の客入れの時間を迎えた。

 指示に従い、僕は心臓の高鳴りを感じながら教室の扉を開ける。


「来ちゃった」


「美月……」


 ご来場一号様は、まさかの美月だった。

 同時に、皆が盛大に騒ぎ出す。理由は、間違いなくその外見だ。


 美月は、ライトブルーのドレスを着用していた。七分袖で、丈はふんわり長め。全体に気品ある刺繍が施されている――そして、なぜかウサギのキャラのモフモフファンキャップを頭に被っていた。あざとミスマッチだ。


 ファンキャップは『夢の国』のやつっぽい。文化祭だからか、相当浮かれているらしい。

 つーか、そこはティアラじゃないのかよ……ドレスの方は、出し物でプリンセスをやると言っていたから多分その衣装だろう。


 向かい合ってまじまじ観察してみれば、ドレスがとても高価そうだ。それに、めちゃくちゃ着こなしている。これ、おそらく自前だな。


 視界が自然と美月だけを切り取り、僕は思わず見惚れてしまう。

 しかし、それもほんの束の間。彼女はくるりとその場で一回転し、ニコリと笑みを浮かべて問いかけてくる。


「何か言うことあるんじゃない?」


「ああ、うん。めちゃ似合ってるよ」


「ふふ、ありがとう。兎和くんも素敵な衣装ね」


 次の瞬間、喚き声が教室を震わせる。

 しまった……うっかり二人でいるときのような対応をしてしまった。涼香さんは置物なのであしからず。


「お前ら、マジでどんな関係だ!」「付き合ってんじゃないだろうな!?」「美月ちゃんヤバ可愛い!」「その距離感なに!?」「ただの友達だよな!?」「白石兎和って、もしかして超金持ちなんか?」「いくら払ったら神園と仲良くなれんだよ」「羨ましすぎて胃が痛い……」


 騒ぎがある程度しずまると、男女問わず僕たちの関係を邪推する声が次々飛んでくる。中には体調不良を訴える者までいて……いや、その反応はおかしいだろ!


 とにかく、上演前なのに大混乱である。だが、そこは頼れる監督の沼田さんが「始めるよ! 配置につけ!」と指示を飛ばして場を収めてくれた。後でお礼を言わなきゃ。


 それから、美月は最前列ど真ん中の席を確保した。周囲を固めるのは、引き連れてきた『小幡咲希さん』を始めとするスクールカースト上位のキラキラ女子たち。それぞれ軽くコスプレしており、キャイキャイと楽しそうだ。


 他の観客は……男子が多いな。きっと美月たちに引き寄せられたのだろう。とはいえ、おかげで観客席がすべて埋まったのだから逆にありがたい。まさに満員御礼だ。


 ほどなくして、どうにか無事に上演がスタートする。

 室内の明かりが落ち、代わりにスポットライトが舞台を照らす。


 ナレーションに続いて登場した僕は、控えめに歓声を送ってくれる美月を視界に収めながら懸命に主役を演じる。クライマックスの上半身ハダカになるシーンもうまくいった。


「――このチームの戦いは、まだまだこれからだ!」


 ラストに準主役の慎と抱き合い、僕は締めのセリフを言い放つ。

 上演時間は30分にも満たない。それでも、部活ばりの汗を流しながらやりきった。フィナーレ後にキャストが揃ってお辞儀をすると、一部の観客からスタンディングオベーションを受けるなど喝采を浴びた。


 細かいミスはあったけど、なんとか成功した。

 退場していく観客を見送りながら、僕はホッと一息つく。そのとき、ふと最後まで残っていた美月が笑顔で歩み寄ってくる。


「お疲れ様、兎和くん。迫真の演技ね。内容もユニークだったし、とっても楽しかった」


「ならよかった。美月が正面にいてくれたから、僕もかなりリラックスできたよ。ありがとう」


 視界にニコニコの美月が映り続けていたおかけで、だいぶ緊張がほぐれた。自信もついたし、本当に助かった。


 さて、このあとの予定だが……実は、美月たちと一緒に学内を巡る約束をしている。メンバーは、慎と三浦(千紗)さん、翔史くんと加賀(志保)さん、さらに玲音を加えた7人。他にも、ノリで参加者が増える可能性はあるけれど。


「じゃあ、私はいったん着替えてくるね。すぐに連絡する」


「え? その格好のまま行くんじゃないの?」


 動きにくいから制服に着替えてくる、と美月は去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、僕は『なぜドレスに着替えたのか』と首をかしげた。


 すごく似合っていたのになあ……まあ、どんな格好で文化祭をエンジョイしようと本人の自由だ。連絡がくるまで、劇の成功を喜ぶクラスメイトたちの歓談の輪に加わるとしよう。


