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第108話

「そんで、兎和。本当にチューしてないんか? つか、二人って付き合ってるの?」


「……翔史くん。何度も言うけど、してないし付き合ってもないよ。壁ドンは、勢い余って近い体勢になっただけ」


 僕は飲食関連の模擬店へ向かう道中、慎、玲音、翔史くんの三人に誤解を晴らすべく説明を重ねる。女性陣は、少し前を歩く美月に任せた。


 正直、的外れな想像だ。そもそも、一般のモブ生徒(僕)と栄成高校のアイドル様(美月)とでは釣り合いがとれない。何より、相手は『恋愛に興味がない』と早々に釘を刺してきている。


 要するに、異性として意識されていないからこそ仲良しでいられる――最後の一線を越えない、そんな信頼感が根底にあるのだ。クライアントと個人マネージャーという関係性も、絶妙な距離感を保つ一助となっている。


 美月は我が家に宿泊した際、夜遅くにひとりで僕の部屋を訪れている。その点から察するに、こちらが異性扱いされていないのはまず間違いない。


 一般的な思春期男子としては不本意だ……少し状況を動かしてみたいとは思いつつも、今の心地いい関係を壊したくもない。非常に悩ましい。


 それにしても、翔史くんがかなり気にしているな……美月を意識しているというよりは、僕の本心を知りたがっているような感じがする。まあ、どのみち答えは一緒だけど。


「お、フランクフルトだ! 食べようぜ!」


「えー、あっちのクレープバーが美味しそう!」


 正門広場にひしめく模擬店テントの前で、不意に慎と三浦さんが明るい声を上げる。おかげで話題も切り替わった。


 助かった……女子の方も、キャイキャイと楽しそうな木幡さん以外は一応納得してくれたらしい。ようやく説明から解放され、文化祭ムードに浸れそうだ。


「あれ、美月は買わないの?」


 慎たちは、フランクフルトやクレープバーを求めて列に並ぶ。

 言うまでもなく、僕は模擬店の商品を何一つ食べられない……食べたらきっと吐く。だから、その場で待機していたのだけど、隣を見るとなぜか美月までお留守番している。


「屋台のお料理って苦手なのよね。こういうイベントだと、異物混入も気になるし」


 どうやら衛生面が気になるらしい。綺麗好きだもんなあ。

 それに、中学の文化祭で美月の注文した料理に何か細工をしようとした男子がいたらしい。未遂で済んだが、それがキッカケで屋台や模擬店を避けるようになったという。


 たびたび思うけど、美少女すぎるのも考えものだな……優れた者ならではの苦悩である。


「なるほどね……よく考えると、僕たちって文化祭と相性悪い?」


「そんなことないわよ。飲食以外の出し物なら楽しめるでしょ? 実際、兎和くんのクラスの劇はとっても面白かったし。あ、ちゃんとお弁当は作ってきたから安心してね」


 僕が模擬店の品を食べられないなんて、美月はとっくにお見通しだ。なので、お弁当を作ってきてくれる約束をしてくれた。しかも「後でカフェテリアにでも行ってみましょうか」なんて嬉しい提案まで飛び出してくる。


 校内のカフェテリアで友人たちとランチタイム……僕がイメージする『夢の青春スクールライフ』の光景そのものじゃないか。席が空いていればぜひお邪魔したい。


「そろそろ他の出し物見に行く?」


 皆のお腹がある程度満たされたところで、三浦さんの提案に従い再び校内を巡ることになった。僕と美月以外はチュロスなどを食べながら、栄成生のSNSでチェックした評判の良い出し物を見て回る。


 最初に立ち寄ったのは、『ダーツラウンジ』をやっているクラス。ただしラウンジとは名ばかりで、用意されている飲み物は罰ゲーム用のセンブリ茶のみだ。


 ここでは、ダーツ対決で盛り上がる。

 優勝者は美月。やけにうまいと思ったら、ダーツマシンが自宅にあるんだって……兄の『旭陽くん』が好きで、地下のゲームルームに置いてあるそうだ。ビリヤード台などもあるのだとか。裕福すぎると皆ビックリしていた。


 最下位は加賀さんで、罰ゲームのセンブリ茶を飲んだときのリアクションは傑作だった。

 次に向かった体育館では、スポーツ系の出し物を楽しむ。


 僕はフリースローバトルに挑戦するもあっさり惨敗し、罰のパイ投げ(専用の泡スプレー)を顔面に食らうハメになった。みんな爆笑していたからいいけど、慎のやつバスケ部のクセに容赦なさすぎだろ。


