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第109話

「美月お姉さまは、世が世なら本物のプリンセス!」


 兎唯(うい)ちゃん、ご機嫌だね。

 栄成祭も2日目に入った――本日は一般公開が行われ、朝からたくさんの来場者が栄成高校を訪れている。歓迎する生徒たちも一層ハイテンションで、早くも校内は大賑わいだ。


 そんな中、僕と慎を含むAキャスト組は予定通り『午前の部(劇)』を担当していた。そして初回の上演を無事に終えて休憩していると、めちゃくちゃ見覚えのある一団がD組の教室に姿を表し、こちらへ歩み寄ってきた。


 というか、先頭にいたのはうちの母と妹の兎唯だった。


「あら、兎和。その衣装、よく似合っているじゃない。写真とるからこっち向いて」


「母さん……え、まさか一緒に来たの?」


 はしゃぐ妹を放置し、僕がさっそく疑問を口にしたのも無理はない。

 こちらにスマホを向ける母は顔を出すと言っていたし、妹も前々から栄成祭の一般公開日を楽しみにしていた。だが、同行者に関しては完全に予想外。


「兎和くん、お久しぶりですね。我が家のバカ娘たちに振り回されてない? ほら、涼香さん! アナタもご挨拶なさい!」


 挨拶も早々に謝罪の言葉を口にしたのは、神園結月さん――美月の母親だった。

 煌めく青い瞳、明るく艶やかなロングヘア。加えて、極めて整った西洋的な顔立ち……相変わらず、並外れた美貌と気品を湛えた奥さまである。


 僕はいまだに、『美月のお母さんはどこかの国の女王様なのでは?』という疑念を捨てていない。


 その背後には、さっそく注意されている涼香さんと旭陽くんが控えていた。しかも二人とも制服姿で……涼香さん、また美月の物をパクったな。旭陽くんは、高校時代に着ていた自前っぽい。


「やあ、兎和くん。どうかな? この制服。俺もまだイケるよね?」


「旭陽はもう無理だね。逆に私は現役!」


 むふ~、と明らかに褒め待ちな態度で胸を張る涼香さん。

 旭陽くんも、自分の制服姿に自信アリみたい……けれど、ちょっと二人とも厳しいかなあ。似合ってはいるけど、外見がどう見てもアダルトな美男美女だもの。


 男女の若手トップ俳優が、青春ドラマで高校生を演じているみたいな違和感がある。コスプレ感つよつよだ。


「私は言ったのよ? 二人ともいい歳なんだから制服はやめなさいって。なのに、イベントでのコスプレなんて今どき普通だって反論するの。まるでオバサン扱いだったわ」


「あらあら、それはヒドイわね。涼香ちゃん、結月さんにイジワルしちゃダメよ」


 美月のお母さんは、うちの母に慰めてもらっていた。

 いつの間にかずいぶんと仲良くなったらしい……そんなわけで、この一団の組み合わせは驚き以外のナニモノでもなかった。


 自分の知らないうちに親同士の交流が深まっていると思うと、なんとも微妙な気持ちになる。妹と美月の仲良しぶりを考えると今さらだが。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。美月お姉さまのドレス姿みた?」


「ああ、きのうね。兎唯はもう見てきたの?」


「うん! さっきね、クルリと回ってカーテシーしてくれたんだよ! 本物のプリンセスだった!」


 会話が落ち着いたところで、僕の袖を引きつつ妹がハイテンションのまま報告してくれた。

 ここにくる前、1年A組に立ち寄ったそうだ。ドレスを着てプリンセスに扮している美月にたっぷり甘えてきたみたい。


 嬉しそうな妹は続けて、「進路は栄成高校一本に決めた!」と拳を握る。憧れのお姉さまの後輩になり、たくさん構ってもらうのだとか。


 大丈夫かな……うちの高校って、都内でも偏差値が高めなんだよな。僕はサッカー推薦的な感じだったし、受験勉強のサポートを求められても困る。


 まあ、要領のいい妹のことだ。今はまだ中2だし、きっと美月とかに頼ってみっちり対策するに違いない。もし合格すれば、僕たちは最上級生として迎えることになる。ちょっと楽しみだ。


「そろそろ次の準備するよ! 演者はスタンバイして!」


 しばらくの間、慎も加えて雑談に花を咲かせた。グランピングですっかり仲良くなった旭陽くんがいることに気づき、挨拶しようと近寄ってきたのだ。美月のお母さんを紹介するとブッたまげていた。


 そして次の上演時間が迫ってきたところで、沼田監督の指示で再び劇の準備に取り掛かる。母たちは、最前列のど真ん中を陣取っていた――汗を流して僕が主役を演じきると、大きな拍手が沸き上がる。


