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第112話

 周囲は、閑散としている。

 無理もない。サッカー部の栄成祭での出し物は伝統的に『フットサル』と決まっているが、実態は手抜きそのもの。他の部みたいに景品を用意しているわけでもなく、サービスはただの時間貸しのみなのだ。


 もちろん、手抜きするだけの事情がある。というのも、栄成祭のすぐ後には全国高校サッカー選手権大会の『二次予選(都大会)』が控えていた。


 全国への切符をかけた極めて重要なトーナメントであり、たった一度の敗北も許されない過酷な戦いが始まるのだ。


 目の前にいる相馬先輩や他の3年生にとっては、高校生活最後の大舞台。下級生にとっても伝統と格式を兼ね備えた憧れの大会で、その注目度は格段に高い。


 そのうえ、この時期には参戦している各リーグ(T1除く)が最終節を迎えるなど、プライオリティの高い試合がいくつか予定されている。


 正直、サッカー部的には学校行事など二の次。監督はじめ指導陣の本音を代弁するならば、『少しでも多くトレーニング時間を確保したい』といったところか。


 そんなわけで、栄成祭の期間中ピッチは基本ガラガラ。

 現在も、僕たち以外には受付当番の部員くらいしか人の気配はない。


 だから、この状況はうってつけと言えた――相馬先輩が強奪したペアチケットをかけてフットサル勝負をお望みであれば、気兼ねなくやり合える。


「それじゃあ、兎和。神園さんも来たことだし、正式に申し込むぞ! このペアチケットをかけて、俺と勝負だ!」


 緑鮮やかなピッチを背に、右足をサッカーボールに乗せ、熱い眼差しを向けてくる相馬先輩。

 おまけに、チケットを顔の横で振って見せびらかしてきやがる……ここまで来たら、もはや衝突は避けられまい。


 相手は真剣勝負だの何だの言っているが、きっと美月に近づく口実だろう。僕を倒し、サポートを受けるべきは自分であると主張する腹積もりなのだ。程よく距離を縮めたら本性を表し、異性としてのアプローチを開始するに違いない。


 僕の目はごまかせないぞ……無論、こちらは断固阻止の構えだ!

 相馬先輩を熱心にサポートする美月を想像すると、モヤモヤが大噴火する。例え引退までの短期間だとしても、ちょっと我慢できそうにない。


 万が一、恋愛にでも発展した日には……あ、またゲロ吐きそう。

 とにかく、是が非でも現状を守りたい。このまま美月と二人で、ゆっくり未来へ進みたい。


 そもそも、近いうちに挑むつもりだった。相馬先輩に勝てば『見過ごせないひとつの矛盾』を解消する糸口がつかめる、そんな予感があったから。先ほど空き教室で加賀さんと会話し、急浮上してきた例の問題だ。 


 ならば、僕も改めてポテンシャルを示そう。ペアチケットの件も含め、乗り越えるべき試練として全力を尽くす。


 燃え上がる闘志によって心臓は鼓動を強め、熱い血潮が全身に巡っていくのを感じる。

 決意を固めた僕は、視線をそらさぬまま返事しようとした――その刹那、隣に立つ美月が先にしばしの沈黙を破る。


「勝負も何も、そのペアチケットを得た手段って強奪ですよね? いくら文化祭とはいえ、倫理的にどうなんですか?」


 立ち込めていた熱気が一瞬で消え去り、現場はヒエッヒエです。

 流石に空気読まなさすぎだろ……世の中、正論を口にしちゃいけないシチュエーションがたくさんあるってネットで見たぞ。


 僕は「ちょっとすみません」と断りを入れる。続けて美月と一緒に背を向け、ヒソヒソ話を始めた。


「今の会話の流れって、完全に対決ムードだったじゃん? どう考えても強奪に関しては目をつぶるところじゃない?」


「だって、ムカついちゃったんだもん。人の物をとるなんてダメよ」


「それはそう……でも、ここは見逃してくれない?」


「うーん……仕方ないか。その代わり、絶対に勝ってね」


 わかった、と僕は話をまとめる。

 美月は若干不服そうだけど、この展開で普通にペアチケットを返却されても逆に受け取りづらい。気を取り直して、固まっている相馬先輩に返事をしてあげよう。


「お待たせしました。この勝負、受けて立ちます!」


「お、おう……ビビったぜ。神園さんて、あんがい空気読めないのな」


 いや、あえて読まなかったのだろう。ムカついたから、正論パンチでノックアウトするつもりだったに違いない。相馬先輩の要望なんてガン無視である。


 ともあれ、ピリッとしない空気の中で対戦が確定する。

 続けて、レギュレーションの協議が行われた――結果、3対3のフットサル形式の勝負に決定した。得点も3ポイント制となる。


「それじゃあ、メンツ集めるか」


「あ、はい」


 さて、どうするか……事情を説明しやすい玲音は確定として、あと一人が問題だ。ポジションと能力を考慮すれば里中くんあたりが適任だけど、こんな私闘に巻き込んでいいものか少し迷ってしまう。


 美月にも相談したが、やはり同意見。とりあえず、相棒のハーフイケメンにヘルプメッセージを送っておこう。


 そうこうしながら10分ほどが経過し……サッカー部専用ピッチは、たくさんの生徒たちで賑わっていた。栄成祭の人気イベントには及ばないものの、なかなかの人出だ。


「さっきまで閑古鳥が鳴いていたのに、いったいどうして……」


「神園のペアチケットをかけたフットサル対決が始まるって、SNSで拡散されてたぞ」


 メッセージを読んで駆けつけてくれた玲音が、あっさり僕の疑問を解消する。

 野次馬をしに、多くの生徒が集まってきたみたい。その中には大木戸先輩たちをはじめとするサッカー部メンバーの姿も見える。


 できるだけトラウマを刺激しないようひっそり勝負するつもりが、気づけばお祭り騒ぎに……さらに困ったことに、残りのメンバーもまだ決まっていなかった。里中くんはクラスの出し物の当番があって都合がつかなかったのだ。