 果敢に挑んだ木幡さんも敗北したが、化粧が崩れるのを嫌がってパイ投げから逃げ回っていた。そんな姿を見ているだけでも面白い。


 体育館の一角には、遊園地でお馴染みの『コーヒーカップ』が設置されていた。生徒と教師が協力して制作したモノだから手作り感満載だし、人力駆動だ。それでも、玲音と一緒に乗ってみればツボに入ってゲラゲラ笑ってしまう。


 校舎に戻ってからは、フォトスポット系の出し物をいくつか回る。鏡やライトを使った幻想的でアーティスティックな空間などは、生徒が作ったとは思えない完成度だった。SNS映えハンパない。


 バルーンアートに続いて立ち寄ったクラスには、特大の三日月の撮影用オブジェが設置してあり、とても気に入ったらしい美月と一緒にスマホで写真を取った。ウサギのファンキャップが相まってテーマパーク気分である。


 途中で、些細なトラブルにも遭遇した――不意に、白石(鷹昌)くんたちのグループとかち合ったのだ。

 にわかに波乱の予感が立ち込めたが、相手が悔しそうな表情を浮かべながらも立ち去ってくれたおかげで、どうにか難を逃れられた。以前に交わした『誓約書』の効果テキメンである。


「兎和くんって、美月ちゃんのことホントはどう思ってるの?」


「すごく大切な友人で、最高のサポーターかなあ……多分、今はそんな感じ」


 他にトラブルと言えば、加賀さんにまでこっそり探りを入れられたことくらいだ。僕は正直な気持ちを打ち明けたが、「ホントかなぁ」と信じてもらえなかった。悲しいです。


 あと少し気になったのが……どこへ行っても、美月は知らない男子に話しかけられていた。女性陣がしっかりガードしてくれたので、面倒事に発展することはなかったけれど。


 そうこうしているうちに、いつの間にか時刻は昼を過ぎていた。

 ここで、昼食を確保するため正門広場の模擬店へ向かう慎たちと一旦わかれる。残ったのは、僕と美月、それに玲音だ。


「あ、玲音も弁当なんだ」


「うむ。カームの担当に栄養指導を受けているからな」


 玲音も弁当だというので理由を尋ねてみれば、カーム社の『フィジカルフィットネスプログラム』の一環で栄養指導を受けているとのこと。

 他にも、里中くんや大桑くん、GKの池谷くんをはじめ、プログラムに参加したメンバー全員が食生活の改善に取り組んでいるらしい。


「みんな頑張っているのね。頼もしいわ」


 チーム総合力のベースアップに期待ね、と美月はご機嫌だ。

 しばらくして、慎たちと校内のカフェテリア前で合流した。


 いつもは大混雑なのに、珍しく席があいている。僕が不思議に思っていると、木幡さんが「今日は文化祭っぽい雰囲気のスポットが人気みたい」と教えてくれた。これもSNS情報だ。


 ともあれ、ランチタイムはかつてないほど賑やかに過ぎていく――食事が済んだらひとまず解散だ。僕と慎は、午後の劇の出演に備える。美月たちも、それぞれ出し物の当番が回ってくると言っていた。


 教室へ戻る最中、ふと物足りなさが胸に込み上げてくる。

 栄成は『資金が豊富な高校』と評判になるだけあり、文化祭にかける予算も大きい。その分、出し物の数だけでなく質も高く、満喫しきるには2日間だけではぜんぜん足りないくらいだ。


 楽しい時間は、本当に一瞬で過ぎていくな……そう実感する機会が、近頃はやたら増えた。これは、きっと悪くない変化だ。


 それはそうと、午後の劇も全力で頑張ろう。主役を任せてくれたクラスメイトたちの期待に少しでも応えたい。


 その後、僕は休憩を挟みつつ懸命に主役を演じ抜いた。

 時計の針が夕方前を指し示す頃、本日ラストの上演を無事に終える。全体を通して大きなミスもなく、なかなかの客入りだった。


「おい、兎和! 何のんびりしてんだ! ダッシュで中庭行くぞ!」


 初日の上演をやり遂げ、Aキャスト組のクラスメイトたちと喜びを分かち合う。それから僕がホッと一息ついていると、慎が「はよはよ」と急かしまくってくる。


 ああ、もうそんな時間か――間もなく、中庭の特設ステージで『栄成アイドルグランプリ』の受賞者の発表が行われる。


 本日のメインイベントと言っても過言ではなく、多くの生徒が見物に詰めかけているはず。今から向かうとなれば、後方からステージを伺うのがやっとだろう……けれど、美月が登場する可能性が高いので絶対にスルーはできない。