「イイね。兎和くんって、サッカー以外にも役者の才能があるのかもね」


 上演後、旭陽くんがサムズアップしながら嬉しい感想をくれた。

 僕は自分が嫌いだったから、スーパーイケメンに美化した『白石兎和』をよく空想していた。主役を上手く演じられたのは、多分それが理由だ。


 ひょっとすると、役者を目指すという別の道があったかも……なんて考えを、ちょっと前なら抱いただろうな。だが、今はもう違う。


 美月のおかげで、Jリーガーへの道を歩むことに迷いはない。たとえ夢が叶わなくても、僕はきっと後悔しない。


「じゃあ、私たちはひと巡りしたらご飯を食べに行くわね。クラスの皆さんに迷惑かけないようにしなさいよ」


 パシャパシャと写真をとり、母たちは挨拶をして去っていく。校内を軽く見て回ったら、吉祥寺に移動してご飯を食べるらしい。人気の鉄板焼き屋さんのランチコースを堪能するんだって。


 なんかズルいな……美月のお母さんたちが一緒だから、絶対にお高い店だ。こっちは、文化祭の食べ物をひとつも味わってないというのに。自分の体質のせいだから仕方ないけど。


 ともあれ、僕はまた休憩を挟みつつ集中して劇の上演スケジュールをこなしていく

 その後訪れたランチタイムは、せっかくの機会ということでAキャスト組の皆(沼田さん含む)と過ごす。


 普段はあまり話をしないクラスメイトとも交流を深められ、賑やかで充実した時間となった。ちなみに、本日のお弁当は母が作ってくれたものだ。


 それからまた少し時が経ち、迎えたお昼すぎ。

 サッカー部の出し物であるフットサル場の受付を担当すべく、僕は一人教室を出る。


 やはり沼田さんに指示を受け、劇の衣装のままだ。内側の小道具用のポケットにスマホなどの『貴重品』をしまい込み、サッカー部専用ピッチへ向かう。


 廊下を歩きながら、ふと思う。

 今のところトラブルもなく、実に平和だ。午後もこのまま穏やかに過ぎていってくれたらいいな――なんて考えたのが、トリガーになったのかもしれない。


「ここにいたか、白石兎和……いや、蛮族出身のモブ王よ! プリンセスから奪った後夜祭のペアチケットを賭けて、勇者であるこの俺とサイコロバトルで勝負しろ!」


 突如、アホな男子が妙なポーズを取りつつ目の前に立ちはだかった。

 スクールシューズの色から判断するに相手は3年生のようで、背後から僕を追い越すようにしてのご登場である。特に注目なのは、その手に握られた一枚のカード。


 あれは、1年A組の『プリンセスクエスト』のスタンプカードだ。僕も先日チラッと見る機会があったので間違いない……つーか、この人いきなり何を言い出しやがる。


「あの、ちょっと何いってるか分からないんですけど……」


「とぼけてもムダだ。スタンプをコンプリートした者には、モブ王への挑戦権が与えられる――1年A組の女子にそう聞いたぞ。ウワサは本当で、勝てばペアチケットをドロップするとな」


「そうですか……確認するんで、少し待ってもらってもいいですか?」


「あ、どうぞどうぞ」


 承諾を得てからスマホを取り出し、美月に連絡を……入れるまでもなく、ちょうどメッセージが届いていたので確認する。

 うん、なるほど。どうやら木幡さんがやらかしたらしい。


 美月以外がプリンセスを担当している時、客入りが弱かった。だから、『スタンプをコンプしたら悪のモブ王への挑戦権を獲得できる。上手くいけばペアチケットをゲットできるかも』と例の設定を冗談半分でポロッと口にしてしまった――かいつまんで言うと、こんな感じだ。


 まったく、やれやれだぜ。

 メリットもないのに、僕がこんなくだらないお遊びに付き合うとでも?