「どう? メンツ揃いそう? こっちは先にアップしてるぞ」


「あ、了解っす」


 トレーニングウェアに着替えた相馬先輩は、こちらにひと声かけて体を動かし始める。

 相手はさっさとメンバーを揃えてしまっていた。


 まずは、『栄成生の主張』で絡んだばかりの荻原先輩。サッカー部の主将にして、トップチームのキャプテンマークを巻くCBだ。

 続いて、攻守において高い献身性を発揮する本田直哉(ほんだ・なおや)先輩。ポジションは主にDMFを担当している。


 実力、バランス、ともに不足なしのガチメンだ。

 おかげで、こちらの人選はますます難航する。


 相手は、エースを含むトップチームのスタメン3人組。生半可なプレーヤーではまず勝ち目がない。可能なら白石(鷹昌)くんレベルだが、さすがに本人はゴメンだし……と途方に暮れかけていた。


 ところが、次の瞬間。

 予期せぬ立候補者が観衆の中から進み出てきて、僕たちは大いに驚かされる。


「話は聞かせてもらった! 兎和、安心しろ。この俺が力を貸してやる!」


「え? き、キミは……蓮くん!?」


 あの整った黒髪と切れ長のイケメンフェイスは、夏合宿で仲良しになった『黒瀬蓮くん』で間違いない。

 東帝サッカー部のジャージを着て、大きなリュックを背負っていた……あと、目玉がみょんみょん動く変なカチューシャを頭に装着している。


「俺もいるよ。兎和、玲音、久しぶりー」


 蓮くんに続いて進み出てきたのは、楽しげな表情を浮かべた堤晴彦(つつみ・はるひこ)くん。同じく東帝サッカー部の1年生だ――その手には、色とりどりのバラの花束が抱えられている。なにかの景品だろう。


 玲音が二人を招待したのは知っていたけど、いつの間にか栄成祭をめっちゃ楽しんでんな。先に顔くらい見せに来てくれ。


 それはそうと、サッカー日本代表(年代別)の選出歴を持つプレーヤーの力を借りられるなんて、まさに渡りに船だ。


 ちなみに、東帝は夏のインターハイに出場したものの二回戦で敗退している。ただし蓮くんはメンバー登録外で……というか、トップチームに帯同すらしていなかった。


 理由は、門限破り。彼は寮生活らしいのだが、合コンでハッスルしすぎて帰るのが遅くなったそうだ。もちろん監督や先輩たちにまでバレて、また下位チーム送りになった。


 晴彦くんも一緒だったみたいで、激怒されたとグループチャットで嘆いていた。相変わらずほんのりアホっぽくて安心する。


「つーか兎和、なんでお前ハダカなの? いい体してんじゃん」


「色々あってね……それより蓮くん、スパイクとかいま持ってるの?」


「おう。時間がもったいないから、午前の部活が終わって直接来たんだ」


 彼は、リュックからトレーニングウェアを取り出してみせた。なんかグッチョリしている……部活を頑張って汗だくになったんだろうなあ。


 さて、これでようやくメンバーが揃った。急いで試合の準備をしないと――その前に、僕は美月と向き合う。


「美月。この試合、僕だけの力でやってみる」


「……私の合図はナシってこと?」


 今回の対決は、僕と相馬先輩、どちらがより優れたポテンシャルを秘めているか比較する意味もある。そして、もし自分の力だけで勝利を掴めたら……美月の隣を歩くのにふさわしい男へと、きっと少し近づける。


「ちゃんとプレーできるの?」


「ああ、見ていてくれ」


 部活でもないし、遊びの範疇だと思えばトラウマの侵食もある程度は抑えられると思う。


 それで、必ず僕の方が優れたプレーヤーだと証明してみせる――心の中でそう呟き、着替えるためにチームメンバー3人で部室へ向かった。すると蓮くんが、歩きつつ真剣な顔で問いかけてくる。


「なあ、兎和。さっきの超絶美少女はどちら様……? あとで紹介とかしてもらえる?」


「……蓮くん、今はサッカーに集中だよ」


 トレーニングウェアとスパイクはロッカーに常備してあるので、必要な物は揃っている。

 準備を整えてピッチに戻ってくると、野次馬に混じる大木戸先輩がレフェリーを押し付けられていた。協力感謝です。


「兎和、応援に来たぜ! 頑張れよ!」


「あ、慎! ありがとう!」


 観衆の最前列でツンとご機嫌ナナメな美月の側には、慎や三浦(千紗)さんなど文化祭を一緒に巡ったメンバーが集まっており、熱い声援を送ってくれた。他にもA組の女子たちが合流し、なかなかの大所帯だ。


 それから、「あの超絶美少女を紹介して」と騒ぐ蓮くんを宥めながら軽くアップをこなし、フットサル用に区切ったピッチの中央で相馬先輩チームと向かい合う。


「黒瀬蓮か……面白いヤツ呼んできたな。さあ兎和、ガチンコバトルだ! そんで俺が勝つ!」


「ナマイキかもですけど、先輩だからって遠慮しませんので」


 エゴをむき出しにして、相馬先輩に宣戦布告。

 文化祭の最中にもかかわらず、急遽幕上げを告げた熱い戦いに僕は身を投じる。

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