「うわ、混みすぎだろ……千紗たちは、けっこう前の方に陣取ってるみたいだ」


「でも、合流は難しそうだね……」


 衣装もそのままで到着した時には、中庭は大混雑していた。三浦さんや加賀さん、加えて木幡さんなどが前方に陣取っているそうだが、これでは合流もままならない。

 仕方がないので、僕と慎は後方の比較的空いているエリアで結果を見守ることにした。


『――それでは、グランプリ受賞者の発表に移りたいと思います! 今回もたくさんの投票ありがとう! みんなノリ良くてサイコーだぜ! じゃあ、まずは1年生の部から行くぞー!』


 タイミング的にはバッチリみたい。マイクを握るお調子者っぽい司会者(先輩)が、今まさに『1年生の部』の投票結果を発表するところだった。


 大喝采の中、鳴り響くドラムロールが盛り上がりに花を添える。数瞬の間を置き、ゆっくりとその名が読み上げられた。


『第XX回・栄成アイドルグランプリ――栄えある1年生の部の受賞者は、A組に在籍する「神園美月さん」に決定しましたッ!』


 間髪入れず、大歓声が中庭を揺らす。

 前評判通りとはいえ、グランプリに輝いたことは本当に素晴らしい。なぜか僕まで誇らしくなってきた。


 さらに次の瞬間、一段と大きくなった歓声が波のように押し寄せる――ステージの入場口から、ライトブルーのドレスをまとった美月が登場したのである。頭には、ウサギのモフモフファンキャップを被ったままだ。


「そこはどう考えてもティアラだろ……」


 僕のツッコミは、宙をさまようヒマもなく歓声に飲み込まれた。

 一方、笑顔の美月はマイクを向けられている。そしてインタビューの終了間際には、司会者の口から勇気ある質問が飛び出す。


『みんな気になっていると思うので、ガチでおうかがいします……ペアチケットを誰に渡すか決めていますか?』


『仲良しのお友達にプレゼントしようと思っています。それ以上は当日までの秘密で』


 再び中庭を歓声で揺らし、美月の出番は終了する。

 続いて2年生の部の発表へと移り、ある女子生徒の名前が読み上げられた。慎が言うには、軽音部の人気バンドでギターボーカルを担当している人らしい。僕はぜんぜん知らなかった。


 トリは、3年生の部。じっくり焦らしてからステージに登場したのは、誰あろう相馬淳(そうま・あつし)先輩だった。

 この人も前評判が高く、大方の予想通りといった結果だ。強豪サッカー部のエースで、全国区の実力を誇るサイドアタッカーの名声は伊達じゃない。


 最後に受賞者がステージに勢揃いし、複数の巨大パーティークラッカーから大量のメタルテープが打ち上げられる。栄成アイドルグランプリは、大晦日の歌合戦みたいに華やかなフィナーレを迎えた。


 こうして、大盛況の中で栄成祭の初日が過ぎていく――その夜、僕はいつも通り美月と合流し、トラウマ克服トレーニングに励んでいた。


 休みなんて甘い話はない。こんな日でも、トップチームは校外のレンタルピッチでトレーニングに取り組んでいる。なので、こちらも負けじと集中して汗を流す。

 とはいえ、流石に時間は短めだ。明日に向けて、美月にたっぷり睡眠をとるよう言われている。


「そうそう。はい、これ。後夜祭まで肌身離さず持っていてね。絶対になくしちゃダメよ」


 この度、美月は名実ともに栄成高校のアイドル様となった。そんな彼女から手渡されたのは、皆の注目を集めてやまない『ペアチケット』だ。


 これがあれば、後夜祭のプロジェクションマッピングを特別席で一緒に鑑賞できる。

 正直、もらえたのはめちゃ嬉しい……反面、かなり不安だ。このチケットは間違いなくトラブルを呼び寄せる。


 僕はそっとポケットに手を入れ、涼香さんから授かったイカサマダイスを握りしめる。

 実は今日もずっと携帯していたのだが、幸い使う機会は訪れなかった。けれど、明日はどうなるかまったく予想がつかない。


 願わくば、スペシャルな笑顔で後夜祭を締めくくりたい――ついに、栄成祭は2日目へと突入する。

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