「…………フハハ、ハーハッハッハ! 我こそは蛮族を率いしモブ王! 身の程をわきまえぬ愚かな勇者など、サイコロバトルで叩き潰してくれよう!」


「あ、急にスイッチ入るタイプね」


 当然、全身全霊でお付き合いする。

 だって、もともとトラブル含め栄成祭を楽しむと決めていたんだ――何より、美月が『他のプリンセス担当の女子にちょっと申し訳ない』と困っていた。


 ならば、不肖この白石兎和。

 モブ王だろうが魔王だろうが、魂を込めて演じきってみせる。


「では行くぞ、モブ王! ペアチケットは返してもらう!」


「かかってくるがいい、勇者よ! この『20面ダイス』で一捻りだ!」


「待て。それズルくない?」


「いや、一応こっちは裏ボス的な立場なので。あと、タメ口使ってごめんなさい。ついでに、僕が勝ったらD組の劇を見に行ってください」


 冷静にツッコミを入れてくる3年生勇者。しかし僕が特製イカサマダイスを取り出しつつ説明すると、すぐに「裏ボスならしょうがないか」と納得してくれた。

 うちの学校の生徒ってノリいいよね。ぜんぜんキライじゃない。


「じゃあ改めて、サイコロバトル――ゴー・ファイッ!」


 相手の発する謎の掛け声に合わせ、ダイスをぽいっと放る。

 通常の6面体と、20面体ダイス(5以下がないイカサマダイス)の激突だ。当然、こちらが勝つに決まっている。それでもさっとダイスを拾い、堂々と出目を見せつけることでイカサマをごまかす。


「ぐ、ぐわぁぁあああ! おのれ、卑劣なりモブ王……だが、これで勝ったと思うなよ。じきに新たな勇者が現れ、必ずやペアチケットを取り戻すだろう!」


 双方の出目を確認した3年生勇者は、迫真の演技を披露しながらその場に倒れ伏す。

 じきに新たな勇者が、ねえ……少し顔を動かせば、男子生徒の列が目に入る。その手には、やはりスタンプカードが握られている。


 早くも勇者のおかわりみたい。大声だしたりして、ちょっと目立ちすぎたか。今はまだ数人だが、この分じゃ続々と増えていく未来しかみえない。


「…………だが、我は最強のモブ王! どれほどの勇者が挑んでこようとも、残らず返り討ちにしてくれる!」


 自分で進んで始めた物語だ。少し考えてみたものの『今さらやめるわけにはいかない』という結論に至り、ヤケになった僕は大仰なポーズを決めて言い放つ。


 もっとも、このダイスを使う限り負けはないので気は楽だ。後はバレないように上手くやり遂げるのみ。

 勇者を自称する生徒たちを、僕はバッタバタとなぎ倒していく。


「ぐわぁぁあああ!」「くそおぉおおお!」「つ、強い!?」「ヤツは勇者の中でも最弱……」

「負けか。プリンセスクエストもう一週してくる」「再挑戦アリ?」「蘇るさ、何度でも!」

「今のはまだ本気じゃない……」「なあ、モブ王。いくら支払ったらペアチケット譲ってくれる?」


 お金では動かないし、もちろん再挑戦もナシです。いったん相手に待ってもらい、美月に『2巡目なしで』とメッセージを送っておいた。


 実際どんどん列が長くなっており、やられて復活しての『ゾンビ戦法』で来られたら絶対にさばき切れない。案の定すぎる展開だ。

 来場した保護者の方々なんかも出し物だと思って見物にきちゃってるし……はずかしいので、なるべく早く終わらせたい。


 それにしても、生徒はみんな楽しそうだな。

 しかしながら、これで仮に勝ったとしてもどうなんだ?


「もしペアチケットを手に入れても、みつ……神園さんは喜ばないと思うんですけど」


「だろうね。でも、そんなことは百も承知さ」


 とりわけイケメンの3年生勇者とのバトル前に、思い切って気になっていたことを尋ねてみた。すると、彼は爽やかスマイルを浮かべて胸のうちを明かしてくれる。


「俺は、確かに神園さんに運命を感じたんだ。だから、最高のコンディションで告白したい……でないと、この恋に失礼じゃないか。まあ、きっとフラれるだろうね。それでも、俺という存在を少しでも覚えていてもらえる可能性があるなら、やる価値は十分にある」


 どうあってもペアチケットを諦められないらしい。想いはぼんやり理解できたし、同じ男として少しくらいは共感もする。けれど、こっちにだって譲れない一線がある。


 つまり、互いに不退転の覚悟ってわけだ――よろしい。ならば、サイコロバトルを続けよう。

 僕はこれより、無慈悲な弾丸と化す。立ちはだかるすべての敵を貫くまで、決して止まることはないと知れ。


「ああ? なんの騒ぎかと思ったら、やっぱりテメーか」


「あ、白石(鷹昌)くん」


 イケメン3年生勇者とのバトルが始まると同時に、たまたま通りかかったらしい白石くんに声をかけられた。数人のお仲間を連れている。


 彼は続けて、嫌そうな表情を浮かべたまま右手を差し出してくる。その指先には、たったいま僕が放ったばかりのダイスがつままれていた。


「チッ、こっちに転がってきたぞ。うっかり拾っちまったじゃねーか、クソが。つか、なんでこのダイス『5以下』の数字がないんだよ。不良品か?」


 あ、ヤッバ……。

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