「良かったわよ、白石兎和。アンタの腹筋、やっぱりなかなかのものね!」


 筋肉フェチ(プロレスマニア)の沼田監督もご満悦だった。僕はサムズアップを返しておいた。続けて慎たちAキャスト組と成功を祝うハイタッチを交わし、次回公演に向けて緊張を急速に高める健太郎くんたちBキャスト組を鼓舞するなどしつつ、笑顔でひとときを過ごす。


『どこにいる?』


『いま教室。迎えに行くよ』


『うん。待ってる』


 スマホが振動し、美月から着替え終わったとメッセージが届く。

 僕は慎を誘い、別校舎にある女子更衣室へ迎えに行くことにした。ついでに隣のC組に寄って、三浦さんと玲音をピックアップするか。


 その場に残っていたクラスメイトたちともう一度ハイタッチを交わし、教室を出る。

 衣装(ユニフォーム)は着たままだ。沼田さんに、宣伝のために着て行けと指示された。


「おつおつー! 慎も兎和くんも、その衣装よく似合ってるねぇ!」


「兎和なんか、サッカー部のユニフォームよりしっくりくるな」


 廊下で、ニッコリして慎に寄り添う三浦さんに挨拶を返す。次いで玲音に、「そんなバカな!」と僕はツッコミを入れる。さらにここで、背後から「待ってー!」と明るい声が飛んでくる。振り返れば、加賀さんと翔史くんが走って追ってきていた。慎が連絡を入れていたそうだ。


 ハイテンションで一通り挨拶を交わしたら、再び移動開始。

 すっかり『栄成祭仕様』にデコレーションされた校内の盛り上がりは、ハンパじゃない。


 廊下は楽しそうな生徒たちで溢れ、至るところから呼び込みが聞こえてくる。中庭などからは、企画を進行する司会の声がマイクを通して響いてくる。

 その賑わいに、僕たちも色を加えるみたいにはしゃぎながら足を進めた。


「あ、なんかいっぱい来た。白石兎和だけじゃないんだ」


「だから言ったでしょ。午前中はみんなで文化祭を回るのよ」


 美月は、別の校舎にある女子更衣室の扉の側で待機していた。制服姿だけれど、例のウサミミファンキャップを被っている。やたら似合うな。


 お隣には、木幡咲希さんが付きまとうように立っている。こちらも、猫耳のカチューシャをつけている。フェイスペイントも相まってだいぶあざとい。


「やっほー、美月ちゃん! 待った?」


「千紗ちゃん、志保ちゃん! ぜんぜん待ってないよ!」


 三浦さんと加賀さんが、嬉しそうに美月へと駆け寄る。これで、夏休みのグランピングで親交を深めた同級生が揃った。

 ただ一人、木幡さんは違うけど……もしかして、合流する感じかな?


「今日は咲希ちゃんも一緒でいいかな? どうしてもって聞かなくて」


 予想的中。反対するメンバーもいないので、とりあえず8人でエンジョイすることになった。

 まずは、飲食関連の屋台や出し物を堪能する予定だ。翔史くんが寝坊して朝メシ食ってないらしい。それに売り切れもあるそうなので、早めに巡った方がいいと話がまとまった。


「そのネコミミカチューシャかわいい! てか、咲希ちゃんがいるの新鮮でイイね!」


「えへへ、ありがと。私ね、文化祭の間は美月を見張ってようと思ってるの!」


「見張る……?」


 女子たちは面識があるらしく、仲良さそうに4人で手を繋いで歩いている。

 そして三浦さんの質問に対し、木幡さんが意味深な回答をしていた。不思議そうに呟く加賀さんと同じく、僕もつい首をかしげてしまう。


 いったい何を見張る必要があるのだろうか――数秒後、ここで話を止めておけばよかったと後悔するハメになる。


「この前、美月が白石兎和を襲ってたんだよ! 階段の踊り場で、壁ドンからのチューしてたし! だからね、文化祭中にふたりっきりにしたら絶対エッチなことすると思う。これ、監視必要じゃない?」


「咲希ちゃんっ!? あれは誤解だって何度も説明したでしょ! 言いふらさない約束だってしたのに……」


 歩きながらも天井を仰ぐ美月。

 あっけらかんと、「このメンバーなら別に大丈夫でしょ?」と言う木幡さん。


 大丈夫なわけないだろ……次の瞬間、左右にいた慎と玲音が肩に腕を回してきて、僕はガッチリ拘束されてしまう。


「おいおい、俺たちBFF(ベストフレンドフォーエバー)だったよな? さっさと白状しな」


「兎和よ。サッカー部の相棒たる俺に話しておくべきでは? 今後のコンビネーションに響くぞ、これは」


 残る翔史くんも、もちろん興味津々である。

 まあまあ、みんな落ち着いて……とりあえず文化祭を楽しまない?

 その後、僕は歩きながら釈明を迫られた。というか、これ完全に冤罪だよね。

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